まるでスキーのジャンプ台のような形の船体に、巨大な球状のオブジェクトが載るという、常識を覆すデザインの船が建造中です。しかも動力は原子力。この奇抜なデザインの船が、脱炭素時代の象徴になるかもしれません。

全長300m!浮かぶ研究所としての巨大船

 高くそびえる船首と、船体後部で強烈な存在感を放つ巨大な球体――従来の船のイメージとはかけ離れた斬新なデザインを採用する“世界最大の研究船”を建造するプロジェクトの資金調達が行われています。


研究船Earth 300のイメージ(画像:Earth 300)。

「Earth 300」と銘打たれたこの船は、気候変動や海洋環境の悪化といった地球上の課題を、最先端の科学技術を用いて研究し解決に導く次世代プラットフォームとしての活躍が期待されています。

 サイズは全長300m、幅46mで、鉄鉱石輸送などに投入されている20万重量トン型のケープサイズバルカーとほぼ同じくらい。3つのモジュールで構成されており、船首の上に置かれたカンチレバー(片持ち梁)型の展望デッキ、さまざまな研究施設を備えた13階建ての黒い球体、そして船首から船尾に向かってなだらかに下がっていく船体が外観の特徴です。海洋観測に必要なヘリコプターや潜水艇の搭載にも対応します。

 設計は、造船技師のイバン・サラス・ジェファーソン氏が率いるスペインのイデス・ヨッツと、ポーランドのNEDプロジェクトが手がけました。

「Earth 300」では陸上、海洋、航空、宇宙など分野を問わず世界をリードする160人の科学者と、起業家、経済学者、エンジニア、探検家、アーティストなど、さまざまな分野の20人のプロフェッショナル、また20人の学生を各航海に乗船させるとのこと。彼らが協力し合い、世界で起きている諸課題を解決に導くオープンソースのプラットフォームなどを提供するというビジョンが掲げられています。

 船内には科学者、専門家、学生、民間人という4つのコミュニティーを受け入れるスペースが確保され、これらの活動を支える場所として最先端の設備を持つ22の研究所とVIP用のスイートルーム20部屋が用意されます。人工知能(AI)、ロボット、機械学習、リアルタイムデータ処理など研究を自由に行える環境を整えるだけでなく、最新の量子コンピュータを搭載することも目指しています。

 こうしたデータ、AI、自動化プラットフォームのプロバイダーはIBMが担当し、「Earth 300」のAIP(基本承認)取得に向けた審査はイタリア船級協会(RINA)が行います。

動力は原子力 米国政府も支援する最新の原子炉か

「Earth 300」は、その動力も注目です。CO2(二酸化炭素)を排出しないゼロエミッションのクリーンエネルギーとして、船舶用の溶融塩炉(MSR)を搭載します。

 MSRは核燃料としてウラン酸化物を混ぜた常圧の液体燃料(溶融塩)を用いる原子炉。常圧で運転するため、原子炉を囲む圧力格納容器が必要なく、燃料は液体に混合された酸化物であるため、複雑で高価な燃料集合体も不要という特長を持っています。従来の加圧水型原子炉(PWR)に比べてコストや安全面で優れているとされ、韓国造船大手のサムスン重工業やデンマークの原子力会社シーボーグテクノロジーズなどが実用化に向けて取り組んでいます。


コア・パワーが開発中の「船舶用溶融塩炉(m-MSR)」。Earth 300に採用するとみられる(画像:コア・パワー)。

 Earth 300の運営側はパートナー企業として英国を拠点とする原子力エンジニアリング会社のコア・パワー(CORE POWER)を紹介しており、同社が2025年までに1号機の開発・製造を目指している「船舶用溶融塩炉」(m-MSR)を採用すると見られます。

 コア・パワーは「m-MSR」の開発に当たって、米国政府からは開発資金の80%に当たる約1億7000万ドルの助成を受けているほか、次世代原子力開発企業のテラ・パワーや電力会社サザンカンパニーなどとも協力しています。「Earth 300」での採用が実現した場合、MSRで動く世界初の研究船となるでしょう。

目立ってナンボなその目的

「Earth 300」のプロジェクトを立ち上げたシンガポールの起業家アーロン・オリベーラ氏は、その目的についてこう話します。

「私たちの目標は、地球規模で気候変動に警鐘を鳴らし、世界の新しい経済・環境ビジョンを支持するリーダーを生み出すこと。この挑戦に応えるため『Earth 300』は、科学、テクノロジー、冒険、探検、教育、エンターテインメントを、これまで考えられなかった方法で融合させる」

 さらに、「人々の注目を集め、人々の想像力を刺激する、海に浮かぶ『科学の彫刻』としてデザインされた、科学のためのグローバルアイコンを作りたい」とコメントしています。

 建造資金の調達やMSRの開発など「Earth 300」が実現するまでには多くのハードルが残っています。一方で、既存の船の形に捉われないデザインや、民間が主導で行う洋上の巨大な研究プラットフォームというコンセプトは心惹かれます。

「Earth 300」は欧州の造船所で建造される見込みで、2025年の竣工予定。今後、プロジェクトがどのように進んでいくのか楽しみです。