この世界に自分は居る価値がある――アマンドラ・ステンバーグ(アラナ・ベック役)が語る、ミュージカル映画『ディア・エヴァン・ハンセン』のメッセージとは
一通の手紙とそれを巡るひとつの嘘がたどり着く先は――映画『ディア・エヴァン・ハンセン』がいよいよ2021年11月26日(金)、全国公開となる。
第71回トニー賞6部門を受賞したブロードウェイ・ミュージカル『Dear Evan Hansen』を映画化した本作は、たったひとつの嘘がSNSを通じて大きな波となっていき、時に恐ろしさすら覚える、誰しもが経験したことがある(かもしれない)心を抉る現代ミュージカル。
映画『ディア・エヴァン・ハンセン』
【STORY】
孤独を抱えながら生きる高校生 エヴァン・ハンセン。学校に友達もなく、家族にも心を開けずにいる彼は、ある日、セラピーとして自分宛に書いた“Dear Evan Hansen(親愛なるエヴァン・ハンセンへ)”から始まる手紙を、図らずも同級生のコナーに持ち去られてしまう。やきもきするエヴァンだが、後日、コナーが自ら命を絶った事を知らされる。
悲しみに暮れるコナーの両親は、手紙を見つけ息子とエヴァンが親友だったと思い込む。彼らをこれ以上苦しめたくないエヴァンは思わず話を合わせてしまう。促されるままに語った“ありもしないコナーとの思い出”は人々の心を打ち、SNSを通じて世界中に広がり、彼の人生は大きく動き出す――。
映画版で主人公エヴァン・ハンセンを演じるのは、舞台版でも同役を演じスターダムに駆けあがったベン・プラット。映画版は、舞台版とは若干異なるラストとなっており、新たに2曲の楽曲が追加された。ひとつは、物語のキーパーソン、エヴァンの同級生で自殺してしまうコナー・マーフィーの楽曲。もうひとつは、エヴァンとともにコナー・プロジェクト(註:作中、コナーの自殺をきっかけに立ち上がった、自殺防止や人々が自身の精神的問題について話せる場所をつくるプロジェクト)を主導する優等生 アラナ・ベックの楽曲だ。映画版と舞台版の大きな違いのひとつがこのアラナの存在。映画版ではアラナの役割が広げられ、より現代人が抱える孤独とその“擬態”がくっきりと描かれている。
楽曲は『ラ・ラ・ランド』(2016)、『グレイテスト・ショーマン』(2017)の作詞・作曲家チームとして知られているベンジ・パセック&ジャスティン・ポール。映画『ハンガー・ゲーム』(2012)で大きな注目を集めた女優・歌手のアマンドラ・ステンバーグがアラナ役を演じている。アラナの役割の追加は、アマンドラがキャスティングされたことで決まったといい、アマンドラは、追加されたアラナのナンバー「ジ・アノニマス・ワンズ(The Anonymous Ones)」の作曲にも加わるなど映画版における物語で大きな役割を担っている。SPICEでは今回、アマンドラ・ステンバーグにインタビューの機会を得た。
左から エヴァン・ハンセン役のベン・プラット、アラナ・ベック役のアマンドラ・ステンバーグ
◆描かれる人々の孤独、その解消と連鎖のプロセスに共感した
――まずは映画のオファーをもらった時の気持ちを聞かせてください。ミュージカル映画のご出演は今回が初めてでしょうか。
はい、そうです。私にとって初めてのミュージカルだったので、ソングライターの方たちが非常にサポートしてくださり、とても嬉しかったです。(チームの)みんなが忍耐強くいてくれたことに感謝しています。映画の製作期間中ずっと、私はみんなに愛されているなと感じていました。
――今作は、ティーンエイジャーを主人公に、人々の孤独、メンタルヘルス、そしてSNSに焦点が当てられています。現在(2021)23歳のアマンドラさん。2015年、2016年とTIME誌の「Most Influential Teens」に選出されるなど10代のころから活動家としても様々に発信されています。ご自身が感じる、この作品の魅力やメッセージを教えてください。もし舞台版をご覧になっていたら、その印象もぜひ。
残念ながら舞台版は観られていません。最優先で「観たい」と思っていたのですが、コロナ禍で観ることができなかったんです。ですがもちろん、評判は聞いていました。ミュージカル『キャッツ』にも出演している友人が、(本作の)舞台版に参加していましたので、その友人を通して作品のメッセージやテーマを、より理解することができました。
人が孤独を感じ、やがてその孤独が少しずつ減り、それに呼応するように周りの人の孤独も同じように減っていく。この作品に描かれている、そうしたプロセスに非常に共感しました。ですから、この作品にはすごく参加したかったんです。この作品は、自分の心を整理したり、メンタルについて語ったりできる安全な場所だと感じています。以前からそう思っていたのですが、完成した映画を観て更に強く思いました。みなさんに、本作を身近に感じて欲しいです。
ベン・プラット(エヴァン・ハンセン役)
コナー・マーフィ役コルトン・ライアン(左)、エヴァン・ハンセン役ベン・プラット(右)/エヴァンの骨折も物語の大きなキーポイントとなる
◆役柄が拡張された“アラナ・ベック” その意味とは
――映画版では、よりリアルで繊細に各キャラクターが描かれているように感じました。アマンドラさんが演じるアラナも、作中担う役割が増え、ナンバーが追加されていますね。舞台版では、「コナー・プロジェクトにまい進する優等生」のイメージが強くありましたが、映画版では、それに加えてアラナ自身も孤独を感じている一人であり、エヴァン&コナーと強く共鳴する様が描かれています。
私が演じたアラナ・ベックは、なんでも達成してしまう人。あらゆるクラブに所属して、生徒会長もやっている完璧な生徒です。けれども実は、エヴァンやコナーと同じように精神的な問題と闘っていて、彼女はふたりに共通点を感じていました。映画が進むにつれて、彼女にも葛藤があり、薬を服用するという形でその葛藤と闘っていることが分かってきます。そして彼女は、本当は、愛や友情、ケアをしてくれることを絶望的に望んでいて、心底それを欲していました。だから、コナー・プロジェクトの実行にすごく熱心だったんです。
彼女の役柄の意味というのは、実は多くの人が精神的な問題に悩んでいること――表面的、一見するとそう見えないけれど、メンタルの問題や悩みを抱えている人が多くいるということを示しているのだと思います。
――アラナを演じるにあたって考えていたこと、取り入れたことがあれば教えてください。
アラナの役柄を広げるにあたり、ベンジ・パセックとジャスティン・ポール、そして脚本家のスティーヴン(・レヴェンソン)に「彼女は、本当はどういう子であって欲しい?」と聞かれました。彼らは非常に協力的で、私たちは、精神的な問題を抱えて悩んでいる人はどんな人なのだろうかと話をしました。
「鬱や不安症のようなメンタルの問題で、必ずしも日常生活がストップするわけではないが、そういうものがあるがゆえに、過剰な完璧主義者になったり、自分に厳しすぎたりするような人たちだろう」「自分の価値が、達成するモノと事柄にしかない。それ以外のところに自己価値を見出すことができていない人だと思う」というような話をしました。そういうことはみんな経験があると思うし、私もすごく共感できるところがあったので、自分の経験も役柄に入れました。(役と同じく)高校生のときに経験したことも入れています。そういう意味でカタルシスにもなっているんです。
左から エヴァン・ハンセン役のベン・プラット、アラナ・ベック役のアマンドラ・ステンバーグ
◆「誰しも仮面をかぶっていて、その中は脆く、見かけほど完璧ではない」 追加された新たな楽曲
――アラナ役の拡張は、アマンドラさんがアラナ役に決まったことで決定したと聞きました。アラナ自身の孤独や苦悩が印象的に描かれる映画版の追加ナンバー「ジ・アノニマス・ワンズ(The Anonymous Ones)」は、ご自身も作詞・作曲に関わったそうですね。ぜひ作曲のプロセスや曲に込めた想いを教えてください。
ベンジたちから一緒に曲を作るのを協力して欲しいと言われたときは、少し驚いてしまいました。彼らは素晴らしいソングライターですが、最初からとてもオープンで、私をとても励ましてくれました。彼らは私の意見をすごく高く評価してくれて、「アラナはどんな子なのだろう? どういうキャラクターなのだろう?」というトークから曲作りは始まりました。
アラナは、先ほども言ったみたいに、コナー・プロジェクトを始めることにものすごく熱中しています。私たちはまず、なんで彼女がそんなにこのプロジェクトに熱心なのか考えました。それは、彼女自身も精神的な問題に悩んでいたからなんですよね。そう思った時、多くの人にとってこのプロジェクト、つまり、「自分自身の自殺を防止すること」や「自分が抱えている精神的な問題を話せる場所」が必要だということを、どう表現したら良いんだろうかと考えたんです。
トークを続けるうちに出てきたのは、私たちはみんなお互いに仮面をかぶっていて、“外用の自分”というのを出しているということ。けれどある瞬間に、その仮面が取れてしまったり、割れることがある。その割れ目や取れてしまったところから、隠れて抱えていた困難や、より深いレベルにある脆さ、表面とは違う脆さが見えてくることがあります。それについてまた話しを進めて、「実はこれって普遍的なことだよね。私たちはみんな仮面をかぶっていて、ある種の表面的な玄関みたいものを持っている。それを脱ぐのはとても怖いことだ」とたどり着きました。
自分の中で本当は何が起こっているのか。それを人に話すことはとても怖いことだし、歌にはそういったことを表せれば良いなと思いました。「みんな実は脆いところもあるし、見かけほど完璧ではなく、仮面が割れてしまうこともある。でもそれも普通だよね」ということを歌にしようと考えたんです。
左から エヴァン・ハンセン役のベン・プラット、アラナ・ベック役のアマンドラ・ステンバーグ
Dear Evan Hansen | Anonymous Ones Clip
――作中のナンバーは、収録音源で補完しつつも、なるべく生歌を使用しているとお聞きしました。撮影の歌唱シーンで苦労したことはありましたか?
私は正確に歌おうとしてすごく緊張していました。事前にプレレコーディングをしたのですが、それをすることによって、歌が身体に沁みこんでいく感覚があったのですごく良かったです。現場では、耳にイヤフォンを付けると伴奏が流れてきて、他の人からはアカペラで歌っているように聞こえます。そうすると声がキレイに録音できるんです。
生歌を歌うのはすごく怖かったです。特に私の役は、講堂で多くの人の前で歌うシーンが多くて。今まであれほど多くの人の前で歌った経験がなかったので、すごく緊張しました。でも恐怖を乗り越えて突き進まなければいけませんでした。みんなすごくサポートしてくれたので、上手くいったのではないかと思います。
◆人間の普遍的な経験について描かれた作品 この映画がひとつでも多くの孤独を減らせれば
――日本では、昨今SNSを通じた誹謗中傷が大きな社会問題となっています。また、もとより自殺率が高く、パンデミック下(2020年統計)では女性や若年層(特に20代)の自殺が増加傾向にあるとされています。日本ではまだ舞台版の上演がありません。映画版で初めて作品に触れるという方が多くいらっしゃると思いますが、どんな方に作品を見てもらいたいですか?
プライオリティとしてはティーンエイジャーの若い方たちかなと思いますが、願わくは、様々な方に共感してもらい、観てもらいたいと思っています。この映画は人間の普遍的な経験について描かれていて、あらゆる方が共感できると思います。いろんな方が作品の中から共感できるものを見つけられればと思っています。
左から、コナーの父・ラリー(ダニー・ピノ)、母・シンシア(エイミー・アダムス)、妹・ゾーイ(ケイトリン・デヴァー)
左から、エヴァン(ベン・プラット)、エヴァンの母・ハイディ(ジュリアン・ムーア)
――改めて、映画を楽しみにされている舞台版ファン、そして、今回初めて作品に触れる方、日本のファンに向けてメッセージをお願いします。
もともとの舞台版のファンの方には、この映画が舞台版を損ねることなく楽しんでもらえればと思っています。映画版は舞台版と少し違うところがあるのですが、それも舞台の延長線上にあるものという風に楽しんでいただきたいです。
日本の皆さんへのメッセージとしては、この映画を観て、少しでも孤独が減ればいいなと思っています。そして、この世界に自分は居る価値があると、別に完璧ではなくてもいいんだと思ってもらえたらと願っています。資本主義社会の中で上手く機能していないとか、今の社会にフィットしないということで、精神的に問題を抱えている方は、それを恥じて、またそれがスティグマ(差別・偏見)になっていると思います。けれど、「それって普通だよね」と思って欲しいです。自分がもしそういう状態にあっても、それでもまったく問題はない、当然のことなんだと思ってもらいたいです。
舞台版とは一味違う、今回の映画版。しかし、“親友”エヴァンとコナーの交流、舞台版ビジュアルには印象的に描かれているエヴァンの骨折の本当の理由……映像により、より鮮明に、くっきりと物語の構造、そしてエヴァンくんが欲しかったモノたちが浮かび上がり、一層心が締め付けられる思いがした。そしてなにより、文句なしの名曲ぞろい。ぜひ映画館で『ディア・エヴァン・ハンセン』の物語を味わってほしい。
映画『ディア・エヴァン・ハンセン』予告編《2021年11月26日(金)公開》
取材・文=森岡悠翔