新人社員が入社直後に教えられる、ビジネス用語。無意味な慣用句のような類いばかりで、当時は違和感を覚えたという電通コピーライターの勝浦雅彦さん。しかし、今は「仕事の上で自分の行動の根幹をなす“言葉”は同僚やビジネスパートナーをつなぎ、自分の価値を高めていくためにある」と考えている。その理由とは――。

※本稿は、勝浦雅彦『つながるための言葉 「伝わらない」は当たり前』(光文社)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yuri_Arcurs

■なぜ普段と違う言葉遣いが必要なのか

ある時、新人研修のサポート係をしました。ビジネスの場において必要なマナーや会社の基礎的な情報(歴史・業務・ステークホルダー)を学ぶために多くの時間が費やされるわけですが、まず多くの新入社員が取り組むのはビジネスにおける言葉遣いです。

「いつも大変お世話になっております」「かしこまりました」「ご用件をお伺いしてよろしいでしょうか」などといった言葉を習います。

しかし私は新人の頃ずっと疑問に思っていました。場面、場面で適切な言葉は「そういうものだ」と教われば、確かに「そんなものだろう」と理解はできます。でも「なぜ、社会人になったらいきなりそういう言葉遣いをしなければいけないのか」を誰も教えてくれなかったのです。

たいてい、そういうことを聞くと、講師の方々は、進行を妨げられて不機嫌になるか、困った顔をしたものです。なぜビジネスの現場ではそんな普段と違った言葉遣いをしなければならないのか? 不自由さの中に身を置かなければならないのか? このルールは何のためにあるのか?

サポート業務をこなしながら、新入社員の行動を観察していた時に、ハタと思い至ったのです。ビジネスにおける言葉は、「投資」なのだということを。

仕事の上で、自分の行動の根幹をなす「言葉」は、同僚やビジネスパートナーをつなぎ、自分の価値を高めていくためにあるのです。

その始まりが、電話応対であり、名刺交換であり、メールでの言葉遣い。これを知らないと、悲しいことに一定数の人々から、「常識を知らない」「礼儀をわかっていない」とウィンドウを閉じられてしまうことになります。それを避けることが新入社員にとって最初の「言葉の初期投資」だったのです。もちろん投資ですから見返りがあります。言葉遣いやそれに伴った立ち居振る舞いが身についていれば、覚えもめでたくなりますし、その後の仕事もスムーズになります。

■自分の価値はすべて「言葉」で作られている

ビジネスにおいて自分の身体から発するものはすべて「投資」されていくことに気づいたわけです。

もちろん、世の中には、不思議と時代に合っていない慣習がたくさんあります。学校や会社やあらゆる場面でそれらは私たちを戸惑わせます。

そんな時は、言葉の原義を調べて吸収してみましょう。それでもなお、その言葉に抵抗があるなら、自分なりにアレンジしてみるのもいいでしょう。それがあなたの「味」として評価される土壌がある組織ならば、上司や相手は最初、おかしなやつ、と訝しがるかもしれませんが、貫けばいわゆる「新人類(ニュータイプ)の変人」として認めてくれるかも。あるいは、もっとフランクな組織に転職する、という手もあるでしょう。

しかし、どんな企業に行こうが起業しようが、あなたの言葉から始まる提案や企画が、価値を生むのか? それを投資してビジネスを拡大できるか? は常に問われるのです。

では、言葉が投資対象であるなら、その価値はどう決まるのでしょう。

儒教の基本経典「五経」の一つである『礼記(らいき)』にはこう記されています。

「王の言ことは糸の如ごとし。その出(い)づるや綸(りん)の如し王の言は綸の如し。その出づるや綍(ふつ)の如し」(『礼記』)

王の発言は重く、最初は生糸のように細くても、口から出れば組み紐のようになる。最初は組み紐のようでも、口から出れば太い綱のようになる。

『つながるための言葉 「伝わらない」は当たり前』(光文社)

確かに王の発言は重い。国家の枠組みを宣言する、戦争をする・しないの決定発言などは、国の浮沈を占うような言葉ですから、言葉の巨額投資の最たる例でした。このように、ともすれば言葉の重み=価値は、社会的地位やその組織での立場によって決まると思われがちです。

だから、組織で重要なポストにいない人間はつい「自分の言葉なんて軽いものだ、価値の低いものだ」と思い込みがちです。

ですが、時代は変わり、縦割りの組織はフラット化して現場の意見を吸い上げ、意思決定のスピードを速める方向に進んでいます。

少なくとも現場の声を聞かない、若手の意見を軽んじる、という組織はこれからの世紀を生き残ることはできないでしょう。あなたの言葉には価値があるのです。

■会議で発言する際言ってはいけない枕詞とは

本稿を読んでいる若手の方(もしくは若手としての意識がある人)は、例えば、会社が若手に意見を求める時、打ち合わせの場で意思表示をする時、それはまさにあなたの言葉を投資するタイミングであることを肝に命じて欲しいのです。

もし何もしなかったら、あなたは投資の機会を逃したことになります。そもそも、金融市場に自分の持ち金を入れる投資と違って、組織内での発言によって失うものは少ないはずです。いいアイディアや意見で印象づけられたらなおよし。仮に場違いなコメントで失笑を買ったとしても、多くの心ある上司ならまず「自分の意見を述べたその勇気と姿勢を評価する」はずです。

写真=iStock.com/SARINYAPINNGAM
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会議中、発言をせずに黙っていると、

不思議に思われる

不気味に思われる

不快に思われる

不要に思われる

というプロセスを踏んでしまうのです。

発言することは時に怖いものですが、「自分はこう思う」という枕詞(まくらことば)をつければ、それはあなたから生まれたまぎれもない意見です(ただし「個人的には」という枕詞はやめましょう。自信のない、責任逃れの発言に聞こえます)。

言葉の投資にも、逸失利益が存在するのです。このことを念頭に置いて、時が来たら、勇気を持って言葉を投資してください。

そのためには、そう、これまで述べてきたように、「自分のことを整理し、相手のことを愛情を持って知ろうとし、良い準備をしておくこと」につきるのです。

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勝浦 雅彦(かつうら・まさひこ)
電通 コピーライター・クリエーティブディレクター
法政大在学中に、シンボル校舎「ボアソナード・タワー」の命名者になり、学長表彰を受ける。新入社員時代に役員に直訴して、営業からクリエーティブに転局。まったく芽が出ず部署をクビになるが、東京を飛び出し不屈の精神でコピーを書き続ける。ある時「なぜ、人はつながりたいのか」に気づき、運命が好転。約10年間の非正規雇用期間を「言葉」で乗り越え電通入社。15年以上、大学や教育講座の講師を務め、広告の枠からはみ出したコミュニケーション技術の講義を行い多くの同志とふれあい、TV、雑誌、新聞等にも出演。クリエイター・オブ・ザ・イヤーメダリスト、ADFEST FILM最高賞、Cannes Lionsなど国内外の受賞多数。TCC会員。宣伝会議講師。法政大学特別講師。「つくる人の会(仮)」主催。初著書『「伝わらない」は当たり前 つながるための言葉』(光文社新書)発売中。
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(電通 コピーライター・クリエーティブディレクター 勝浦 雅彦)