拡大するインド市場 成長を後押しする主要産業の世界への影響力とは - 宮路秀作
※この記事は2021年08月04日にBLOGOSで公開されたものです
自動車普及率が急伸するインド 主要産業の成長が世界経済に与える影響とは
2020年は世界的なコロナ禍の影響で、サービスや財の需要が著しく減少し、サービス業だけでなく製造業にとっても大変厳しい一年となりました。
インドの2020年4~6月期は、実質GDP成長率が前年同期比で23.9%減となりました。6月以降はロックダウンの段階的解除が進んだこともあって、経済活動は徐々に戻りつつあるようです。それを後押しするように、インド準備銀行(インドの中央銀行)は政策金利の引き下げを実施しています。
しかし、インドは他のアジア主要国と比較しても不良債権比率が9.2%と非常に高く、利下げを講じても、金融機関の体力が乏しいこともあって積極的に資金供給ができず、市中における経済活動がなかなか活発化しないジレンマを抱えています。
12年間で4倍 自動車普及率の急伸にみるインド市場の成長
さて、2020年の世界の自動車の生産台数をみると、上位6か国すべてにおいて生産台数が減少しています。さらに上位10か国まで広げてみても、すべての国で生産台数が減少しました。
インドは2018年の自動車生産台数において、ドイツを抜いて世界4位となりました。その後はまたドイツに抜かれ、2020年は減少幅が大きかったこともあって韓国に次ぐ生産台数となりましたが、最近20年の自動車生産台数の伸びは目を見張るものがありました。
インドでは2002年に外国企業の出資に関する最低投資金額規制の撤廃や100%外資の参入解禁などの大幅な規制緩和を進め、特に海外自動車企業の参入が増えました。
2020年のインド国内における新車の販売台数は、マルチ・スズキ(日本)、タタ・モーターズ(インド)、マヒンドラ&マヒンドラ(インド)、現代(韓国)、トヨタ(日本)、ホンダ(日本)となっており、上位6社中4社が海外自動車企業によるものです。
一般的に自動車普及の目安は、国民一人あたり名目GDPが2500~3000ドルだといわれています。明確な因果関係があるわけではありませんが、相関関係が見てとれるようです。
実際にインドの自動車普及率(人口千人あたり、国際自動車工業連合会)をみると、2005年には9.0台だったのに対し、2017年には34.8台、この間におよそ4倍へと急増しました。インドの一人あたり名目GDPと比較しても相関関係が見てとれます。
インドの中間層は4億5000万人 アメリカより巨大な市場規模
インドの所得層別人口の推移をみると、中間層(世帯可処分所得5000ドル以上35000ドル未満)の割合は、2000年に4.1%だったのが、2020年には32.8%にまで上昇しており、国民のおよそ3分の1が中間層に含まれます。
同様に2000年と2020年を比較すると、高所得層(世帯可処分所得35000ドル以上)が0.3%から0.7%へと微増なのに対し、低所得層(世帯可処分所得5000ドル未満)が95.6%から66.4%へと激減しています。
つまり、インドの経済成長は「すごくお金持ち!」が増えているわけではなく、低所得者が減って、その分が中間層へと移行していることが分かります。
2019年(世界銀行)のインドの人口は約13億6640万人となっており、中間層の人口数は予測で4億5000万人くらいがいると考えられます。この人口はアメリカ合衆国よりも大きい規模です。この市場規模を取り込みたい海外企業が目を光らせているのも理解できます。
こうした背景から、インドの自動車生産体制は国内販売に軸足を置いたものとなっています。今後も、インド市場を取り込もうとする海外自動車企業が増えていくものと予想されます。
これまでの生産拠点だった中国における人件費の高騰や規制強化を背景に、海外自動車企業が「まだ人件費が安くて、規制が弱い、そんなインドで生産しよう!」と考えるのは自然な流れでしょう。
しかし、突然の法改正や昨今の政治情勢の変化に対するリスクヘッジも同時に考える必要がありますので、東南アジアも含めた複数の生産拠点を持つことも多いようです。しかし、2019年のインドの乗用車の国内販売台数は277万3575台であり、前年比17.9%減となりました。
販売不振の背景には、不良債権比率の高さから銀行ローンの融資が厳格化していること、ノンバンクセクターの貸し出し余力の低下、原燃料価格の上昇、自動車保険料の値上げなどの様々な要因が影響していると考えられます。2020年はさらに国内販売台数が減少したと予想されます。
国内生産の強化を目指す「メイク・イン・インディア」政策
インドの最大輸入品目は「原油」、最大輸出品目は「石油製品」です(2019年)。これは原油を輸入し、これを精製した石油製品を輸出していることが背景です。
2019年は世界的な原油価格の下落が影響したこともあり、輸出入量が減少しました。つまりインドの石油産業は国際情勢の影響を強く受ける構図となっています。
例えば、インドはイランから多くの原油を輸入していましたが、アメリカ合衆国のイラン産原油を輸入する国に対する「制裁適用除外措置」を打ち切ったことで、イランからの原油輸入額はおよそ80%も減少しました。
近年のインドは医薬品や精製化学品などの輸出が伸びていることも特徴です。インドは6万点以上のジェネリック医薬品を世界市場へ供給しています。
また通信機器の輸入額が減少傾向にありますが、これはインドが通信関連機器の関税を段階的に引き上げていることもあって、国内生産にシフトしていることが見てとれます。
貿易を語る上で欠かせないのが、経済連携協定です。しかし、インドはRCEP(地域的な包括的経済連携協定)への加入に難色を示し、結局はインドを除いた15か国で書名されました。
これはインドの最大輸入相手国である中国からの輸入額の増加で、貿易赤字が拡大するとの懸念からだといわれています。またインドと中国との間で国境係争地域での軍の衝突による反中感情の高まりも影響していると考えられます。
インドでは2020年5月に、モディ首相が今後のインド経済について「自立したインド」というビジョンを示しました。これは、ビジネス環境を整備し、グローバルサプライチェーンへの貢献を進めていこうというものです。
「メイク・イン・インディア」政策の下、輸入品には国内産業の保護にも近い高関税をかけ、また海外からの投資を促し、優遇策によって海外企業を誘致する土台作りに向けて、何をすべきかという改善点を模索しています。
もちろん、足下では様々な要因でインド市場への参入の難しさが存在しています。例えば、インドは28の州と7つの連邦直轄領からなる国であり、公用語であるヒンディー語が通じないところも多く、現地通訳が必要なほど、明確な「言葉の壁」が存在します。
またインドは、州政府が一定の独立性を保っていて地域大国となっているので、中央政府の決定事項がすぐに浸透しないことがしばしばあるようです。「同じインドだと思ってやってきたら、もはやルールが全然違うじゃん!」なんてことはざらで、海外企業が「負け戦」を強いられることが多いようです。
さらにはカースト制を背景にした社会が構築されていることもあって、なかなかインドへの参入は一筋縄ではいかないようです。
巨大な市場を武器にビジネス環境整備を進めるインド
とはいえ、インドはこれからも海外企業の誘致によって雇用の創出、輸出の拡大、貿易赤字の縮小を目指すと考えられます。こうした環境下において、さらなる投資が進めば、インドは、「環インド洋の生産拠点」としての存在感を出すのかもしれません。
特にこれから市場が拡大するであろう、東アフリカへの輸出は「地の利」を活かして拡大すると考えられます。
そもそもインドは貿易赤字を主な要因とした経常赤字に悩む国です。インドでは、ソフトウェア開発などのサービス収支と、中東の産油国への出稼ぎ労働者など海外からの送金といった二次所得収支が黒字となっていますが、貿易赤字を埋め合わせるだけはありません。
ここが第二次産業を中心に成長してきたASEAN諸国との違いです。そのため耐久消費財や高付加価値製品の国内需要のほとんどを輸入でまかなってきました。
インドは、これらの輸入品を国内生産品に代替し、さらに輸出することで貿易黒字を創り出そうと考えています。インド政府がGDPに占める製造業の割合の目標を25%に上昇させようとしているのはそのためです。そして国内雇用が拡大にともなって、需要に見合った、つまり能力を身につけた労働力が不足する可能性も指摘されていて、適切な能力開発は急務といえます。
こうしてインドは、ビジネス環境の整備を進め、巨大な市場を武器に外国企業を誘致し、製造業の成長、そして国内販売だけでなく輸出拡大をも目指しています。環インド洋の市場はさらに拡大することを考えると、今後は生産拠点としての大きな存在となるのかもしれません。
筆者プロフィール
宮路秀作(みやじしゅうさく)
代々木ゼミナールにて地理講師として教壇に立つ。現代世界の「なぜ?」を解き明かす授業が好評で、代々木ゼミナールで開講されるすべての地理の講座を担当。
2021年4月より、日本地理学会企画専門委員会の委員に就任。主著『経済は地理から学べ!』(ダイヤモンド社)は発行部数62500部を数える大ベストセラーとなった。近著に『経済は統計から学べ!』(ダイヤモンド社)。