2020年10月の全国の自殺者数は、前年同月に比べ600人以上多い2158人だった。精神科医の和田秀樹氏は「一連のコロナ自粛要請で自宅にこもる機会が増えたことで、孤独感や感染不安がつのってうつ状態になった人や、雇用が奪われて経済苦を抱えてしまった人が精神的に追い込まれた可能性がある。政府は自粛の“副作用”についてもっと国民に説明をするべきだった」と指摘する――。
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■コロナ自粛の「副作用」を考えず、国民に伝えないという愚

警察庁の調査によれば2020年10月の自殺者数(速報値)は2158人で、2019年10月に比べ600人以上増えた。コロナ禍になる前の1月の自殺者数は前年同月より約180人減り、2月も約160人減っていた。要するに、10月は減るはずだった数も含めると1カ月で700〜800人の自殺増と解釈することもできる。

私は、これはコロナ自粛の副作用だと考えている。

コロナ自粛により一定の感染抑制の効果が出た一方、経済が低迷し、雇用が奪われたり、学校を辞めざるを得なくなったり、人々が経済不安に陥ったりしてうつ状態になりやすくなった人は多い。

不安なときや気分が落ち込んでいるときに、人と話ができない(実際はリモートで可能だが普段人に会っていないと心情を吐露しづらいということもある)ことで、うつ気分になったときに改善しづらいということもあるのだろう。

あるいは、自粛で外に出ないことで、セロトニンという神経伝達物質の分泌が悪くなることもうつ病に直結し、運動不足などもセロトニン分泌に悪影響を及ぼす。

さらに、この自粛ムードや感染不安からうつになっても精神科医に診察してもらうのをためらい、症状を悪化させてしまった可能性もある。実際、私のところにもコロナうつのような人はほとんど診察に来ない。

何人か初診のコロナうつの人を診察する機会があったが、食欲低下でやせ細るなど、入院が必要なほど重症になってから受診しているケースがほとんどだった。

■実質自殺者800人増「コロナ累計死者数の4倍以上にあたる」

月に700〜800人というと、コロナによる累計の死者数の3〜4倍にあたる。自粛要請はコロナ感染抑制に一定の効果はあっただろうが、その半面、この政治的判断による副作用死が、その医療行為を必要とする病気(コロナ感染)の死者数の最大4倍という異常事態を招いたことになる。

死者数が1000人の病気があったとして、その治療薬の副作用で3000人が死んだとすれば、それがいかにばかばかしく、理不尽なことであることかわかるだろう。

■高齢者の認知能力低下…コロナ自粛の副作用で今後、起きる悲劇

私はコロナ対策のかじ取りをしてきた政府や専門家による分科会を批判したいわけではない。ただ、医者の立場から、“副作用”の想定が甘かったと言わざるを得ないこと、想定される副作用に対する対策が十分になされなかったことを残念に思っているのだ。

実際、今夏に熱中症が懸念された時期には、コロナ感染対策のマスク着用によって熱中症のリスクが高まることを想定して、厚生労働省は「屋外で人と十分な距離(少なくとも2m以上)が確保できる場合には、マスクをはずすようにしましょう」という注意喚起を行っていた。

それと同じように、例えば、

「自粛下でも一日30分は日光に当たりましょう」
「気分が落ち込んでいる際には、リモートなどを使って人と会話しましょう」
「夜眠れなくなったり、食欲が落ちたりしたら、気軽に精神科医にかかりましょう」

といった注意喚起があれば、自殺者数の増加をある程度抑えることができたはずだ。

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■メリットを強く求めるあまり、デメリットが頭に入らないバカ化

コロナ自粛の副作用は、自殺だけではない。

高齢者の場合、外出を控えたり、刺激のない生活を続けることで、足腰が弱ったり、脳の機能の低下が簡単に起こってしまう。将来の要介護率が上がってしまうのだ。これはコロナ感染予防対策に限ったことではなく、高齢者が免許を返納すると6年後に要介護率が2倍以上になるという研究結果もある。返納のデメリットを検討しない結果、将来の介護費用が大きく増えることが考えられるのだ。

本連載は「賢い人をバカにするもの」ということがテーマだが、人間の認知特性として、あることに不安になっているときは、別のことに気が回らなくなるということは往々にして見られることだ。例えば、あるメリットを強く求めるがために、もっと大きなデメリットを生んでしまうという「バカ化」現象が生じる原因になる。政府のリーダーはこの状況に陥ってしまったのではないか。

目つきが悪いことを気にしている人は、それを治そうとすることにばかり気がいってしまい、愛想をよくすることなど、ほかのやり方で人に好かれようとする努力を怠りがちだ。これでは目つきを矯正できても人に好かれないことには変わりがない。逆にかえって人に嫌われることにもなりかねない。

■コロナワクチンにすぐに飛びつかないというのは妥当な姿勢

メリットに気がいってしまうと、そのデメリットが考えられなくなることも多い。たとえば、コロナウイルスのワクチンが開発されているが健康な人に投与するのだから、いくらメリットがあってもデメリットを慎重に考える必要があるだろう。そういう点では、ワクチンが開発されても、すぐに飛びつかないというのは妥当な姿勢だ。

しかし、がん治療など、自分の命が脅威にさらされると、新たな治療に飛びつく人は少なくない。高齢者を長らく診療してきた立場から言わせてもらうと、高齢者のがんの場合、治療がうまくいっても体力が衰え、その後のQOL(生命の質)に悪影響を与え、結果的に長生きできないことも多い。

メタボ対策にしても、やせることで心血管障害の予防にはなるのだろうが、栄養状態が悪化することで、免疫機能が低下したり(これによってがんになりやすくなる)、体力が衰えたりすることも珍しくない。またコレステロールが男性ホルモンの材料であるため、この値を薬で下げることで、意欲が低下することも珍しくない。

結果的に、多くの疫学調査で、やや太めの人やコレステロール値が高い人のほうが長生きすることが明らかになっている。心血管障害の予防(欧米の場合、これが死因のトップの国が多いので仕方がない面があるが)のメリットばかりに目を奪われて、体重を落とすこと、コレステロール値を下げることのデメリットに目がいかなくなると、かえって命を縮めることがあるのだ。

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■コロナ自粛も同じ…デメリットに目を向けないと、命を縮める

どんな治療法や予防法にもメリットは当然あるが、デメリットが生じる可能性があることを認識して、そのうえで治療を選ぶのは当然のことだ。

外科の世界などでは、手術のメリットとデメリットを説明して、治療するかどうかを患者に決めさせるインフォームドコンセントというやり方がスタンダードだが、内科の世界では、たとえば血圧や血糖値、コレステロール値などが高ければ、それを薬で下げるメリットや胃腸障害などの一般的な副作用の説明を受けることはあっても、それが活力を落とすなどのデメリットの説明がほとんどないまま、患者の同意なしに薬が処方される。

高齢化が進むほど、活力がなくなることのデメリットが大きくなる(たとえば歩かなくなると歩けなくなるリスクは歳をとるほど大きくなる)ことを考えると、医療行為のデメリットをもう少し考える必要があるだろう。

そうした医療業界における抜け漏れと同じように、今回のコロナ感染の予防対策は、デメリットの検討も説明も不十分なものだと思えてならないのだ。

■コロナやインフルの感染・死者数が減れば、自殺者数増えてもいいのか

コロナ感染予防対策では、自粛要請に関するデメリットへの対策があまり考えられず、そのため、多くの人にそれが知られることがなく、結果的に自殺者数が増えたといえるのではないだろうか?

確かに今回のコロナ感染予防対策によって、感染抑制のほかにさまざまな副次的な効果もあった。

テレワークやオンライン授業などの普及の速度が速まり、インフルエンザや肺炎などほかの感染症患者やそれによる死亡数も減った。インフルエンザの死者数は例年3000人程度、肺炎の死者は10万人程度いるが、人々がマスクをし、ソーシャルディスタンスを保ち、不要不急の外出や会食を避けることで、死者数が大幅に減少した。

しかし、だからといって、うつなどによって自殺者が増加するのはしかたない、と割り切ることはできないだろう。国や医療の専門家は、自粛要請を筆頭としたコロナ対策の実施時には、もう少し国民の生活に寄り添って、デメリットの説明があってしかるべきだったと私は考える。

どんな施策でも、どんな治療法や薬でも、メリットとデメリットの両方がある。コロナによる死者を減らそうとして、自殺者が増えてしまっては元も子もない。直面する課題に対して、視野狭窄的かつ近視眼的になることなく、常に一つの事象を多面的に考察し、それを国民にわかりやすく伝える。それこそが政府の責務なのではないだろうか。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)
国際医療福祉大学大学院教授
アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化した「和田秀樹 こころと体のクリニック」院長。1960年6月7日生まれ。東京大学医学部卒業。『受験は要領』(現在はPHPで文庫化)や『公立・私立中堅校から東大に入る本』(大和書房)ほか著書多数。
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(国際医療福祉大学大学院教授 和田 秀樹)