TikTok、YouTube世代の学生があえて映画制作を選んだ理由 ~学生とみる『サマーフィルムにのって』 イベントレポート~ - 羽柴観子
※この記事は2021年07月31日にBLOGOSで公開されたものです
映画の内容を10分ほどにまとめ、字幕やナレーションをつけて編集した「ファスト映画」と呼ばれる動画。これらはYouTubeなどに投稿されており、例えばアメリカの有名な青春映画や人気俳優が出演する話題作などを映画のタイトルで検索すると、 “ファスト映画”版がヒットする。
「ファスト映画」を巡っては6月に初の逮捕者が出たこともあって世間の注目を浴びることになったが、それ以前から映像作品の短尺化が求められたり、動画配信サービス内で倍速視聴の機能が導入されたりするなど、映画鑑賞には「短さ、効率の良さ」が求められるようになっていた。問題なのは、そうした動画を観ることで「その作品を観た」と満足してしまう人が増えつつあることではないだろうか。
8月6日に公開される松本壮史監督の最新作、映画『サマーフィルムにのって』は、映画部に所属する時代劇オタクの女子高生監督が個性豊かな仲間と共に映画制作に奮闘する青春映画だ。
公開に先立ち、NPO法人映画甲子園が主催する「高校生のためのeiga worldcup」にて受賞歴があり、実際に映画制作をしているという学生3名と松本壮史監督、さらに映画感想TikTokerとして活躍するしんのすけ氏をMCに迎え、「ファスト映画(動画)・倍速視聴の問題」や「映画のもつ魅力」などについて語り合うトークイベントが都内で行われた。
戸梶美雪(とかじみゆき)高知学芸高校卒 現在、二松学舎大学2年生。好きな映画は『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』。
「高校生のためのeiga worldcup2018」で最優秀作品賞受賞作「シシリンキウム」で監督、脚本、主役、編集を担当。
https://youtu.be/WN3TxoJDJSo
加藤大空(かとうそら)現在、神奈川県立白山高等学校 放送部3年生。好きな映画は『何者』。
「高校生のためのeiga worldcup2020」で最優秀男子助演賞を受賞。「TRADE」で鏡の少年役を演じた。
https://youtu.be/G_ztfl1msGs
埜邑明日加(のむらあすか)現在、三田国際学園高等学校3年生。学生団体 PUZZる元代表。 好きな映画は『ブルース・ブラザーズ』。
「高校生のためのeiga worldcup2020」で優秀美術賞、優秀音楽賞を受賞。「嗚呼、純愛。~アア、キョウアイ。~」で企画編集担当。
https://youtu.be/g1bN8oNi848
「倍速で観る」という人が普通にいるという驚き
「現代ビジネス」で今年3月に公開され、映画好きのみならず多くの人の関心を引いたのが『「映画を早送りで観る人たち」の出現が示す、恐ろしい未来』という記事だ。
トークセッションでの冒頭、しんのすけ氏が「倍速で映画を観るということについてどう思いますか?」と松本監督に尋ねると、「いまドラマを撮っていて、先日第1話が放送されたのですが、その感想で『倍速で観たけどなかなか面白かった』というのがあって。倍速で観る人が普通にいるんだっていう驚きはありましたね」と苦笑。
ファスト映画を観る人は周囲に「ほぼいる」「一定数存在する」
「コスパを重視したほうが偉い」という風潮が映像・映画業界にも確実に影響を及ぼしているとしんのすけ氏は指摘しつつ、続いて学生たちに質問を投げかける。
「実際みなさんの世代でも周りにファスト映画を観ている友だち、知り合いはいますか?」
加藤大空さんは今回イベントへ登壇するにあたり、友人や知人ら20~30人にファスト映画を普段観ているか確認したところ、彼らは「ほぼ観ていた」という。「なかには映像部などの関係者もいたし、僕も観るときがあります」と話す。
埜邑明日加さんは、「結構いますね。知人でも1割程度はファスト映画なり倍速機能を使って視聴している人がいる」と語る。
「作品の話をしていて、話自体は噛み合っているけど、もしかしてこの人ちゃんと観ていないのかな?ともやもやする場面があって。それでよくよく話してみると、実は倍速で観ていた、というのはありますね」とし、「一定数は観ている人がいる」と話すのは戸梶美雪さん。
3人のコメントを受け、松本監督は「2時間の映画を観るのって“拷問”なんだなと。そのなかで色々な視聴スタイルがあるのは仕方がないとは思いますが…こうして聞くと、ファスト映画や倍速視聴をする人がそんなにいるんだな、と実感しました」と驚きをみせた。
こだわったはずの「間」が削られる…作り手としての悔しさ
しんのすけ氏はさらに「作り手として自分の作品が短くまとめられることをどう思いますか?」と登壇者に質問する。
「編集室であと0.5秒だけ間を広げたほうが良いんじゃないか、とか試行錯誤している意味がまるでなくなってしまうという悔しさがある」と松本監督。同意するように、戸梶さんも「この5秒間の『間』を観てほしい、というのがなかったことにされるのは悲しい」と述べ、また「ファスト映画を観て映画1本観た気になるということへの怖さもあります」と、「ファスト映画=映画本編」という認識になってしまうことへの不安を漏らした。
埜邑さんは友人にファスト映画を観る理由を尋ねたところ、「あらすじだけ知っていればいいから」と言われてしまったという。「映画というのは物語性がありながらも、視覚的・聴覚的な要素で成り立っていると思います」と、映画の芸術的価値について言及した。
「ファスト映画を観ていた側」かつ作り手というユニークな立場で語ってくれたのは加藤さんだ。「あらかじめ内容を把握しておかないと、ストーリーを追うのに必死でライティングや音楽など技術面を注視することができない」と作り手目線でコメント。ファスト映画は主に本編を観る前の“予習”として使うそうだ。
ただ、一方で「ファスト映画で利益を得ることは許されない」と、動画再生による収益化の点に関しては否定的な意見を述べた。
YouTubeなどで映画の作品タイトルを検索した際に、ファスト映画のほうが上位にヒットすることも問題であり、しんのすけ氏は「映画業界の怠慢」だと指摘。「業界はどうやれば公式動画のほうがバズるのかということを考えていかなければいけない。その課題が明確になった一件」と苦言を呈した。
映画館に足を運ぶ人が圧倒的に少ないという現実
ここで松本監督が「周りで映画を観ている人はどれぐらいいますか?」と学生3名に質問する。
埜邑さんは学生団体「PUZZる」立ち上げ時の苦労したエピソードを交えながらコメント。 「映画を作りたいというメンバーを集める必要があったのですが、『映画が好きかどうか』という質問に対して『普通』という答えが多くて。映画を観ないわけではないけど、年に1回ぐらいしか観ないという人が多いです」。
3人に共通していたのは、映画部所属など「映画」そのものに興味関心がある人を除くと、NetflixやAmazonプライム・ビデオなどで鑑賞する人のほうが圧倒的に多いという意見だ。
「スマホで“ながら見”をする人が多いです。課題をやりながら、家事をやりながら。スマホの小さな画面で視界の端に映るぐらいの感覚で観ている子が一定数いるという印象です」と戸梶さん。
これに対して埜邑さんも「 “ながら見”している人ばかりです。パソコンやテレビなどの画面に接続して、わざわざ時間をとって観ているという人はたぶんほぼいないと思います」と指摘。
加藤さんは自身も“ながら見”をすると言い、「一度“ながら見”した後に、改めてちゃんと観るというのをやります」と先ほどと同じく、予習として“ながら見”を活用していると述べた。
しんのすけ氏は7月下旬、自身のSNSアカウントで「ふだん映画観る機会が多いのはどれ?」と題したアンケートを実施。「テレビ」「スマホ・タブレット」「パソコン」「映画館」の項目で調査したところ、映画館で観る人と映画館以外で観る人の割合が同じだったという。
【調査RT歓迎】
- しんのすけ | 映画感想TikToker (@S_hand_S) July 22, 2021
ふだん映画観る機会が多いのはどれ?
これについてしんのすけ氏は「自分のフォロワーは少なくとも映画に関心のある人が多いなかで、この結果は興味深い」としている。
あえて映画制作を選んだ理由は「高級感」「大変なことをする楽しさ」
倍速視聴、短尺動画が主流となりつつある現代で、なぜ3名はあえて映画を撮ろうと思ったのか。
加藤さんは当初、YouTubeでの動画制作を考えていたという。「YouTubeのほうが費用もかからないし簡単に作ることができます。だけど、映画の知識を深めていくなかで、音響や照明にこだわった作品などを知り、『すごい』と思いました。映画にはそういった一種の高級感があって、それを味わえるのはYouTubeではなく映画だと思ったのです」。
戸梶さんも「YouTubeやTikTokのほうが簡単に作ることができる」としたうえで、「映画は時間も費用も労力もかかります。だけど、大変なことをやるというところに映画を作る楽しさがあります」とコメント。
映画とYouTubeなどの違いは「消費物か否か」だと指摘したのが埜邑さん。YouTubeやTikTokを観て面白いと感じても「1回観たらそれで終わり」だという。「映画はそうではなく、例えば今回の『サマーフィルムにのって』も、1回観たけどまた観てみたい、と思います。映画というコンテンツはそういった“対話”のようなものがある」と述べた。
映画館での鑑賞はスマホで味わうことのできない体験
映画のもつ魅力について、戸梶さんは「YouTubeのような短い動画では不可能な、2時間だからこそ描けるものがあります。そして最大の魅力は鑑賞する際のジェットコースターに乗っているような没入感」とコメント。
加藤さんは、「映画館で観てもらうというのを前提に作っていますし、鑑賞した後の何とも言えない疲労感など、スマホでは味わえない独特な空気が映画の魅力」と語る。
埜邑さんは作り手と鑑賞者のあいだに生まれるコミュニケーションに触れながら、「作り手が何らかの思いをもって作った作品を観た人が自分なりにそれを取り込んで交流できることが魅力」とし、「うわべにあるものを“みる”のではなく、その奥にあるものを“みよう”と思うことが映画鑑賞」だと述べた。
最後に、松本監督が「家だとスマホを触ったりしてしまい、映画に集中することが難しい」と本音を吐露。「映画館に行くというのはスマホに触れないで済む貴重なひととき。そして大事なのはエンドロール。エンドロールこそストーリーも何もないので映画のことだけを考えられる時間で、これこそが映画館でしか味わうことのできない貴重な体験」と語った。
『サマーフィルムにのって』
8月6日(金)より、新宿武蔵野館、渋谷ホワイトシネクイントほか全国公開
監督:松本壮史
脚本:三浦直之(ロロ)、松本壮史
出演:伊藤万理華 金子大地 河合優実 祷キララ
小日向星一 池田永吉 篠田諒 甲田まひる ゆうたろう 篠原悠伸 板橋駿谷
主題歌: Cody・Lee(李)「異星人と熱帯夜」(sakuramachi records)
制作プロダクション:パイプライン
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
© 2021「サマーフィルムにのって」製作委員会
公式Twitter:https://twitter.com/summerfilm_2020