″強い男″を演じてきた渡瀬恒彦さんを悼む - 渡邉裕二
※この記事は2017年03月17日にBLOGOSで公開されたものです
俳優の渡瀬恒彦さんが亡くなった。
一昨年から胆のうがんで闘病を続けてきた。都内の病院で抗がん剤投与による治療をしてきたというが14日午後11時18分に帰らぬ人となった。死因は多臓器不全だという。
渡瀬さんは、テレビドラマの人気シリーズ「西村京太郎サスペンス 十津川警部」や「おみやさん」、さらには「警視庁捜査一課9係」「タクシードライバーの推理日誌」などに出演し親しまれてきた。
もともとは映画出身で、1970年の「殺し屋人別帳」(石井輝男監督)がデビュー作だった。キッカケは東映の元会長・岡田茂氏からの説得だ。サラリーマンだった渡瀬を岡田氏は三顧の礼で口説き落としたという。東映が時代劇からアクション、ヤクザ映画(任侠映画)へと転換を図っていた時代のことである。
その後、「仁義なき戦い」のシリーズや「鉄砲玉の美学」、さらには「セーラー服と機関銃」など、数多くの作品に出演してきたが、「赤穂城断絶」「事件」では「第3回報知映画賞」と「第21回ブルーリボン賞」で助演男優賞、「事件」は「第2回日本アカデミー賞」の最優秀助演男優賞などを受賞している。
渡瀬さんに対する評価はまちまちだろうが、振り返ってみると映画では、いわゆる〝チンピラ〟のイメージが強い俳優だった。それも〝強い男〟を演じていた。
映画「REX恐竜物語」に親子役で共演した女優の安達祐実は「大人になってからも私の体調などを気にかけてくれた。弱音を吐いたり、愚痴も言わない人でした」と振り返り、その上で「私にとっては、強いお父さんという存在でした」とコメントしていたが、思わず「なるほど…」と頷いてしまった。
ここ数年はテレビ・ドラマが多かった。しかし、映画出身なだけに「演技派俳優」として認知されてきた。やはり、昔ながらの演技の積み重ねがテレビドラマでも安定感を持たせてきたことは確かだ。
兄より演技は自信があった
俳優の渡哲也は実兄。6年前の2011年12月に放送されたTBS「帰郷」では、40年ぶりに兄弟共演が実現した。さらに、その2年後にも「十津川警部」(TBS)のシリーズ50作記念作品「消えたタンカー」に渡がゲスト出演している。兄弟のドラマ共演が決まったのは、あるいは渡瀬さんの気持ちの中に、何か感じるものがあったのかもしれない。
共演の際のインタビューで渡瀬さんは「兄貴は下手ですね。兄貴より演技は自信があった。そうでなければ、ここまでやって来ることが出来なかった」と語っていたが、芝居に取り組む姿勢、役に対してのプライドが人一倍強くあったことを物語っていた。
ちなみに、渡は「余命1年の告知を受けていたので、今日の日が来ることは覚悟していた」と言いつつも「弟を失いましたこの喪失感は何とも言葉になりません。幼少期より今日に到るまでの2人の生い立ちや、同じ俳優として過ごした日々が思い返され、その情景が断ち切れず、辛さが募るばかり」とコメントした。
頭の中では理解していても、現実を受け入れるのは辛いものである。
4月からテレビ朝日系で渡瀬さんの主演ドラマ「警視庁捜査一課9係」がスタートする。
今回が12年目だという。渡瀬さんにとっては自ら「やりたい」と懇願したドラマでもあった。今回の新作も1、2話を撮影したと言われるが、心残りだったに違いない。
また、4月以降にも「十津川刑事」の新作が撮影準備に入っていたとも言われる。「余命1年」と宣告されていたのかもしれないが、渡瀬さんは「まだまだ大丈夫」という気持ちだったかもしれない。それだけに悔やまれる。
結局、今月25、26日の両夜にテレビ朝日系で放送されるドラマスペシャル「アガサ・クリスティ そして誰もいなくなった」が遺作になるようだ。
仲間由紀恵、向井理、柳葉敏郎、大地真央、橋爪功、津川雅彦…錚々たる顔ぶれのドラマだ。先ごろ行われた制作発表記者会見に渡瀬さんは欠席したが「一癖も二癖もある一騎当千のツワモノたち、中に置かれた高山の花、水辺の花、温室の花。仕上がりはどうなっているのか、4時間テレビの前にお座りください」とのコメントを寄せていた。
それにしても、高倉健さん、菅原文太さん、今年に入るや松方弘樹さん、そして渡瀬さん…東映の一世代を築いてきた〝任侠映画〟の名俳優が次々に亡くなっていく。
「これも時代の流れ」と言ってしまうには寂しさを感じる。