2020年秋に日本へ到着したJR九州高速船の三胴高速船「クイーンビートル」が、遊覧船として運航を始めました。とはいえ、この船は博多と韓国・釜山を結ぶ外国航路に就航する予定だったもの。遊覧船へ転用されたのも、極めて異例の理由でした。

船体が3つに分かれているのがポイント

 JR九州高速船の新型船「クイーンビートル」が、2021年4月3日(土)から福岡湾や糸島沖での遊覧を始めました。

「クイーンビートル」は、日本の旅客船ではほとんど見られない珍しい形状をしています。一般的な船は、いわゆる単胴船型なのに対して、この船は「trimaran(トリマラン)」、日本語で「三胴船」と呼ばれるものです。これは文字どおり、主船体(センターハル)の左右両側に副船体(サイドハル)が張り出した構造で、3つの船体を船橋やデッキ部分などの上部構造物でつないでいます。


JR九州高速船の「クイーンビートル」。正面から見ると船体が3つに分かれているのがわかる(2021年3月、入門卓男撮影)。

 トリマランのメリットは高速性能と、優れた安定性を兼ね備えている点にあります。高速性能は、単胴船よりも水に沈む部分(没水部)、すなわち喫水が浅くなるため、水の抵抗が減ることで可能となっています。

 また主船体の左右に副船体が張り出している形は、たとえるならば自転車に補助輪を付けたようなものであり、横揺れ(ローリング)が減少することで優れた安定性が得られ、これにより転覆しにくい船に仕上がっているといえるでしょう。

 さらにトリマランは構造上、船幅を拡大しやすいため、船体サイズ(排水量)のわりに甲板面積を広く採ることが可能というメリットもあります。ただ、一方でサイズに比して船幅が大きいからこそ、単胴船よりも旋回性能が劣るという欠点も併せ持ちます。

 なお、JR九州高速船によると、「クイーンビートル」はさらに安全性を高め、揺れを低減させるために、最新鋭のITを駆使したライドコントロールシステムや水中翼(Tフォイル)を兼ね備えているということでした。

特例措置で遊覧船として運航 将来は未定

「クイーンビートル」のサイズは、全長83.5m、幅20.2m、深さ6.3m、国際総トン数2582トンで、航海速力は約36.5ノット(約67.6km/h)です。

 前出のようにトリマラン(三胴船)は、高速性と、優れた安定性を兼ね備えていることから、ヨットやスピードボートなどの小型船では比較的採用されることの多い船型です。しかし、全長50mを超えるような中型および大型船では珍しく、「クイーンビートル」は中型高速旅客船として就航する80mクラス船としては、世界初とのこと。なお世界的には、より大きな全長110mを超えるような大型フェリーや戦闘艦などでも採用例があります。


JR九州高速船の「クイーンビートル」。航海速力は約36.5ノット(約67.6km/h)と速い(2021年3月、入門卓男撮影)。

 とはいえ、JR九州高速船は「クイーンビートル」を遊覧目的で導入したわけではありません。当初は博多〜韓国・釜山航路での運航を計画していたものの、新型コロナウイルス感染拡大の影響で航路が運休となったため、就航が白紙状態になったことで、遊覧船に転用したのです。いわば苦肉の策といえるでしょう。

「クイーンビートル」は2020年10月15日に造船所(AUSTALヘンダーソン造船所)のあるオーストラリアから博多へ到着しましたが、船籍をパナマとしたため、船舶法により国内航路へ転用することも難しい状況になりました。そこで「出発地と到着地が同じであること」などを条件に、特例として遊覧船としての運航が認められたのです。

 こうして、同船は博多港を拠点に4月25日(日)まで、土日限定で遊覧船としての運航が始まりました。福岡湾遊覧コースは1日2便運航で、所要時間は約1時間半、糸島沖遊覧コースは1日1便運航で、所要時間は約2時間とのこと。なお、JR九州高速船によると、国内遊覧運航に必要となる沿岸輸送特許は現在申請中だといいます。

 とはいえ「クイーンビートル」も5月以降の運航については未定のまま。加えて原油高や日韓関係という懸念材料もあるため、前途多難な状況は続きそうです。