9月17日より公開の『由宇子の天秤』。ドキュメンタリーディレクターとして、いじめ自殺事件を追っていた木下由宇子(瀧内公美、写真左)は、学習塾を経営する父(光石研、写真右)から思いもよらぬ事実を聞かされる ©️2020 映画工房春組 合同会社

女子高生いじめ自殺事件の真相を追うドキュメンタリーディレクターの由宇子が、父から聞いた”衝撃の事実”。由宇子は、究極の選択を迫られることになる――。

瀧内公美、光石研、河合優実、梅田誠弘、丘みつ子ら実力派キャストが集結し、情報化社会を生きる現代人が抱える問題や矛盾を真正面から炙り出した『由宇子の天秤』が9月17日より渋谷ユーロスペースほかにて全国順次公開されている。

同作は、世界三大映画祭の一つである、第71回ベルリン国際映画祭のパノラマ部門にノミネートされたほか、世界中の映画祭で公開され、高い評価を得ている。そしてこの作品には長編アニメーション『この世界の片隅に』の片渕須直監督や、『ゴーヤーちゃんぷるー』『ソ満国境15歳の夏』の松島哲也監督がプロデューサーとして参加していることも話題となっている。

先の読めない巧みな脚本、観る者をくぎ付けにする役者陣の熱演、そしてラストに観客が突きつけられる究極の問いかけなど、その冷徹な語り口が高い評価を受ける春本雄二郎監督に話を聞いた。

想像力が欠如している現象に興味をもった

――映画を作ろうと思った経緯を教えてください。

2014年に、ある小学校のいじめ自殺事件の加害者の少年の父親と、同姓同名のまったく関係ない他人が実名や職場をさらされるという事件を知ったことからです。いじめの自殺事件自体は知っていたんですが、その事件は知らなかったので、こんなところまで発展してるのかと驚いてしまったんです。


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すごい時代になってしまった、なんでこんなことになるんだろうかと思いました。SNSで攻撃してしまう人たちって、その情報の真偽を確かめないんだろうか。何でそうした人たちが現れてしまうのだろうか。なんで自分とは関係ないのにここまで叩けるのだろうかと。

そうした想像力が欠如している現象にものすごく興味を持った。また、もちろん加害者が悪いのはわかりますが、家族まで責められるのはなぜなんだろうとか。そうしたことを映画にしてみたいなと思ったんです。

――春本監督の長編デビュー作『かぞくへ』は2016年なので、それより前から準備していたということですね。

まだ助監督を続けてたときですが、その頃には、脚本の第1稿は完成していました。ただ、初監督作としてはテーマ的に扱いきれるか不安だったので、いったんその脚本は寝かせることにしました。まずは肩慣らしをしたいなと思って。1作目の『かぞくへ』を先に作ることにしました。

『かぞくへ』を撮って、公開してとやっていたら、3年ぐらい経ってしまった。そうしたらその間にいろいろな加害者家族を扱った映画が出てきて。「これはまずいぞ」と思いました(笑)。ただそれらの映画は、問題提起のレベルで終わっていて、この先に僕らの社会はどうなっていくのか、その辺が良くなっていくためにはどうなればいいのか、という提案まで示していなかった。だからこの映画ではそこまで行きたいなと思ったんです。

マスメディアが炎上しやすい形で報じていないか

――マスメディアの報道だけでなく、それをSNSで拡散して炎上させる人々もいます。まさに現代社会が抱える現象ですが、監督はどう見ているでしょうか。

マスメディアが何か事件を取りあげるときは、とにかく炎上しやすいような形にしているような感じがしています。オリンピックをめぐる一連の騒動もそうだと思うんです。報道ではまるでエンタメのような切り取り方をして煽っているし、それに対して人々も簡単に群がる。でもそれに飽きたらポイッと捨てられる。

結局そこには焼け野原しか残らないというか、そこに生きている人たちを消費してしまうことの繰り返しになっている。この先こういう社会になってしまったときに、どんな弊害が起きてくるんだろうと思ったんですよ。

その時に由宇子のような、自分の正しさを疑わなかった女性が、本当は自分自身の過ちを認めたいのに、認められないで、がんじがらめになる。これを認めてしまえば、社会的に抹殺されてしまうんじゃないかという状態になり、本来、明るみに出なければいけなかったはずの事実が隠されることになる。じゃあなぜ由宇子が変容せざるをえなかったのか。隠さざるをえなかったのか。そんな危険性をこの映画で描きたかったんです


ドキュメンタリー番組のディレクターらに取材を行い、実際にあるような番組制作の現場を表現 ©️2020 映画工房春組 合同会社

――マスメディアには、ジャーナリズムとしての使命がある一方、販売部数を上げるとか、視聴率の高い番組を作るといった商業主義的な側面があります。今、商業的な側面が強くなって、真実をきちんと冷静に伝えるということを忘れがちになっていると感じられたことはありますでしょうか。

「これじゃ記事にならないよ」とか、「お客さんが食いつかないよ」といったことだけで突き進むのはどうかなと思います。メディアの方々が素晴らしいなと思うのは、世の中に対して訴求するというか、発信する力を持ってるということだと思うんですよ。この特権って誰も持ってないからこそ、世の中が良くなる方向に使ってもらいたいと思っているんです。

――メディアの人たちに言いたいことはありますか。

やはりメディアの多角的な視点を見たいですね。横並びの報道じゃなくて、うちはこういう視点でこの事件を、こういう角度から届けていますと。それはなぜかというと、こういうメッセージを皆さんに考えてもらいたいからです、というステートメントが欲しい。


河合優実が演じる小畑萌は、由宇子の父が経営する学習塾で学ぶ ©️2020 映画工房春組 合同会社

メディアの皆さんはそれぞれが表現者でもあるわけじゃないですか。だったらそこでメッセージを伝えてほしいというか、なぜそこに光を当てたんですかって問われたときに答えられるようにしてもらいたいと思っています。

一方で、視聴者や読者の情報リテラシーも大切になってくると思います。自分たちが目にするニュースは、これがすべてじゃないというか、切り取った人の視点が入ってるもんなんだという心構えで見る必要性があります。だから一度疑うことも大切だと思います。

この人がこう言っているなら、セカンドオピニオンじゃないですけど、別の人の視点を見てみるとか。そのためにもメディアの多角的な視点が必要だと思うんです。そのためにはやはり力を持っているメディアの方に、矜持を示してもらいたいなと思います。

日芸で教える2人の監督がプロデューサーに

――本作には映画監督の片渕須直監督と、松島哲也監督がプロデューサーとして参加していますが、このあたりの経緯を教えてください。

元々僕が片渕監督とつながっていたわけではなくて、僕が日本大学芸術学部(日芸)映画学科の3年生のときに、シナリオ教えてくれていたのが松島哲也監督だったということです。僕にとってはその出会いがすべてでした。僕はこの脚本は、めちゃくちゃ頑張って書いたんですけど、その礎になったのはその松島監督のシナリオの授業だったと思っているんです。松島先生は褒めて伸ばすのがものすごく上手い方なんです。

卒業後は助監督を続け、大学には、「錦を飾るまでは戻れない」という思いがあってしばらく訪れることはありませんでした。しかし、それから『かぞくへ』が東京国際映画祭で上映されることになったので、松島先生に連絡をして、ポスターを持参して訪れた。そうしたらものすごく喜んでいただき、学校にも飾ってくれたんです。

さらに松島監督は日芸の同期だった片渕監督にも伝えてくださった。それで片渕監督が私の映画の舞台あいさつに来てくださることになったというわけです。

――そこで縁ができたと。

そうですね。上映が終わったときに松島先生から「2作目はどうするんだ」と言われたので、「実はもう脚本はできているんです」ということで読んでいただいた。面白いと言っていただくと同時に、「(制作費に)いくらかかるんだと」と。「1000万円ぐらいはかけたい。『かぞくへ』ではギャラを払えなかったんで、今度はきちんとギャラも払いたい」という話をしたらと言ったら「わかった。ちょっと考える」と言ってくれたんです。

それからしばらくしてから先生に呼ばれて。「俺と片渕が合わせていくらか出すから、それでいいか」ということで、融資をしていただきました。

――そこをベースに資金集めをしたと。

この映画は制作費1500万円で作っていますが、そのうちの半分は私の持ち出しと、松島監督や片渕監督、私の家族からの借り入れ、300万円ほどが「映画工房春組」という団体のクラウドファンディングで積み立てた分。500万円が文化庁の助成金でした。

――クリエーティブの面だけでなく、資金面でもお二人の功績は大きかったということですね。

そうですね。もちろん脚本も相談に乗っていただきました。その時はラストもまだ今のような形にはなっていなくて。脚本を書いては、お二人から与えられた宿題を考える、みたいな形で練りあげていきました。

お二人は全キャラクターに対して愛を持っている方たちで、キャラクターのその後の人生にまできちんと目配せしてくれました。ラストまで愛情を持って考えてあげられるという視点は見習うべきだなと思いました。結果、それによっていい芝居が撮れましたからね。

ロケ地高崎の全面バックアップは大きかった

――今回は高崎フィルムコミッションが製作協力に入っていたようですが。

今回の映画を完全持ち出しで作らなきゃいけないと思った時に、ロケ地はコンパクトに1カ所に集めて、合宿形式で撮るのが一番いいだろうという話になって。全面協力してくれるところといえば、高崎じゃないかと。

フィルムコミッションもあるし、シネマテークたかさきの人たちが行政を巻き込みながら、映画文化を培ってきた土地なので。映画館だけでなくて、地元企業の協力が半端ないんですよね。だからいろいろなロケ場所も、市の箱物だったり、県の団地だったりするところも、ほぼタダでお借りすることもできましたし、地元にあった空き物件などは多少お金は払わなければならなかったですが、それでもそうした全面的なバックアップは大きかったですね。


春本雄二郎/はるもとゆうじろう 1978年生まれ。神戸市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、10年間映画やドラマの現場で従事したのち、現在の日本の商業スタイルでは自分の理想とする表現はできないと判断し、独立映画製作の道を選ぶ。初監督長編映画『かぞくへ』(2016)は、第29回東京国際映画祭に公式出品され、2018年に全国公開。2018年に、「映画監督と市民が直につながった映画製作」を掲げ、独立映画製作団体『映画工房春組』を立ち上げ活動をスタート。現在は、第3作目のシナリオ改稿と製作準備を始めながら、自身の演技ワークショップで幅広く俳優を求めている (編集部撮影)

――むしろこの規模の映画なら、もう少し制作費がかかっても良さそうだと思ったのですが、そこはやはり高崎市の協力が大きかったのでしょうか。

そうです。ロケ地が格段に安くできたということと、あとは宿泊費ですね。神社の宿舎に合宿形式で寝泊まりして。みんなで雑魚寝していました。そういうものがいろいろとかみ合ってできあがったのがこの映画ですね。

――瀧内公美さん、光石研さんをはじめ、川瀬陽太さん、『岬の兄妹』の松浦祐也さんと和田光沙さんなど、キャストも日本映画界を支える実力派がそろいました。

認知度よりも、自分が実際に見て、この役は絶対にこの人だったら任せられるという人をキャスティングしたいと思いました。そしてこの映画に役として出演する俳優部はほぼ、わたしのワークショップでお芝居を見させていただいた方から選抜させていただきました。

――キャスティングにしても、題材にしても、商業映画の世界ではできないことをやろうと。春本監督が、独立映画製作団体「映画工房春組」を立ち上げたのも、そのための仕組み作りに尽力するためなのかなと思ったのですが。

やはり(興行収入を目的とした)商業重視の作品を作る場合、キャスティングは結局、プロデューサー主導になることが多くなります。納得できない人をキャスティングされてしまった時はつらいだろうなと思いますし、それで出来上がったものが納得いかないものだったら、死んでも死にきれない。

だからクリエーティブに口を出されないお金で作るのが大前提だなと思っていています。かつ商業的にもきちんと制作費を回収する。理想だけを追いかけて青いこと言うだけでなく、その両方が大事だなと思っています。

やりたいこともやるし、ちゃんと確かなクオリティーのものを作る。それをちゃんとお客さんに届けたら、今度はその人たちに次の作品のためのファンになってもらって、と。そうしたサイクルの循環を大きくしようと思っているところですね。

――以前、片渕監督に取材をしたときも、まずは自分たちの作品のファンになってもらい、そこから次の作品につなげるということをおっしゃっていました。そうした感覚が春本監督にもしっかりと受け継がれているように思います。

片渕監督にはものすごく勉強させてもらっています。プロデューサーとしてもものすごい方です。一作、一作、自分の作品を届ける中で大変な体験をされていて。次はどうしよう、だったら次は最初からここを巻き込んで作ろうみたいな、計算というか戦略はものすごく練ってらっしゃる方です。今もまさに新作のために勉強会を開いていますし。そうやってまわりを巻き込むんです。

お金がないならないなりに知恵を絞る

――「日芸イズム」がしっかりと受け継がれているのでしょうか。クレジットにも「日芸」の名前がありました。

そうですね。実は、劇中のテレビ局のシーンは日芸で撮影しているんです。テレビ局が貸してくれるわけないですし、どうしようかと思ったんですが、「日芸の放送学科には同じものがあったな」と。

お金がないなら、ないなりに知恵を使いましょうという考え方です。それは僕が助監督時代に学んできたことでもあります。商業の世界で、短期間で、少ない予算の中でどうやって成立させるのかっていうところは助監督時代に学びました。ただし少ない予算で映画を作るというこの状況自体は変えていかなきゃなとは思っているんですけどね。