※この記事は2015年05月27日にBLOGOSで公開されたものです

スティーブン・セガール、ニコラス・ケイジ、デンゼル・ワシントンといった洋画吹き替えや、ゲーム『メタルギア』シリーズのソリッド・スネーク役などの代表作で知られるベテラン声優・大塚明夫氏。大塚氏が、3月に上梓した著書「声優魂 (星海社新書)」は、自身のキャリアや声優業界の事情を紐解きながら、「声優志望者」に対して「甘い考えを捨てろ」「覚悟を持て」と強烈なメッセージを送る内容だ。



30年以上のキャリアの中で、「自身のやりたいこと」を追い求めてきた大塚氏の口から語られる言葉は、声優ならずとも日々働くすべての人々にとって胸に響くものとなっている。大塚氏に「声優」という職業や自らの仕事に対する思いについて聞いた。

重要なのは、「声優になった後どうするか」

―大塚さんの著書「声優魂」の帯には「声優だけはやめておけ」という言葉が刻まれていますし、声優志望者を打ちのめすような記述が全編にわたって出てきます。こうした本を書こうと思ったきっかけを教えてください。

大塚明夫氏(以下、大塚):まさかあんなセンセーショナルな帯になるなんて、僕はちっとも予想してなかったんです。「声優だけはやめておけ」なんて大きく書いてあって、僕は一体何を批判しているんだろうって(笑)。実際は、「こういう現状だからよく考えてね」という話をしているだけで、そこまで強くは言ってないんですけどね。

直接のきっかけは出版社の方からお声掛けいただいたことです。本を書くのは本業ではないのですが、事務所やマネージャーと相談してゴーサインが出たので、「じゃあやります」となったわけです。

―「勘違いした若者が声優を目指して苦労する…」ということに対する違和感は以前から持っていたのでしょうか。

大塚:自分がどうだったかというと、わりと安易にというか、ものの弾みで、この業界に踏み込んだわけですから、「最近の若者は…」みたいなことを言うつもりはないんですよ。ただ自分の場合、この世界に足を踏み入れたときに、「普通の生産社会にもう一度戻るというのはおそらく無理だな」という覚悟は決めていたんです。

別に時代が悪いと言うつもりはないのですが、最近になって、専門学校に入って資格みたいなものをとれば、声優になれると考える人が増えていると思います。「声優になる」ということ自体はいいとして、重要なのは「なった後どうするか」ということです。「ただ、声優になれればいい」というのであれば、もう少し考えた方がいいよと。

若い人は人生の分母が短いせいか、声優になった後のことまでなかなか考えられない。だから、「後で後悔することがないといいなぁ」というおせっかい心から書いた本なんです。 アイドル声優みたいな方を見て、きっと皆さん「自分も」と考えるのでしょう。ですが、アイドルという売れ方であれば、テレビに出ている普通のアイドルの人たちと同じように、何十年かすれば、「今はどうしている?」という話になります。それは声優の世界もまったく同じですから、例えば実家を継ぐといったような先の展望がある人なら目指してもいいですが、そうじゃない人にはリスクが高いですよね。

―後輩に向けて、「やめておけ」とおっしゃる大塚さんが考える職業としての声優の魅力はどんなものでしょうか?

大塚:僕は「声優」と呼ばれていますし、そう呼ばれること自体には何の問題もないと思っています。

ただ僕としては、「俳優の仕事の一つとして、声の仕事もありますよ」という認識なんですね。だから、僕は演劇も非常に好きなんです。やはり目の前でお客さんが喜んだり、感動したりしてくれたりと、オーディエンスの反応がダイレクトに伝わってきますから。オーディエンスと演じ手が、その空間を共有できるということが、僕は楽しいんです。だから僕自身は、「自分は声優」だという風にはくくってないんですよ。

―俳優の仕事の一部として「声だけ演じる仕事=声優」があるということですね。

大塚:そうですね。なので、お笑い芸人でもタレントさんでも、誰がやっても「そういう声の仕事をしました」というだけで、問われるべきは見た人が納得するかどうかだけだと思います。

「演じる」ということにおいては、どの分野でも通底することですし、核になる部分は同じです。それが声優の場合は、台詞、声しか使えないというだけの話です。舞台などになれば、だんだん可動範囲が広くなるわけですが、それはそういう部門というだけであって、演じるという中の一つのスタイルでしかありません。

画面に映っている俳優の空気感をどう膨らませるかを考える

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―大塚さんほどのキャリアになると、例えば「スティーブン・セガールといえば大塚さん」といった視聴者のイメージがついてくると思います。こうした吹き替えは、俳優を演じているのか、役柄を演じているのか、微妙な部分があるのではないでしょうか。つまり、スティーブン・セガールを演じているのか。沈黙シリーズのライバックを演じているのかという部分ですね。これはご自身の中でどのように演じ分けているのでしょうか?

大塚:セガールの場合は少々特殊な部分があるんですよ。実は、セガール自身があまり芝居をしてくれないタイプなんですね。だから、こちらで芝居をつけていってしまうよりも、「(芝居を)してねーぞ感」を出しながら、台詞に立体感をつけていくというようなところに気を遣いますね。

自分の声の特徴を全面に押し出しているように聞こえているのかもしれないのですが、僕自身は画面に映っている俳優の空気感をどう膨らませるかみたいなところをすごく考えているんですよね。

―洋画の吹き替えとアニメのキャラクターを演じるのとでは、どのような違いがあるのでしょうか?

大塚:吹き替えの場合、生身の俳優が演じているので、その演技からあまり外れると画面となじまなくなってしまうという問題があります。

一方、アニメーションの場合には、生身の肉体ではなく、あくまでも絵ですから、実写と比べて情報量が少ない。となると、その少ない情報量の部分というのが、僕ら声優が演じる「のりしろ」になっていきます。その意味ではアニメーションの方が自由度は高いんですね。

ただアニメーション作品にもいろいろあって、例えばジブリ作品などでは絵が非常に細かいですから、絵自体がかなり芝居をしています。画面から出る情報量が多いので、声優がいつもの調子でやると、ちょっと“too much”になってしまうんです。画面上の表情が充分に芝居してくれているので、逆に台詞にあまり色を付けない方が、胸に迫ってきたり、画面に引っ張り込む力が増してくるという場合もありますね。

―今後のキャリアにおいて「こういう役がやりたい」など目標みたいなものはありますか?

大塚:お芝居で言えば、「言葉がしゃべれない人」の役をやってみたいですね。

通常、僕の一番の武器は「声」だと思うので、その武器をまったく使えない状態で戦わなきゃいけないという試練は、一度受けてみたいなと思っています。声優としては成立しませんから、俳優としてやってみたいと思います。やはり、「やったことない」とか、「これは手ごわい」というものに挑戦したい。

楽がしたいという気持ちは人間誰しもあると思いますし、僕ももちろん持っているんですけど「楽だな」と思っていると、やっぱりつまらなくなってしまうんですよ。

―長いシリーズなどでは慣れてきて、声優が楽になるということはあるのですか。

大塚:それはありますね。長いシリーズの最初の段階は、周りの役とのトータルな位置関係みたいなものを探りながら演技するのですが、それを体が飲み込んでくると楽になったりはします。

ただ、物語が進んでいくのでそれほどマンネリみたいなことはありません。また、「アンパンマン」のような作品では、オーディエンスの方がどんどん変わっていくので、逆に今度はぶれちゃいけないといったプレッシャーはあります。それに「アンパンマン」は、共演者が手練ぞろいなので楽しいですよ(笑)。

「なりたい」じゃなくて「やりたい」に

―「声優魂」は、声優という仕事について書かれた本ですが、生き方、仕事に対する姿勢という見方をすると、声優志望者以外にも響く内容になっているのではないかと思うのですが。

大塚:あまり、押しつけがましく「やめておけ、やめておけ」といったところで、もう腹の決まった人には、うるさいだけじゃないですか。

本の中では「やめておけ」と言っていますが、「こういう現状だから覚悟がないとやっていけないよ」という話もしているんです。つまり裏返しの意味として「こういう状況の中で、折れないためには、どうするのか」を語ることでもあると思うんですよ。

厳しい環境に置かれている中で、自分が折れてしまわないためには、やはり「自分の幸せは何か」「自分のモチベーションは何なのか」ということをきちんと認識しておく必要がある。「周りからどう見られるか」ということを気にしていたら、とてもこの仕事は出来ません。

だから、例えば自分が求めているものが「ちやほやされたい」ということなのに、「実際にはちやほやされない」というのが一番厳しんじゃないかなと思うんですよね。「チヤホヤされたい」というだけなら、何も声優を目指す必要はないので、そこだけ目指してやればいいじゃないか、と思います。

それを優しく言っているつもりなんですけど、なかなか理解してもらえないというか(笑)。

―最後に、読者に対してメッセージをいただけますか。

大塚:声優だけに限らず、自分がやりたいことがわかっている人は、「別にそんなこと人様に言われなくてもあたりまえじゃねぇか」と思うでしょうから、読まなくていいと思います。でも、「自分がやりたいこと」を模索している人たちには、ちょっとでも読んでもらいたいなと思っています。

例えば、「野球やっていることが楽しい」ということであれば、プロ野球に入ってスターにならなくても、野球を楽しむこと自体は出来ると思うんです。「どうしてもプロにならなきゃいけないんだ」と自分に課してしまったら、うまくいけばいいですが、そうではない時の挫折と敗北感というのは、大きなダメージになるでしょう。

だからこそ、僕は「何が自分にとって幸せで楽しいのか」ということを、明確にしておくことが生きるうえで、非常に力強い味方になってくれるんじゃないかなと思っていますし、そこが読者の皆さんにも伝わるといいなと思っています。

―大塚さんご自身も「芝居が好き」というご自身の中の確固たる核があったから、ここまで歩んでこられたと。

大塚:今、吉田鋼太郎という役者が大ブレイクしているのですが、僕は彼が17~18年前に始めた劇団の創立メンバーなんですよ。僕は彼のことを20代の頃から知っているのですが、当時からやはり飛びぬけていました。

「彼の芝居が気に入らない」という人たちも山ほどいたので、演劇界の中央からはじかれていた時期もあったのですが、結局実力で読売演劇賞や紀伊国屋演劇賞を受賞し、今大ブレイクしているわけです。きっと若いときは僕も「ああいう形のブレイクがしたい!」と、考えていたと思うんですよね。

でも、今まで、とりあえずご飯も食べられて、やってこれた。声の仕事をいくつもやってきましたが、これほど面白い仕事ってそうそうあるもんじゃありません。そうやって、50歳になるかならないかの時に、「一体俺の人生の幸せってなんだろうな」と考えた時期があったのですが、そこで出た結論が今回の本なんです。

「声優を目指す」というベクトルがたぶん間違いなんですよ。目指してしまうと、そこがゴールになってしまう。やっぱり「演じたい」という思いが重要で。ほんの一文字、「なりたい」じゃなくて「やりたい」に変えるだけで、自分の中で、その仕事に対するイメージが変わってくると思いますよ。

プロフィール

大塚 明夫(おおつか・あきお) 声優/役者
1959年生まれ。生まれも育ちも東京。文学座養成所卒業後、1988年より江崎プロダクションに所属。誰もが魅了される強靱な演技力で、業界内外に多数のファンを産み出し続けている。

代表作に、『メタルギア』シリーズのソリッド・スネーク役、『機動戦士ガンダム0083』の アナベル・ガトー役、『攻殻機動隊』シリーズのバトー役、『Fate/Zero』のライダー役、『ONE PIECE』の黒ひげ役。洋画吹き替えでは、スティーヴン・セガール、ニコラス・ケイジ、デンゼル・ワシントンなどを幾度となく演じる。趣味はバイク。愛馬であるハーレーダビッドソンをこよなく愛する。特技は、若い時分に鍛えた空手。



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