「あまりに稚拙」「政府は矛盾だらけ」苦しむ酒販店が政府要請に“絶対に応じる気がなかった”理由 - 島村優

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※この記事は2021年07月20日にBLOGOSで公開されたものです

7月中旬、酒類販売事業者に対し、政府が酒の提供停止に応じない飲食店と取引しないよう要請したことに対し各所から反発の声が殺到する騒動になった。

当初は、西村康稔経済再生担当相によって同じタイミングで明かされた、取引金融機関に飲食店への働き掛けに協力させる政府方針に批判が集まっていた。後にこの方針が撤回されると酒販店への要請についても批判の動きが広がり、また酒販店への要請は6月時点で国が都道府県に事務連絡を行っており、東京都では実際に署名させていたことなどが報じられ、大きく取りざたされることに。結果的に西村大臣は15日「酒販の関係者は大変厳しい状況にある」として、要請を撤回した。

こうした政府の動き・混乱について酒類販売の現場ではどのように受け止められていたのか。練馬区で100年近い歴史を持つ専門店「酒の秋山」の4代目・秋山裕生氏に聞いた(取材は要請撤回前および後に実施)。

―今回の要請を最初に聞いた時にどんなことを感じましたか?

最初に聞いた時は、すぐにこれは従えないなと。要請が届いたら無視するしかないと思いました。

もしそれで政府に目をつけられても仕方ない。かかってこい、ですね。戦うしかないですね。酒販店に対して、飲食店に酒を売ってはいけない、ってどう考えてもおかしいですよね。どこまでを対象に考えているのかわかりませんが、もし酒屋で酒を買えなかったらコンビニやスーパーで仕入れますよ。専門店で扱っているようなこだわりの日本酒は手に入らないかもしれませんが、ネットで探せばどこかでは見つかりますから。まずこれだけでも、西村大臣の発言はあまりに稚拙だったと思います。

―要請に従えば会社を守っていけないと。

当然、お客さんは他の販売している店で買うので酒販店は成り立たなくなったと思います。うちは年商12億円の会社ですが、9割が業務用のお酒の扱いです。もし要請に応じていたら、30人いる社員は3人で十分になってしまう。実質的に廃業しろ、ということですよね。

―酒販店への要請内容は、酒類提供の停止を伴う休業要請を守らない取引先への酒の販売を止めるよう求めるものだったことが判明しています。

まず、私たち酒販店は取引先の飲食店がルールを守っているかどうか、一軒一軒確認することはできません。また取引先の中には、休業要請が出ていても支援金の少なさや雇用を守る理由で、営業せざるを得なかったお店もあったと思います。ただ、我々は、飲食店の方針や感染対策まで指導できる立場ではありません。販売しなければ、別のお店に行ってしまうだけなので、売らないという選択肢を取ることはできません。自分の会社を守るのが経営者の役割ですから。

後に東京都も6月の時点で「取引を行う飲食店が酒類の提供停止を伴う休業要請に応じていないことを把握した場合には当該飲食店との取引を行いません」といった誓約書にサインさせていたことがわかりましたが、こんなのは給付金を使った恫喝じゃないかと。1000 社以上がサインをしたと聞いていますが、サインをした酒販店だってこんなのことが守れないことは当然わかっていたはずで、もっと怒って声をあげるべきだったと思います。

―酒販店は、取引先の飲食店に対して、酒を販売するかしないかを決める立場にないと。

大前提として、我々も飲食店の方もコロナを拡大させたいとは誰も思っていません。でも例えば生活を守るために20時以降になっても、お酒を出す店があることも理解はできます。通常よりも売り上げが低くて、支援金だけでやっていけない店は仕方ない面もあると思います。

そうやって飲食店は苦しんでいる中でも、私どもの店に発注をくださる。それを断れば「もうお前のところから取らないよ」「別の店から取るよ」と言われておしまいになってしまいます。ですから、今回は撤回されましたが、もし出されていても政府の要請に従うことは不可能でした。

―新型コロナ禍の政府の対応について、飲食業界・酒販業界にいる立場からはどのように見えていましたか?

緊急事態宣言、まん延防止、また緊急事態宣言…と繰り返していますが、実際は何も変わっていないじゃないかと。ロックダウンのような形で徹底的に行動抑制するのであれば賛同しますが、飲食店は営業してはいけないという一方で、この業態はOK、この施設はOKということが多く見られました。最近までは観客を入れた形でオリンピックを開催しようとして、そうしているうちに再び感染者数が増えている。こうした矛盾に対しては極めて疑問に思っていました。

飲食業界の中で不公平さを感じる場面もありました。きちんと感染対策を取っている衛生状態の良い多くの店が要請に従う一方で、潜って営業している店はあった。支援金がもらえないから営業する、という店もあったと思いますが、そもそも納税証明が出せない店もあっただろうと。そういった店が開き直って営業しているのを管理できていなかったんじゃないか。

―昨年3月以降、会社の経営としてはいつが一番苦労しましたか?

やっぱり今ですかね。緊急事態宣言でまた下がると思いますが、コロナ以前に比べると、対前々年比で売り上げが55%くらいになっていました。5か月以上が通常通り営業ができていない状態の中で売り上げが下がってしまうのは当然で、過剰在庫もずっと続いていました。仕入れてくれる飲食店がどこもやっていないわけですから。

社員を休ませて雇用調整助成金を受け取ったり、配達などを効率化したり、とできることは全部やっていますが、かなり苦しかったです。こだわりの地酒を入れてくれるお店は小さな店舗が多いんですけど、小さい店は支援金を受け取って休むところも多かったんです。日本酒に関してはそこもダメージが大きかったなと。

―そうなんですね。日本酒を造っている蔵元が置かれている状況はどうなっていますか?

日本酒は冷蔵庫で管理する必要がありますが、こういう状況なので今はお酒が売れません。まして、お酒を造るためのお米というのは、大抵が農家との契約栽培で、今年は造るお酒を減らすのでお米もいりません、ということはできない。なので、お米だけ余らせて冷凍している蔵もたくさんあります。

うちでも、この時期は夏のお酒を季節品として多く扱っていますが、4合瓶は全部売れても、一升瓶は在庫がひたすらあるような状態です。それでも前々年と比べると3割弱ほどしか取っていない。このことについては、酒蔵さんに対しても本当に申し訳ないと思っています。

―こうした状況が今後どのように好転すると考えていますか?

ワクチンがほとんどの人に行き渡ったらコロナ自体は落ち着くと思いますが、飲食に関しては5年くらいは諦めています。5年後にコロナが収束していても、飲食は元に戻っていないんじゃないかと。

お酒はそもそもが趣味の範疇で、なくても生きていけるものだと思います。そこへ来てこのコロナ禍で新しい生活様式が広まって、飲食の楽しさがこれまで以上に希薄になってしまったのかな、と。お取り寄せで高いものは買うけど、それは家での贅沢。外飲みの楽しさはなくなってきていると思います。

業界的にもこの2年で多くの飲食店が閉店してしまいましたが、しばらくは新規参入もないんじゃないかと思います。そう考えると、今取引のある飲食店との関係、こんな状況でも注文をくださるお客さんは本当にありがたいと思います。お酒を売れる喜び、お客さんに飲んでもらう喜び、これは平時では気づかなかったかもしれないことです。私たち酒屋の業界は感謝が足りなかったのかもしれない。

―お酒を好きな消費者が個人として、どんな風に飲食業界を支えられると思いますか?

こんな状況でも、日本酒ファンが家飲み用にお酒を買ってくれるのは我々にとってはとても大きいことです。

もちろん、いっぱい飲んでくださいとは言いません。量は多くなくてもいいので、自分の趣味の範囲で、選りすぐりのお酒でリラックスタイムを過ごしてほしい。その時に、自分の身近なホームの酒屋さんを作って、通ってくれればそのお店にとってもすごく助かると思います。ただ、繰り返しになりますが、無理して飲みすぎるのは絶対ダメです。無理のない形でお酒と付き合ってもらえれば嬉しいです。