アメリカ先端企業の給与は、なぜ途方もない額になるのか?(写真:タカス/PIXTA)

アメリカ先端IT企業の給与は、著しく高い。それは、従業員1人当たりの売上高が大きいことと、売上高に対する粗利益の比率が高いことによる。いずれも、従来型の製造業では実現しえない値だ。日本の賃金を引き上げるには、新しいタイプの経済活動に脱皮することが必要だ。

昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第66回。

最上位エンジニアの年収が1億円超

アメリカIT企業の給与が著しく高いことが、しばしば報道される。しかし、部分的な情報が多い。


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アメリカの場合、個々の企業の給与水準が公表されていないので、全体像がどうなっているかをつかみにくい。

以下では、アメリカ先端企業の給与がどの程度の水準になっているか、そしてこれほどの高い給与を支払えるのはなぜか、という問題を検討する。

アメリカの転職情報サイトLevels.fyiが、Pay Report 2021の中で、アメリカの企業につき、各社別、従業員階級別の詳しい年収の値を公表している。

最上位の階級であるPrincipal Engineer(15年以上の経験者)の場合、先端IT企業での年収は、つぎのとおりだ。なお、( )内は、1ドル=120円で換算した値。

メタ(フェイスブック) 94万ドル(1億1280万円)

グーグル    80万ドル(9600万円)

アップル    75万ドル(9000万円)

マイクロソフト 65万ドル(7800万円) 

この階級に入るのは全社員の3%程度であり、エリート企業の中でもエリートと言える人々だ。それにしても、あまりの高額さに言葉を失う。 

Engineerというクラス(2〜5年以上の経験)だと、この3分の1程度になる。

これが、その企業の平均賃金に近い値になるのではないかと推測される。

それが日本円換算で3000万円程度だから、日本の標準から見ると、かなり高い。

日本の場合、上場企業の平均年収は公表されているが、その中で平均年収2000万円を超えているのは、M&Aキャピタルパートナーズ(2270万円)だけだ(2021年)。

再びPay Report 2021のデータに戻ろう。いちばん下のEntry-Level Engineerという階級(0〜2年の経験)を見ると、上位にある企業の場合、年収が20万ドル(2400万円)程度だ。

新卒者でまったく経験がなくても、日本のトップ企業を超える給与を得られるのだ。

ハーバードやスタンフォードなどのトップクラス・ビジネススクールを卒業した直後の初任給(基本給)が15万ドル程度だが、エンジニアの場合には、もっと高いことがわかる。

シリコンバレーが全米の給与を牽引

Pay Report 2021は、地域別の給与の中央値の数字も算出している。

第1位のサンフランシスコが24万ドル(2880万円)ドル(シリコンバレーは、ここに分類されていると考えられる)、第2位のシアトルが21.5万ドルで、第3位のニューヨークの19万ドルよりずっと高くなっている。

この地域にある高給を支払う企業が優秀な人材を他企業から引き抜こうとし、その結果、アメリカ全体の給与が引き上げられているのだ。

とりわけ高度専門家について、これが顕著に生じている。 

アメリカIT企業の給与は、なぜこのように高額になるのか?

それは、これらの企業の業績が著しく好調だからである。そして、高い給料を支払わなければ、優秀なエンジニアを獲得できないからだ。

賃金を支払う原資となるのは、「粗利益」である。これは、売り上げから原価を差し引いた額だ。ここから減価償却を差し引いたものが、「(純)付加価値」と呼ばれる。これが、賃金・報酬と利益になる。

したがって、従業員1人当たりの粗利益を計算すれば、賃金の平均値についての目安が得られることになる。

先端IT企業の給与が高くなるメカニズム

この値は、公表されている財務データから計算することができる。

その結果を、図表に示した(2021会計年度、連結)。


(外部配信先では図表などの画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

ここには、時価総額の世界ランキングで、上位10位までに入る企業を取り上げた。

d欄に示すのは、従業員1人当たり粗利益だ。

e欄に示すのは、従業員1人当たり粗利益の6割だ。

仮に粗利益の6割が給料になれば、e欄の値がその企業の平均賃金を表すことになる(多くの企業について、平均賃金が粗利益の6割程度なので、こうした計算をしている。ただし、現実の給与は、粗利益以外のさまざまな要因に影響されるため、ここで計算した値から大きく乖離することもありうる)。

結果を見ると、アップルが91.7万ドル、メタ(フェイスブック)が79.4万ドル、グーグルが62.9万ドル、エヌビディアが46.7万ドル、マイクロソフトが38.4万ドルとなっている。

メタ、グーグル、マイクロソフトの場合には、先に見たPrincipal Engineerより1、2割程度低い値になっている(アップルだけは、e欄の数字が、Principal Engineerよりも高い値になっている)。

以上の意味において、e欄の数字は、その企業の給与水準を示す目安になると考えることができるだろう。

なお、図表1に示した企業のうち、テスラはEV(電気自動車)で注目を浴びている企業だ。ただし、e欄の数字は、上で見たIT企業よりは、大分低い数字に1なる。

エヌビディアは半導体の設計を行う企業だ。

アマゾンは、従業員数が桁違いに多い。このなかには一般労働者が多いため、e欄の数字はかなり小さくなる。

日本のトヨタはどうか?

従業員1人当たり粗利益は、どのような要因で決まるのだろうか?

それをみるために、図表1では、1人当たり粗利益(d)を 1人当たり売上高(f)と、売上高に対する粗利益の比率(g)に分解した。

これらが高くなることが、1人当たり粗利益を、したがって給与を高めるための必要条件だ。

まず1人当たり売上高(f)の値を見ると、アップルが突出して高い値になっている。グーグルやメタがその半分程度だ。マイクロソフトはさらにその半分程度になっている。

参考のために日本のトヨタ自動車を見ると、64万ドル程度だ。テスラより大きいが、アップルに比べると6分の1程度でしかない。

次に、売上高に対する粗利益の比率(g)の値を見ると、メタが80.8%ときわめて高い値になっている。マイクロソフトやグーグル、エヌビディアも5割を超えている。

アップルは42%で、これらの企業よりは低い。ただし、これは従来の製造業に比べると極めて高い値だ。

例えば、トヨタ自動車の場合、この比率は17.8%にすぎない。

トヨタは、「ジャストインタイム」や「見える化」などに示されるように、生産性が高い企業と考えられている。しかし、そうした努力をしても、従来型の製造業にとどまる限り、gの値を2割以上にするのは難しいのだ。

ただし、gの値が高い企業は、シリコンバレー企業にとどまらないことにも注意が必要だ。

例えば、韓国のサムスン電子の場合、この値は40.5%である。台湾の半導体製造会社TSMCも、51.6%という高い値を実現している。

このように従来型の製造業から脱皮した製造業の企業が登場している。

日本の賃金を高めるためには、そのような新しい経済活動への展開を実現することが不可欠だ。

(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)