ディスカバリー・ジャパン社長のデービッド・マクドナルド氏が日本における今後の戦略について語った(撮影:今井康一)

動画配信「ネットフリックス」が拡大する一方、「スカパー!」の会員数が前年比3万7850件(2020年2月時点)減少するなど厳しさを増す有料放送。「釣りビジョン」など有料放送から配信サービスに移行する会社も少なくない。

そんな中、有料放送を主体とする媒体の中で、いち早くYouTubeへのネット配信を手がけていたアメリカ・ディスカバリー社が、満を持して日本で定額課金制動画配信への参入を発表した。ディスカバリーといえば「ディスカバリーチャンネル」や「アニマルプラネット」など、世界最大のドキュメンタリーチャンネルとして知られる。

なぜいま有料の動画配信に参入するのか。日本法人のディスカバリー・ジャパン社長、デービッド・マクドナルド氏に聞いた。

有料放送だけで会社の成長は難しい

――日本ではスカパー!やWOWOWなど一部の有料放送事業者は会員数が減少しています。こうした状況がディスカバリー・ジャパンの会員数にも影響しているのでしょうか。

ここ数年は伸びてもいないけれど、極端に減ってもいない。いまのところ、「ケーブルカット」と呼ばれる有料会員離れが激しいヨーロッパやアメリカよりも、日本の減少幅は大きくない。

ただ、会社が成長するためには有料放送だけでは難しいというのが本音だ。ディスカバリー・ジャパンは長らく「ディスカバリーチャンネル」と「アニマルプラネット」という2つの有料放送を事業のメインとしてきたが、2018年から無料放送とネット配信を始めることにした。

――無料放送やネット配信のメリットは何でしょうか。

無料放送では日本BS放送(BS11)と連携し、ゴールデンタイム含め週4時間、番組を放送し広告収入を得ている。

ネット配信では、2018年夏からそれまで宣伝動画などがメインだったYouTubeでディスカバリーの番組そのものを公開し始めた。その結果、現在ではチャンネル登録者数80万人にまで成長した。今までの有料放送では、日本で2割ほどの世帯にしかアプローチできていなかったが、YouTubeを通じて多くの人にコンテンツを提供することができた。


マクドナルド氏は「ネット配信を推進した2019年は前年比で広告収入が2ケタ%伸びた」と話した(撮影:今井康一)

有料放送会社の中では、YouTubeに番組を公開すると有料放送の会員数が減少することを懸念する声も聞こえてくる。しかし、われわれの場合は有料放送ではリーチできなかった20代など新たな顧客を発掘することができた。その結果、若い世代が有料放送に加入してくれたりすることで、ビジネス面でも効果があった。

――とはいえ、これまで有料コンテンツだったものを、YouTubeで配信することに社内から反発の声はなかったのでしょうか。

いまでも社内では「本当に大丈夫か」という声はある。ただ、リスクを取ってやらないとわからないこともある。私は前職で9年間YouTubeにいたので、他社の戦略や成功事例も見てきた。放送一辺倒では厳しいこともあり、バランスをとって配信すれば、放送・ネットともにプラスになると感じていた。

3年後の視聴者数は2000万人以上に

――YouTubeに続いて、2019年9月から「Dplay」という配信サービスを始めました。

Dplayは世界10カ国でローンチしているサービスだ。ノンフィクションの番組をそろえている。日本以外はすべてヨーロッパだが、2021年度中にその倍くらいの国・地域で展開していく予定だ。日本国内では、現在は1000万人の視聴者数を、有料放送やYouTube、Dplayなども含めて3年後をメドに倍の2000万人以上にしたい。

DplayはAVOD(広告付き無料型動画配信)で見ることができる。この広告事業は計画通り順調に伸びている。始めた当初はYouTubeに近い20〜30代の人が多かったが、編成の仕方や宣伝を変えた結果、40〜50代が増えてきている。そのため競合他社の配信サービスとは少し違う層が増えている。

そして、サービス開始から半年が経過したこともあり、2020年3月17日からSVOD(定額動画配信)に参入する。無料で見られるコンテンツもそのまま残すが、有料プランでは広告なしで動画を見られるほか、CS放送のディスカバリーチャンネルなども視聴できるといった付加価値を付けていく。

Dplayでは「車」や「サバイバル」、「アドベンチャー」といったジャンルを売り出していきたい。車などはコアなファンが多い。例えば、「東京オートサロン」という車のイベントでは3日間で30万人以上もの人が来場する。これは世界でも有数の規模だ。日本で車に興味がある人は200万人程度いると分析している。そうしたお金をかけるヘビーユーザーを取り込んでいく。

有料放送の会員が減少する可能性も

――ただ、Dplayの有料化によって、現在の柱である有料放送の会員数の動向に影響があるのでは?

当然そうしたことは考えられる。もしかすると、放送の有料会員が減少するかもしれない。しかし、ディスカバリー・ジャパン全体として見たとき、(放送で会員が減少しても)多くのコンテンツを提供すればするほど成長することができるだろう。


デービッド・マクドナルド/カナダ出身、1995年に来日。NTTドコモでキャリアをスタート。その後、ウォルト・ディズニー・インターネットやYouTubeなどを経て2018年3月よりディスカバリー・ジャパンに入社。同年11月よりディスカバリー・ジャパン社長(撮影:今井康一)

ディスカバリーは世界で毎年8000時間ものコンテンツを制作している。さらに30万時間のコンテンツを保有している。これはネットフリックスにあるコンテンツよりボリュームがある。今までの放送では24時間という放送枠もあり、世に出したことがない番組も多かった。こうしたコンテンツも配信していきたい。

そして、今後は日本向けのコンテンツにも投資していきたいと考えている。もし日本語コンテンツが成功すれば、他のアジア圏に輸出するチャンスもあるだろう。そうしたことはネットフリックスとディスカバリーにしかできないだろう。さらに、ディスカバリーは放送もあり、より多くの人に届けることができる。

――今まで放送がメインでしたが、配信でも会員数を伸ばすことはできるのでしょうか。

有料放送では(専用アンテナが必要になるなど)加入しにくい障壁があったが、配信ではそれがないことは追い風だ。さらに、放送では車番組だけを見たいという人も、ほかの番組を見なければいけなかった。しかし、Dplayであれば自分の好きな番組だけを見てもらえる強みができる。

Dplayの開始に伴い、今後は収益体系も大きく変化していく。現在は有料放送の加入者からの収入と広告がほとんどだ。今後はそうした有料放送からの収入とDplayでの有料会員の収入、広告ビジネスやライセンスビジネスでそれぞれ3分の1ずつにしていきたい。会員数の目標は具体的には言えないが、放送事業を行っている会社の中でもトップクラスを目指したい。

テレビ局と違い全力投球できる

――ネットフリックスが日本で約300万人もの会員がいる一方、日本の動画配信事業者では、フジテレビ系のFOD(会員数80万人強)やTBS・テレビ東京系のParavi(会員数非公開)など苦戦している事業者も多いと言われています。その状況下でディスカバリーはトップクラスになれるのでしょうか。

マーケットの大きさは十分にあり、不可能ではない。いろいろな提携を含めて施策を行っていきたい。放送局系との最大の違いは「オールイン(全力投球)」できるかどうか。地上波の放送局は地上波テレビの収入が大きいのでわれわれとは違う立場にある。放送局と比較したとき、配信事業により注力することができる。ただ、こうした目標もアメリカの本社からは小さい数字だとも言われている。

制作費面でもわれわれに強みがある。ディスカバリーはノンフィクションだけを制作している。ノンフィクション作品はフィクションと比べ、制作コストが安い。さらに、放送・配信、国内・海外と使い道が多様にあるのでコンテンツの効率性が高いことも強みだ。