※この記事は2017年03月29日にBLOGOSで公開されたものです

電車内で女子中学生に痴漢をしたとして、会社員の男が神奈川県迷惑防止条例違反に問われた事件の判決が3月下旬に東京地裁 (新井紀亜礼裁判長)であった。目撃者がいたことで男は逮捕されたが、逮捕段階から一貫して否認していた。

争点は「女の子のスカート近くに手があり、それを目で追って顔を確認した」などの目撃証言の信用性だった。また、捜査段階では女子中学生が証言していなかった、当日に履いていたスパッツの丈の長さも争いの一つだ。これによって、犯行形態がかわる可能性があるからだ。果たして、判決は?

電車を降りると、目撃したとされる男性から腕を掴まれた

起訴状などによると、JR川崎駅(神奈川県川崎市)から品川駅(東京駅港区)まで乗車している車内で、女子中学生が下着の中からお尻を触られたとしている。女子中学生が困っている表情だったために、目撃したという男性がその中学生のスカート部分を見ると、近くに男性の手があった。

そしてその腕をたどり、被告人の顔を確認した。周囲を見渡すと、手が下がっている男は被告人一人しかいなかった。そのため、被告人が電車から降りたときに、女子中学生と目撃者も一緒に降りて、捕まえた後で目撃者が「この人ですよね?」と聞いた。女子学生は痴漢の顔を見ていないものの、うなづいた。

被告人は過去にも”痴漢に間違われた経験”が

あらためて被告人質問を振り返ってみよう。まずは女子中学生が被害を訴えた当日の様子だ。

弁護人:被告人は、どうして電車に乗っていた?

被告人:会社に通勤するため。

弁護人:家から会社までの最短距離ではないが...。

被告人:混雑しているだろうと(最短距離を避けた)

弁護人:いつもと当日は違うのか

被告人:遅延していたので、混雑していた。(自分の)肩と(他の乗客の)肩がぶつかり合う程度だった。

被害者も目撃者も同じ電車の同じ車両に乗っていた。混雑していたことは、目撃者や被害女性も同様の証言をした。一方、被告人は、仕事で目を酷使するために、電車内では目をつぶっていたという。

弁護人:川崎駅から品川駅の間では何か気がついたか?

被告人:何も気づかなかった。目をつぶっていた。

弁護人:どうして目をつぶっていた?

被告人:コンピューターの仕事をしているため目が疲れる。できるだけ目を閉じていようと思った。朝8時ごろから夜8時、9時ごろまでずっとパソコンとにらめっこだ。

被告人は通常、右手でカバンを持っているというが、電車に乗るときは、たすき掛けにするという。カバンの重さは約3キロ。それを右腕で抱えながら乗車していた。

弁護人:当日はどんな様子だったか?

被告人:カバンを持っていた。左肩から右側に下げる感じ。

弁護人:目撃者の証言では、カバンは右後ろにあった、とある。

被告人:右側に抱えていた。電車に乗るときはたすき掛けにしている。しかしカバンが流れることがあるので可能性はある。

被告人は電車内では痴漢行為を気がつかなかった。品川駅で降りると、目撃者に痴漢の犯人とされてしまっていたというのだ。

弁護人:事件に巻き込まれたと思ったのはいつ?

被告人:品川駅で降りると、手を引っ張られた。被害者と目撃者、自分が向き合う感じになった。目撃者は「この人ですよね?」と被害女性にいい、被害女性は顔を確認しないまま、うなずいた。

弁護人:目撃者は電車内で小突いたり、体を入れるなどして、制止させるようなことはあったか?

被告人:していない。

弁護人:痴漢の犯人と言われてどう思った?

被告人:困惑している。腹立たしい気もしている。

ところで被告人は過去に痴漢に間違われた経験があった。しかし、起訴されることはなかった。この質問をしたのは、間違われてしまうことがあっても堂々と否定した過去があったことを示すことで、今回も同じと言いたかったのかもしれない。

弁護人:過去に間違われたこともある?

被告人:帰宅時。終電に近かった。女性にいきなり「痴漢」と言われた。言い分を聞いてくれなかったために、2日間、拘置されたことがある。嫌疑不十分で、不起訴となった。

弁護人:積極的な立証は?

被告人:してない。

弁護人:示談は?

被告人:してない。心当たりがないのにお金を支払うのは納得がいかなかった。

被告人「疑われた場合、立ち去るべきと思った」

検察官による反対尋問も行われた。被告人は、被害のあった女子中学生の位置を把握してないと証言した。

検察官:右前に女子中学生が背中を向けて立っていた。その認識は?

被告人:認識はない。

検察官:目をつぶっていたから?

被告人:はい。

検察官:立ち位置は?

被告人:多少、ずれたかもしれないが、確認はしてない。

検察官:目撃者は左側にいた。

被告人:わからない。

被告人が疑われたのは手が下がっていたことは大きいが、体の前部も前にいた女子中学生に当たっていたという。大きなカバンも持っている。この状況で、目撃者に疑われていたのかもしれない。

被告人:体のどこかは当たっていた。

検察官:やや右前の女性とは?

被告人:私の前面が当たっていた。

検察官:左手が真下。右手がカバンを抱えていた。カバンは真横だった。なぜ?

被告人:癖です。カバンが流されないように。

検察官:満員電車では大きなカバンは迷惑ではないか?

被告人:言われたことはない。

被告人は目撃者に痴漢の犯人とされたときにその場から逃げようとした。それは過去に痴漢に間違われた経験があったことが大きい。被告人はテレビで弁護士が、痴漢に間違われたらその場から立ち去ること、と対策を述べていたのを記憶していた。そのため、このとき、被告人はそれを実践したのだ。最近でも、線路に降りて、逃げた男がいたのは記憶に新しい。

検察官:目撃者につかまれたときに逃げようとしたのはなぜ?

被告人:疑われた場合、その場にとどまると犯人にされてしまう。立ち去るべきと思った。

検察官:電車内ではなぜ手をあげていない?

被告人:過去に間違われて逮捕されたことがあったが、当初は上げていた。しかし、いつしか手を下げるようになっていた。

検察官:混雑している電車内で、前に女性がいる。手を上げようとは思わない?

被告人:手が左右にあれば、間違われないと思った。

被告人質問でも反対尋問でも、被告人の答えに矛盾はないように聞こえた。では目撃証言ではどうなのか。目撃者は若い男性。目撃者の証言は被告人質問の前に行われたが、目撃者は被告人の言い分を聞くことなく退廷した。

目撃者「間違いがあった場合、メリットはない。自己防衛のために確認した」

検察官:別人ではないのか?

目撃者:100%あり得ない。スカート周辺にある腕の人物の顔を確認した。その男性をずっと見ていた。電車から降りたが、同一人物だった。位置関係は変わっていない。

検察官:電車から3人とも降りた?

目撃者:駅員のところに連れて行こうとした。電車の発車ベルがなったときに、(被告人が)もともと乗っていた電車に乗って逃げようとした。そのとき、カバンのストラップをつかんだ。駅員が騒ぎに気がついた。3人ともホームに戻った。

検察官:被害者の名前は?

目撃者:知りません。

目撃者なりの信念があり、被告人を捕まえた。しかも、被害者の名前を知らないために、利害関係はないと検察官は印象付けた。ときおり、“被害者”と“目撃者”がグルになって痴漢をでっち上げる事件が起きている。検察官の質問はそれを否定する意味もあった。そのため、虚偽の供述をする積極的な理由はないように思える。

一方、弁護人からの質問にも答えているが、弁護人は、目撃者が痴漢行為の決定的な場面を見てない点も指摘している。

弁護人:痴漢の確認方法は?誰が手をさげているのか確認をしたのか?

目撃者:明確に覚えていないが、そうしたと思う。

弁護人:右手はカバンより下だから見えないのでは?

目撃者:スカートの中は見えていないが、手が見えていた。

弁護人:どうして被告人を入念に確認したのか?

目撃者:自分もそれなりのリスクがある。間違いがあった場合、メリットはない。自己防衛のために確認した。

弁護人:被害者を助けたいと?

目撃者:はい。

弁護人:被害者との間に体を入れていない?小突くという行為は?

目撃者:していない。

目撃者は被害者を助けたいという思いがあった。しかし、それならばなぜ、痴漢行為の途中で制止しなかったのかは疑いの余地がなくもない。弁護人の質問では、その理由は明確になっていない。

最後に、裁判官は、目撃者が被告人を掴んだ際の会話を再度確認をした。

裁判官:品川駅で被告人を捕まえた時、会話をした?

目撃者:被告人に「触っていたでしょ?」と。被害者に「この人でしょ?」と聞いた。被告人は「違う」と。被害者は同意を求めていたようで、会話はしていない。

目撃者の証言を採用し、有罪罰金30万円。即日控訴

これらのやりとり以外には、被害女性は痴漢被害にあった当日、スパッツを履いていたことを法廷で証言した。当初はスパッツの丈は「10センチから20センチの長さ」と言っていたが、検察官の質問では「一分丈」であることを証言している。

仮に10センチから20センチだとすると、被害者のお尻を触るためには不自然な体勢になると弁護側は主張した。一分丈だとすると、無理な体勢ではないとなる。そのため、スパッツの長さは争点となっていた。そのため、最終弁論が終わった後にも、再度、被害者の証言を聞いた。

判決では、有罪として、罰金30万円とした。新井裁判長は、スパッツの長さを立証するのは捜査機関の責任とはしながらも、長さの確定には至らなかった。しかし、被害女性や目撃者が虚偽の供述をする理由はなく、信用性はあるとしたのだ。

この裁判は、客観的証拠がなく、状況証拠のみの痴漢事件。目撃者も、被告人が直接触っていたところを目撃したわけではなく、女子中学生が嫌がるような表情をしていたこと、スカート付近に被告人の手があったことからの類推による認定だ。新井裁判長は証言の信用性があるとした。裁判所が被害者に寄り添うことはよいことだ。一方、痴漢を疑われると被告人が反証するのは難しいことを示した事件でもあった。

弁護側は女子中学生の被害自体は争っていない。しかし、捜査段階から一貫して被告人は否認をし続けてきた。判決理由を聞いているときも、なせ、目撃者の証言を採用したのか、なぜ、こうした結果になるのかと思っているかを疑問に感じているような表情だった。

そのため、即日控訴した。今後は、東京高裁での判断になる。弁護人は国選だったが、被告人は引き続き、同じ弁護人に依頼する意向を示していた。

この事件では、スパッツの長さを聞かない捜査機関の不手際があった。被害を訴えたのが女子中学生だったために、警察官も検察官も詳細に聞けなかったと想像できる。しかし、裁判になるのであれば、冤罪事件をうまないためにも、詳細は詰めなければならない。控訴審ではどうなっていくのだろうか。

それにしても被害女性のケアはどうなっていくのか。痴漢被害だけでなく、裁判でも証言する辛さも味わった。捜査機関がケアにきちんとつなげていればよいのだが...。