「自宅療養の大問題」クルマのないコロナ患者はどうやって病院に行けばいいのか
■第5波では自宅で亡くなったケースがたびたびあった
オミクロン株の上陸で、これまで落ち着いていたわが国の感染状況も予断を許さない局面となりつつある。第5波の反省も総括もあやふやなままに新規感染者数がなぜか減少、コロナ疲れとクリスマスや忘年会という年末の華やいだ雰囲気も手伝って、すっかり気を緩めていた多くの人は、今夏の緊張感を再び呼び起こさねばならないこの状況に辟易していることだろう。私も同じだ。しかし現実から目を背けていても仕方ない。ここは冷静に対策を講じ、来る第6波の準備を万全にしておく必要がある。
私は診療所で在宅医療を中心に行っている医師である。コロナ上陸後は発熱外来も担当し、実際数々の肺炎患者さんの診療にあたってきた。第5波では病床逼迫により「自宅療養者」と呼ばれたいわゆる「入院困難者」「自宅放置者」が多数発生したことは周知のとおりだ。これらの人はピーク時には全国で13万人に及んだ。テレビでは、入院適応ながら救急車を呼んでも搬送先の医療機関が見つからず、自宅で亡くなってしまったケースがたびたび取り上げられた。
この「自宅療養」という失策については、在宅医の意見として、プレジデントオンラインの記事「『コロナ自宅療養は感染者を増やすだけの愚策』在宅医療のプロが憤りを隠さないワケ」(2021年8月17日配信)で書いた。本稿では第5波でのこの失策の要因でありながら、これまで誰も指摘してこなかった重要なポイントを提示したい。これは「自宅療養者」を手遅れにしないために極めて大事なことだ。
まず自分ごととして思考実験していただきたい。朝起床時に突然発熱していたとしたら、あなたはどうするだろうか。
■かかりつけ医も自家用車もない人はどうすればいいのか
私の場合を例にシミュレーションしてみよう。当然ながら出勤はできない。このご時世だ。職場に発熱したと報告したら、まずは「検査をして来い」と言われるだろう。問題はどこで検査してもらえるのかということだ。私は医師だから勤務先での検査が可能だ。しかし職場に行くためには電車を乗り継いで1時間以上かかる。発熱を隠して公共交通機関を使うわけにもいかない。そもそも熱が出ていたら、だるくて電車になど乗ってはいられない。
そこで自治体のホームページを見ると「発熱等の症状が出たときはまず事前にかかりつけ医にご相談を」とある。幸か不幸か特に持病のない私は近所にかかりつけ医を持っていない。そのような人のためには「受診相談センター」なるものが各自治体には用意されているようだ。ここに連絡すると検査可能な医療機関を案内してくれるという。あとはその案内にしたがって受診すれば良いだけだ。
しかし、そこではたと気づく。検査可能医療機関までどうやって行けば良いのか。私は自家用車を持っていない。先ほど相談したときに公共交通機関を使わないようにと言われた。つまりタクシーも使えない。徒歩だと30分以上は優にかかる……。
いかがだろうか。自家用車を保有している方であれば、このような心配もないだろう。今はドライブスルー検査場もあるではないか、とも思うだろう。だが移動手段を持っていない人にとってみれば、いくら検査態勢が整備されても、いざとなった時に検査に到達することが容易ではないのだ。いや、仮に自家用車を有していても発熱して具合の悪い状況で運転するのは非常に危険だ。事実、新型コロナ感染者が自ら運転して事故を起こし死亡したケースも報じられた。
■自宅療養者に往診で対応するのは非現実的である
新型コロナ上陸から2年がたとうというのに、これら発熱者の移動手段について行政はまったくの無策である。
これは自宅療養の問題にも直結することだが、仮に検査可能な医療機関が保健所から案内されても、その場にたどり着くことが困難な人への対策が講じられなければ、発熱者は検査に到達できない。検査可能医療機関の絶対数を増やすだけでなく、感染対策を施した移送車両を十分数配備しておくなど、発熱者・感染者の移動手段を整備しておくことが、今からでも絶対に必要なのだ。
第5波では「自宅療養」という名の「自宅放置」によって少なくない犠牲者が出た。それにもかかわらず、岸田政権は第6波を前に病床数の確保をうたうものの、あくまでも「自宅療養ありき」を前提として訪問看護や往診体制を整備するなどと言っている。
もちろん発症した人をすべて入院や施設管理にすべきなどとしていたら、欧米のように毎日数万人単位で増加した場合、いくら臨時施設をこしらえても追いつかないではないかとの指摘ももっともだ。その意味では、低リスクの軽症者は自宅療養とされるべきかもしれない。しかしこれらの人に対して往診で対応するのはあまりにも非現実的だ。医師が一軒一軒往診に回るといっても、地域にもよるが1日に10軒行けるかどうか。爆発的に感染者が増えたら、往診のような極めて非効率な対応では絶対的に間に合わない。
■自宅療養者は外来診療を原則にするべきだ
では「自宅療養者」に対してはいかなる医療介入が妥当であろうか。「在宅医療が非現実的ならばオンライン診療もあるではないか」との意見もあろう。だがこれまで実際現場で診療してきた経験を踏まえると、新型コロナウイルス感染症の場合、症状変化を把握するのはもちろんだが、診療所レベルで遅滞なく胸部レントゲン検査(もちろん可能であればCTが望ましい)を行い、肺炎の有無を確認しておくことは非常に重要だ。在宅医療やオンライン診療ではこの画像診断ができない。肺炎への移行を見逃してしまい、手遅れにもなりかねないのだ。
つまりオンライン診療では「安否確認」以上の効果は期待できないと考えておいた方がいい。しかも通信がつながらなかった場合、たまたま応答できなかったのか、それとも倒れてしまっているのかを確認するためには、やはり現場に行かねばならない。二度手間にさえなり得るのだ。
すなわち私は「自宅療養者」については、在宅医療やオンライン診療ではなく、やはり外来診療を原則とすべきと考える。つまり、発症早期から自宅で動けないくらい状態の悪い人や高リスクの軽症者はすぐに入院、その他の軽症者も原則は施設入所としつつ、やむを得ない事由で保護入所できない人については外来での通院加療とすべきであり、在宅医療やオンライン診療のみでの対応は極力避けるべきという意見だ。
外来であれば必要に応じて検査もすぐに行えるし、抗体カクテル治療なども医師・スタッフの目が十分届く範囲で施行可能だ。当然ながら在宅医療やオンライン診療とは比較にならない対応ができる。また一カ所の医療機関で数多くの患者さんに対応可能だ。
■民間が移送手段を持つのはハードルが高い
そこで重要となってくるのが感染者の移送手段だ。検査に到達できない人と同様、移動手段を持たない人をいかに自宅放置することなく医療機関に移送するかという重要な問題を、これまで行政は真面目に考えてきたと言えるだろうか。
個々の医療機関で独自の対応をすべく奮闘したところもあっただろう。実際私の勤務先でも、移動手段を持たない患者さんをやむを得ず自宅から送迎したケースもゼロではない。しかし当然ながら特殊車両などはないから、ドライバーが感染の危険に曝されうる。とても日常的に行えることではない。あくまでも緊急的な臨時対応だ。
行政は現場丸投げ、各医療機関で勝手に対応してほしいとのスタンスなのだろうか。そもそも送迎するにしても、患者さんから移送費用を実費請求することはできない。有償で送迎するなら旅客自動車運送事業としての許可を得る必要があるだろうし、ドライバーも第二種運転免許保持者でなければならないだろう。
感染対策を施した特殊車両を入手したり、ドライバーの雇用、ガソリン代などが持ち出しとなってしまう現状では、民間医療機関が無償で送迎することは極めてハードルが高い。医療機関としては動線分離も可能で、CT検査も抗体カクテル治療も可能なのに、外来受診する足のない患者さんに対応できないのは非常に歯がゆい。
■行政は積極的に移送システムの構築を
一部のタクシー会社では、前後座席間に隔壁を作り飛沫循環抑制仕様に改造した車両を軽症者移送のために用いているとの報道も目にした。まだまだ全国各地で日常的に運用されているとは決して言えない状況だが、積極的に活用する手もある。
そもそも移送にかかる費用を患者さんが自己負担しなければならないというのも理不尽だ。金銭的に困窮している人が医療に到達することができなくなるからだ。やはり行政が積極的に「無償による発熱者・感染者移送システム」の構築と運用に即刻着手すべきであろう。
これだけでも「自宅放置」とされる人が減り、より多くの命が手遅れにならず救われることになる。外来で治療できる人については地域の診療可能な診療所が積極的に治療し、それによって手遅れになってから運ばれる人を多少なりとも減らすことができれば、病床の逼迫に一定の歯止めをかけることも可能になろう。
「自宅療養者には往診」という硬直かつ非現実的な思考に拘泥し続け、「移送」についてなぜ行政が積極的に手を打とうとしないのか、現場を見てきた者として私にはまったく理解ができない。
実際の現場で患者さんの対応をしていると、このように行政の不作為が次から次に見えてくる。今こそ政府はこれら「本来なすべきこと」を万全に講じておく必要があるし、このような本質的に重要な対策については「カネに糸目」をつけるべきではない。どんどん財政出動すべきだ。
こんな当然のことは今更言うまでもないのだが、あえて言う。なぜなら私には岸田政権が菅政権と同じ過ちを再び繰り返すのを、ただただ待っているようにしか見えないからだ。
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木村 知(きむら・とも)
医師
医学博士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。1968年、カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。ウェブマガジンfoomiiで「ツイートDr.きむらともの時事放言」を連載中。著書に『医者とラーメン屋「本当に満足できる病院」の新常識』(文芸社)、『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(角川新書)がある。
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(医師 木村 知)