※この記事は2017年03月31日にBLOGOSで公開されたものです

日本は先進7カ国の中で最も自殺が多い国だという。ここ数年は減少傾向にあるものの、年間2万人以上が自ら命を絶っている。なかでも若い世代の自殺者数が高止まりしていることは社会問題化している。

若者の自殺を防ぐためには、どのような取り組みが必要なのだろうか。若者の自殺対策に取り組むNPO法人Light Ring.の代表理事・石井綾華氏と日本財団で「いのち支える自殺対策プロジェクト」に携わる服部紗代氏が語り合った。

「4人に1人は本気で自殺を考えたことがある」

服部:日本財団は昨年9月のWHO世界自殺予防デーに合わせて、「日本財団自殺意識調査2016」の結果を速報版という形で発表しましたが、今月の自殺対策月間に合わせて都道府県別データの詳細を加えた報告書を公表しました。この調査結果の中で、私が特にお伝えしたいことは3点あります。

1つめは、自殺は我々が考えている以上に身近な問題であるということです。調査結果によれば、4人に1人が自殺を本気で考えたことがあり、推計53万人が自殺未遂を経験したことが分かりました。さらに、5人に1人が身近な人を自殺で亡くした経験があると回答しています。こうした数字が示すとおり、自殺という問題が決して他人事ではないということが、この調査の一番大きなポイントだと思っています。

2つめは、「本気で自殺したい」と思ったり、自殺未遂をした経験がある方は、若年層になるほど割合が高くなっているということです。これまでのデータでは、自殺で亡くなる方は中高年の男性が多いとされていました。しかし、今回の調査では自殺念慮(本気で自殺をしたいと考えたことがある)を持つ人の割合は、若年層、特に女性の間で高くなっています。

3つめは、自殺念慮や自殺未遂を経験した方の5~7割が、誰にも相談しなかったということです。辛い思いを抱えていながらも誰にも相談できないという人が多い。この3点を強調したいと思っています。

石井:私は、NPOを運営する中で「死にたい」という思いを口にする人を、身近で支える友人や恋人の声という形で多く見てきました。

これまでは、私が自殺予防の活動をしているから、声を聞く機会も多いのだろうと考えていた側面もあったりました。しかし、今回の調査で、東京にとどまらず全国的に4人に1人が本気で自殺を考えたことがあるという結果がでたことで、自殺の問題は、東京が特異な状況というわけではなく、友達、家族も感じているかもしれない全国的に存在している若者の社会問題なんだということを改めて実感しました。

若者が「死にたい」という言葉を口にする背景に、「死にたいほど辛いという思い」があります。耐えきれない辛さをうまく表現できず「死にたい」と言っていることがあるのです。

服部:先程、今回の調査結果の特徴の1つとして、「若年層になるほど自殺念慮や自殺未遂の経験者の割合が高い」という点を挙げましたが、石井さんが活動している中で、若者が追い詰められてしまう理由にはどのようなものがあると感じますか。

石井:新宿区や港区の自殺対策会議のデータを見ると、若年層自殺の背景には「将来を絶望する、その最も強い衝動を感じる瞬間」に死を決意する人が多いと見受けられます。

例えば、結婚破棄(恋愛も含め離縁)、就活失敗などは特に注意が必要なタイミングです。その背景を見ると、「女性は30歳までに結婚しなくてはならない」「良い会社に入らなくてはならない」など社会風潮が1つの理由にあると思います。インスタグラムなどの「いいね!」の数が自己評価に直結するなど、”社会や周囲から自分はどう見られているか”は若者にとって常に敏感に意識してしまう視点です。

大多数の方は自分の内面に自信がないためにいつも他人と自分を比較しながら、生きざるを得ない状況下で生きているため、辛い気持ちを抱えやすいのです。

服部:今回の調査では、20代、30代の男性においては、自殺念慮の理由として、経済生活問題や勤務問題が挙げられています。

自殺未遂になると、健康問題を原因とするケースが多くなるので、うつ病などの疾患を抱えている状況にあるのではないかと推測されますね。

多くの若者が相談・専門機関を利用していない

石井:若者の場合、支援団体や相談機関を利用しづらいことも問題です。2005年Aust NZ J Psychiatryでは、精神的問題を抱える若者のうち、約4人に1人しか専門家の治療を受けていなかったと報告されています。つまり、多くの若者が、行政機関や相談窓口を利用していないという実情がある。

また、二次被害と呼ばれるのですが、相談員の方に相談したところ「あなたパーソナリティー障害だから」とレッテルを貼られて、さらに深く傷付いて二度と誰にも悩みを話さないと頑なに拒むようになってしまうケースがあるのです。

そのため、「適切な人や相談機関を選ぶ」ことはとても大切になります。ポイントの1つは、受付の方が、効率性を重視した機械的な対応でなく人を思いやる対応をしてくれるかどうか、です。特に小さなクリニックや支援機関は受付と相談を同じ方が担当する場合や、役割分担されている場合も社風が直接事務職の方に反映される場合があるからです。

一方、第8回世界青年意識調査で、日本の青年の悩みや心配事の相談相手としては、「近所や学校の友だち」が53.4%で最も高く、カウンセラー、相談員は1.7%でした。

つまり、専門機関ではなく、周囲の人に相談するという状況がある。そうなると、友達や身近な人がきちんと相談を受け止めて対応するソーシャルサポート力が自殺を防ぐ大きな力になっていきます。

服部:相談された方も、どのように対応するのが適切なのか判断が難しいですよね。こうした問題は、まさに石井さんのご専門になると思うのですが、親しい人から死にたいぐらい辛い気持ちを抱えていることを相談されたら、どのように応対するのがよいのでしょうか。

石井:「死にたい」という言葉の裏にあるSOSのサインを見逃さずに、うまく汲み取って「”死にたい”くらい辛いんだね」と気持ちに寄り添っていくことが大切です。

それだけでなく自分に精神的な余裕がない時や同じように思い詰めて悩んだ時は、身近な人が最後まで話を聞かなくても大丈夫です。その時は、異変に気付いて、適切な専門家に繋げるだけでも、非常に大きな力になるのではないでしょうか。

例えば、「眠れない」といわれたら睡眠外来といった機関があることや、オンライン相談のできる「Cotree」など「辛い状況に追い込まれていたら、それを使ってもいいと思うよ」と伝えてあげるだけでも、非常に価値があると思います。

服部:うつ病などの問題は、いまだに一部では「甘えでしょ」と思われている部分もあります。そうではなくて、「困ったら必要なところに手助けを求めるのが普通」という認識を広げていく必要はありますね。

石井:地方だと特に感じられると思うのですが、「両親や祖父母が偏見を持っているので、メンタルクリニックには行くことができない」といった相談を受けることもあるので、「困ったら手助けは専門機関や相談機関に求めてよい」という認識をもっと広めていく必要があります。適切な専門家を選び、打ち明けたら、本来のありのままを受け止めてもらえる。楽になる1つの手段です。

また、うつ病を寛解して普通に働いている人の情報はあまりない。病気になっても「当たり前に復職できるんだ」「治る病気なんだ」という情報がもっとあるとよいのではないでしょうか。

服部:「専門家に相談に行く」というと非常にハードルが高いように感じてしまいがちですが、もう少し気軽にいけるような状況になるとよいですね。

石井:確かに、「相談」というものを“すべて解決して救ってくれる”と高い期待を持っている方は多いように感じます。

ただ現実には、「一度相談すれば全部解決できる」とう悩みの方が珍しいですよね。なので、直接の解決策やヒントにつながらなくても、今の苦しみを全部吐き出して、聞いてもらえたことも楽になることも認識できたら、ハードルが下がるかもしれないですね。「楽になる」って大したことないって思われるかもしれませんが、辛い気持ちを手放して、自分でこれからを考えるためのスキマを作ってくれると思うんです。

自分からSOSを発信する能力が重要

服部:現在、若者の”生きづらさ”は多様化しているので、それぞれの悩みに応じた相談環境を整理することも重要なのですが、自分からSOSを発信する能力も重要になります。

昨年4月に改正された自殺対策基本法では、義務教育の中にそうした要素を盛り込むことになっています。小・中学校にいる段階から、どうやって人に助けを求めるかを教育していくことが、今後は重要になってくると思います。

石井:本当にそう思います。先日、共同代表を務めさせて頂いている「若者自殺対策全国民間ネットワーク」でも、来年5年ぶりに改定される「自殺総合対策大綱」に「若者の自殺対策を強化する」という項目を新規追加いただく要望書を自殺対策ワーキングチーム座長の谷合正明議員に提出しました。

ここでは、若者の自殺対策を行う各団体が集い、有効だと考えられる若者支援のあり方や具体策を提案していく予定です。

また、私がこの要望書提出にあたって、非常に重要だと考えているのは、本人がセルフケアしやすい環境を作ることです。弱音を吐き出せずにガマンし続けてしまう人は、なかなか自分で異変に気付かず、他者から言われて初めて病院を必要とするほど状態が悪化した状況に陥りやすいのです。

自分の中のSOSに気付けないという方に、自分の異変のサインに気付くことのできるポイントや他者が異変に気付くことができるようなSOSの出し方など、セルフケアの方法を伝えていくことも重要だと思います。

服部:私が、自殺対策プロジェクトに携わる中でより強化すべきだと考えていることは3つあります。

一つ目は自治体内の各部署が連携を強化して対応にあたることです。現在は、学校の問題であれば教育の部署、生活保護を受給する場合は社会福祉の部署、精神疾患を抱えた場合は、社会福祉の中でも精神保健の部署といったように様々な部署が各課題の解決にあたりますが、自殺を考えるほど追い込まれた方が抱える課題は複合的で複雑なので、根本的な解決につながらないケースもあります。なので、自殺対策基本法の中で奨励されているように自治体の内部で連携できるような仕組みにしていく必要があるでしょう。

2つ目は、NPOなどの民間団体の横のつながりを強化することです。自殺に至るまでには、引きこもりや精神疾患といった問題があります。あるいは、LGBTの方は一般の方と比べて自殺率が6倍というデータもある。

なので、それぞれの分野の対策に取り組んでいるNPOが連携することで、最終的な自殺という段階に陥る前に、若者が抱えている悩みを解決していくことができるのではないでしょうか。

また、一般の方にとって「自殺」はまだまだ遠い問題ですし、タブーとなっているような現状があります。繰り返しになりますが、今回の「4人に1人が自殺を本気で考えたことがある」というデータが示すように、決して他人事ではないという認識が広がっていくと良いと思います。

石井:広めるという点で、メディアなどの役割も重要になってくると思います。これは先程も話しましたが、これから若者の自殺を減らしていくためには、メンタルクリニックや睡眠外来も含めた相談機関に打ち明けることができて、ラクになり解消できた人が、メディアで取り上げられることが必要とされると考えています。

「きちんと人に頼ることが出来た人なんだ」という認識が社会に広がっていけば、より悩みを打ちあけることができる人が増えていくと思います。

正しい形で周囲にSOSを発信するというのは、非常にポジティブな行動です。「使っちゃいけない」といった雰囲気になっていることが別の大きな社会問題であると思っています。周りの評価を気にして使えないのは、せっかく”悩みを聞くよ”と受け止めてくれる用意があるのにもったいない。だからこそ、利用できた人に対して、「よくやったね」と評価を届けるような発信の仕方が必要になってくるんじゃないかと思います。

服部:加えて、自分の身近な人が困っていないか改めて気にかけてみることは重要ですし、自殺を防止する要になると思います。

繰り返しになりますが、4人に1人は本気で自殺を考えた経験があるわけですから、もしかしたら周りにいる身近な人が自殺を考えているかもしれない。だからこそ自分が、少しだけ勇気を出して、周囲のことを気にかけてあげる。それだけで、少しずつ状況が変わる可能性のある社会問題だと思うので、そこは強調していきたいですね。