動画編集に必要なのは高性能パソコン? それとも大容量ストレージ? 

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いまや多くのスマートフォンで4K(UHD、3840×2160ドット)動画が撮影可能となった。
さらに4Kを超える解像度の8K(7680×4320ドット)動画まで撮影できるスマートフォンまで登場している。

スマートフォンの進化は、イメージセンサーの高精細化と、ハードウェアによる画像処理がチップセットに内蔵されているからなのである。このようにデジタルカメラよりもいち早く最新のパーツを製品に取り入れられるのは、製品サイクルが早いスマートフォンならではの特徴でもある。


H.265形式で保存することで8K動画が約70Mbpsで記録可能となった


さらにH.264、H.265と呼ばれる映像圧縮技術(コーデック)をチップセットに内蔵することで、高解像度の動画をスマートフォン本体に保存可能としている。

H.264はスマートフォンやデジタルカメラ、デジタル一眼カメラなど幅広い製品が採用するデータ形式であり、汎用性が高い。

H.265はさらに圧縮効率を高めたデータ形式で、H.264の約半分のデータサイズで同等の画質を実現する。その特性を活かして、動画配信サービスなどに利用されている。また、8Kといった巨大なデータをスマートフォンの限られた記憶媒体で扱う際には、ファイルサイズが小さくなるH.265の特性がピタッとはまるのである。

このような圧縮技術は進化しており、今後さらに高効率な圧縮形式のH.266が採用される日も近いかもしれない。

スマートフォンでも4K、8K動画撮影を可能としたこの圧縮技術には、良い面だけではなく悪い面もある。それは高度な圧縮技術を伸長するさいの負荷の高さ、つまり処理が重いのである。
圧縮したデータをもとの映像データに戻す作業行うわけだが、H.264よりも圧縮効率が高いH.265は、より高度な処理が必要だ。

我々が動画を撮影・視聴する際には、こうした処理は前述したチップセットが圧縮・伸張処理を行うため、処理が重いとは感じることはない。動画再生中に2画面でSNSをチェックしたりできるスマートフォンもあり、撮影した動画や配信される動画をコマ落ちすることなく滑らかな動画視聴が可能だからだ。

では、高い圧縮率による影響が出るのは、どこか?

それが映像制作の現場なのだ。

ひとくちに映像制作の現場と言っても幅広い。
映画の製作現場、テレビなどの放送用の映像制作、そのほか販売用の映像制作など、
プロ機材で撮影し、専用の編集機やソフトなどを利用する現場がまず一つ。

もう一つは、ハイアマチュアおよびアマチュアの映像制作現場だ。
特に、YouTubeなど映像制作で収入を得ることができるようになった昨今は、プロアマ問わず動画コンテンツの制作が行われるようになった。

現在はビデオカメラがなくてもスマートフォンで撮影して、テロップなどを入れて編集するだけで、動画コンテンツが作れることもあり、アマチュアにも参入の敷居が低い。
しかしながら、いいコンテンツを作るためには、
・動画編集技術
・動画編集のための機材
・綺麗な映像を撮影するために必要な機材
これらが必要だったり、揃えたくなったりするものだ。

特に現在の動画編集での中心的な機材、いわゆるパソコンは5万円のものよりは10万円、10万円のものより15万円・・・と快適な動画編集を行うためのコストは、当然のごとく上がっていく。


コンパクトデジカメ、ミラーレス一眼を使うことで映像表現の幅が出せるようになる

そして撮影用には、スマートフォンだけでは限界を感じ、定番のミラーレス一眼とレンズ、そして照明機材を購入して、いざ凝った動画編集を始めるわけだ。

スマートフォンやミレーレス一眼が採用するH.264やH.265という圧縮データが編集と相性が良くないことにはワケがある。

そもそも動画はなぜ、データを小さくできるのか、その原理は基準となる1コマを記録し、その前後の違いのみを記録するからなのである。例えば、青空を飛行機が横切るシーンを撮影した場合、最初の1コマ目と2コマ目の違いは、飛行機の位置だとしよう。動画として記録するのはこの飛行機の差分だけなので、飛行機がより高く飛んでいれば小さい差分を記録するだけで済む。この映像を5秒撮影したとしても飛行機の差分だけならデータが小さくなることが想像できると思う。

流石に5秒間全て差分だけを記録すると、途中1コマでもデータエラーが出た場合、以降映像が乱れたままとなってしまうので、設定したコマ数ごとに基準となる映像(Iフレーム、Intraフレーム)を挿入し、それをもとに差分を作っていく。

途中の差分のフレームには映像の全体の情報がないため、編集時のそのコマを参照しようとした場合、動画編集ソフトは一番近いIフレームを探してそこから映像の差分を追いかけて、1コマを表示する。

こうした編集の処理の重さ、そして凝った編集をした場合の編集データの書き出しにかかる時間といった問題と直面する。これを繰り返すうちに、作業に疲れてしまうのだ。

では、こうしたことを日々繰り返すプロの機材での編集では、どうなのだろうか?
今回、動画の圧縮技術について取り上げているので、プロ機材で使われているデータについて簡単に紹介したいと思う。

まず、撮影するデータは編集することが前提のデータ形式を採用している。
H.264やH.265といった、どのメーカーのスマートフォンでも再生できるデータ形式ではなく、導入するカメラメーカーや編集する機器ごとに、データ形式が用意されていると考えるといいだろう。


ミラーレス一眼でも外部レコーダーを使うことでApple ProRes収録が可能になる機種もある


とはいえ、速報性や汎用性を求める現場やニーズに対応したデータ形式も利用されている。
その一つが、iPhoneなどでおなじみのアップルが提供する「Apple ProRes」(以下、ProRes)だ。

こちらは、映像のクオリティーによって記録方式を選ぶことができるが、H.264やH.265との違いは、ファイルサイズが大きいということである。

例えば、
多くのミラーレス一眼はH.264の1秒間の転送量100Mbpsで記録される。
ProResは300Mbpsを超えるデータで記録するのである。


ミラーレス一眼で撮影した4K動画は約100Mbpsで記録されている


ProResでは、巨大なデータとなるため、編集する際には一般的なパソコンよりもより高性能なパソコンが必要となると考えてしまいがちだが、実はそうでもないのである。

ProResは高画質を実現するためにデータ容量が大きいのだが、H.264のような”高度な圧縮処理をかけていないため”データを巨大化しているからだ。


ProResは映像のクオリティーによってことなるが、ProRes 422 HQ収録であるため高いビットレートで記録していることがわかる


つまり、ProResの編集で必要なのは、
巨大なデータを転送できるストレージがあれば、なんとかなるのである。
これがこのデータ形式のメリットでもあり、面白いところでもある。

今やデスクトップだけではなくノートパソコンにも搭載されているSSDは読み出し時の速度が1500Mbpsを超えるため、ProResで記録されたデータを取りこぼすことなく再生・編集が可能だ。さらに読み込んだデータを単純に画面に表示することさえできればいいので、編集に使用するパソコンは、ラップトップ、いわゆるノートパソコンでも十分なのである。

アップルがProResのようなデータ形式を推奨する理由は、アップルのMacbookなどの製品群との相性の良さを業界にアピールするためでもある。

ProResはMac用というわけではなく、動画編集ソフトが対応していればWindowsやLinuxといったOSのPCでも編集が可能だ。

ちなみに、H.264などの動画の圧縮技術について説明したが、基準となるIフレームのみで記録するAll-Intra形式で記録できるカメラもある。こちらは、ProResと同じ考え方で編集のしやすさに特化したある意味力技の記録方法だが、差分によるデータ圧縮ができないため、高画質化するためにはデータが巨大化してしまうのである。

そのほか、編集に重視したデータ形式には画質のほうに注力したRAW形式もある。
こちらは、イメージセンサーのデータをそのままデータにしたRAW(生のデータ)という形式で、静止画で主に採用されている。

動画の場合はこの静止画と同じRAWデータを1コマ1コマ保存し、それを動画として連続して処理する必要があるため、高性能なパソコンが必要であるものの、映像編集の自由度は高い。映画やCMなど時間やコストがかけられる現場で使われている。VFXや映像にキャラクターを乗せるなど、CG合成をする際に正確な色合わせをする際に、調整幅が広いことがRAWの特性でもある。


BRAW形式で保存が可能なカメラ「Blackmagic Pocket Cinema Camera 4K」、USB Type-C接続で直接SSDに記録可能だ


このRAWデータと映像の圧縮技術を合わせたデータ形式も実用化されている。
その一つがBlackMagicDesignの「BlackMagic RAW、BRAW」データだ。
このデータの特徴は、1コマ1コマ保存していたRAWデータを動画として記録し、編集時の画質の良さをもちつつ、動画データとしての扱いやすさを実現している。

ProResのようなシンプルな編集素材とはなことなり、RAWデータの現像処理や動画としての圧縮伸張処理が加わるため処理が軽いわけではないのだが、編集用のPCに例えばNVIDIAの最新のGeForceシリーズのGPUを搭載していれば、RAWデータの現像処理をGPUを使用して並列で動作させることができるためCPUの負荷が低く、動画編集ソフトでもリアルタイムで再生・編集が可能となる。


12bitの豊かな階調と撮影後に調整可能なパラメーターをもつBRAWデータ


さらにBlackMagic RAWは、RAWでありながら圧縮も行っているためProResなみのデータ転送量で高画質を実現する。これによってRAWデータ撮影の敷居がさがり、ハイアマチュアでもその恩恵を得ることができるというわけだ。

アップルもRAWデータのサポートを開始しており「ProRes RAW」で映像業界にMacとの親和性をアピールしている。




さて、これらを踏まえて、まとめてみよう。
スマートフォンのカメラでも撮影できる動画のデータ形式H.264やH.265は、おもに視聴のためのデータ形式であり、編集向けのデータではない。とはいえ、限られたストレージ容量で高解像度な動画を撮影・保存するためには最適な動画データ形式であるため、スマートフォンやデジタルカメラ、ビデオカメラで採用されているのである。

一方、編集向けのデータには、転送データが巨大で大容量が必要であるため、専用のレコーダーやSSDなど大容量の記録媒体が利用できるプロ機材、専用機などが必要となる。
しかしながら基本的には、編集の際には高性能なパソコンを必要とはしないため、撮影機材さえ揃えてしまえば、ハイアマチュアでも扱いやすいデータ形式でもある。ただし、撮影データが巨大であることから、データ保管にはそれなりのストレージが必要なことには注意が必要だ。

編集向けデータのもう一つのRAWデータは、速報性が必要としない映像制作の現場において、記録された豊富な情報を用いて芸術的な色再現や合成処理など高度な映像編集するときに用いられる。
BlackMagic RAWのように速報性と映像編集のいいとこ取りできるデータ形式も、今後、普及していくだろう。

いまやRAW形式で動画撮影できるミレーレスカメラも登場し、記録媒体の高速化・大容量化で編集しやすいデータ形式がより身近になるだろう。こうした記録形式を必要とするニーズが高まれば、観賞なのか、編集なのか、ユーザーが扱い易いデータ形式が記録できるかでカメラを選ぶ時代が来るのかも知れない。


執筆  mi2_303