ラジオとお金とダンピング - 西原健太郎
※この記事は2017年02月28日にBLOGOSで公開されたものです
約1ヶ月ぶりのご無沙汰です。皆様いかがお過ごしでしょうか?
ここ最近の私はというと、もうすぐやってくる番組改編期に向けて、色々下準備をしている所です。ラジオ業界は、1年に2度、4月と10月に大きく番組編成が変わる時期があります。終わる番組、新しく始まる番組…。そして改編期直前のこの時期は、番組関係者であれば誰もがそわそわしてしまう時期だったりします。
なぜそわそわするのか…それは、自らの『お金』に直接関わる事だからでして…。というわけで、今回は『ラジオとお金』について、書ける範囲で書いてみようと思います。
ラジオ番組のギャラは安い
『ラジオ番組は、テレビ番組比べて制作費が安い』。そんな話を聞いたことはありませんか?これはその通りです。まず、テレビ番組とラジオ番組は、関わっているスポンサーの数と、1社あたりのスポンサー料が全く違います。スポンサー料が違えば、制作費も自ずと違ってくるわけで、一般的にテレビ番組とラジオ番組とでは、制作費は桁が一つ違うと言われています。
そして、制作費の差は、直接番組スタッフのギャラにも反映されていきます。テレビ番組を1本担当すればもらえるギャラと、ラジオ番組1本を担当すればもらえるギャラ、この二つには倍以上の差があると言っても過言ではありません。具体的な金額への言及はここでは避けますが、ラジオ番組を担当するスタッフは、何本も番組を抱えないと生活ができないと言われています。
ただし、ラジオ番組のスタッフがもらえるギャラには、番組によって差があります。ラジオ番組の中でもスポンサー料が潤沢な番組、例えば地上波で放送されている番組だと、スタッフに支払われるギャラは、平均よりも高かったりします。逆に、ノンスポンサー番組で、収入のあてがない番組だと、必然的にギャラは安くなります。単価が安い場合は、スタッフは本数をより多く抱えないと生活できないということになるわけです。それこそ二桁以上の番組を…。
番組リスナーにとっては、制作費と番組の質は、全く関係ありません。番組のスタッフのギャラが高かろうが安かろうが、リスナーにとっては、聴いている番組の出来が全てなのです。だから本来は、番組スタッフは『ギャラによって仕事の質を変える』ことは許されません。
でも、スタッフ個人にも仕事をこなせる量、キャパシティがあります。たくさん番組を抱えないといけないスタッフは、少ない労力で仕事をこなしていかないと、数を抱えることはできません。その結果が、今日のラジオ業界の番組内容であると言えるのかもしれません。
崩壊したラジオのギャラ相場
実は、ラジオ番組のギャラ単価は、昔は今ほど安くはありませんでした。そのギャラ単価に変化が生まれたのが、2003年から2004年頃。ネットラジオが少しずつ増え始めた頃で、価値観の多様化が始まった時期でもありました。
また、1990年頃に始まったバブル景気の崩壊が、放送業界にまで及んできた時期がこの頃でした。放送業界は、世間よりもバブル崩壊の影響が及ぶのが遅かったのです。それまでは新人のサブ作家やADにも出ていたタクシーチケットが出なくなり、プロデューサーから『制作費の〇割減』が伝えられる毎日…、それに伴って、スタッフの人件費であるギャラ単価も、少しずつ下がって行ったのでした。
そして、ギャラ単価減少の決定打となったのが、『ベテランスタッフによるギャラ単価の大幅な切り下げ』でした。これまではたとえ制作費が下がっても、下がった制作費は、駆け出しの新人など、ギャラ単価の安いスタッフを配置することで補っていました。では、ベテランスタッフはどうしていたのかというと、自らの価値を高め、経験を生かし、『ベテランスタッフにしかできない仕事』をすることで、ギャラ単価を維持していました。
でもある日、ベテランスタッフの一人が、自らのギャラ単価を、新人のそれと同じにしてしまいました。これでは、もう単価は下がることしかできません。経験があるベテランと、経験がない新人。同じ金額で雇用できるならどっちを使いますか?そして新人は、ベテランより単価を下げなければ、登用されることが難しくなりました。そして、連鎖的に始まるダンピング競争…。それが今日のギャラ単価の礎になったと私は考えています。
2000年代初頭。私はまだ駆け出し放送作家でした。私が新人だった時代は、ラジオの放送作家が、収入の面でギリギリ夢を見られる時代でした。数本番組を抱えられれば、生活するのに困らなかった時代…それ以上の番組を抱えられれば、ラジオの放送作家でも、サラリーマンの何倍もの収入が得られる…。そんな夢のある時代でした。
もちろん、収入だけが放送作家の本分ではありませんが、収入を気にする必要が無い分、アイデアを出すことだけに集中することができました。でも2017年現在、ラジオ業界で働く放送作家には、『自らの生活を維持しつつ、アイデアの質をキープし、締め切りまでに台本を出す』という才能が求められています。
世の中に合わせた新たな仕事のスタイルを確立できなければ、生き残れない時代…番組改変期でそわそわする局内を眺めながら、私もそんな一人として、今日も締め切りに向けて、台本を執筆するのでした。