松岡修造が語る、ジュニア年代のスポーツ指導論とは【写真:WOWOW】

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「全米オープン開幕特別インタビューvol.3」―松岡氏が思う“子供の可能性”の伸ばし方

 昨今、指導の在り方が問われるスポーツ界。未来を担うジュニア年代の指導者は、どうあるべきなのか。日本テニス協会男子ジュニア強化プロジェクト「修造チャレンジトップジュニアキャンプ」を主宰。WOWOWで連日独占生中継される全米オープン(26日開幕)で、現地から解説を務める松岡修造氏が「THE ANSWER」の単独インタビューに登場し、ジュニア年代の指導について“修造節”で熱く語った。

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「負けて、お前らは悔しくないのか!」「そんな気持ちでプレーするならやめた方がいい!」

 テニスファンでなくとも、松岡氏がこんな熱い言葉でジュニア選手に指導をしているシーンを一度は見たことがあるだろう。舞台となっているのは日本テニス協会男子ジュニア強化プロジェクト「修造チャレンジトップジュニアキャンプ」。ジュニア世代の育成・強化を目的とし、松岡氏が現役を退いてから立ち上げたプロジェクトだ。ここから多くの才能が男子テニス界に羽ばたいていった。

 難しい世代を相手に、松岡氏はどんな意識を持って、子供と向き合っているのか。

「このジュニアキャンプに来るのは、世界のトップに行きたいという夢を持っているジュニア選手たちです。ただ、この年代、特に12、13歳くらいはどんなに上手い子も(体の成長差などで)負ける時があるもの。すると、子供たちは急にテニスで守りに入ってしまったり、何のためにテニスをしているのか分からなくなったり、好きだったテニスが悪い方向に行ってしまう。そういう時に僕らがしなければならないのが“気づき”です。子供自身に気づかせる、ということは大事なことだと感じています。相手の心の中に入っていき、今まで出さなかったくらいの叫び、本心を僕らに出してもらわないと変わらない。それを引き出すのは僕の得意分野です。

 それはジュニア選手にとっては体も心も相当きついです。テニスは実際にボールを打ち合い、プレーをしながら会話ができるところが、やりやすいところ。子供たちに叱咤激励を飛ばしながら、ボールを追わせる。『もうダメだ』と思ったところから、さらにボールを追わせる。子供たちはがむしゃらになって最後は叫びながらボールを追う。その後の子供たちの顔つき、目の輝きが全く違う。何かに気づき、そして一つ壁をぶち破って自信もついている。ただ単に追い込み、叱るのではなく、追い込み方、叱り方もそれぞれの子供たちのバックグラウンドなどを事前に情報収集し、メンタルケアスタッフなどと相談して、子供たちに合わせて見極めています」

 この合宿から旅立った一人が何を隠そう、錦織圭である。説明するまでもない、世界のトッププレーヤー。11歳で出会った当初を、松岡氏は思い返す。「錦織圭と同じ才能を持った選手に出会うことはそうめったにない。そう思わせるくらい、テニスの天性の才能を子供の頃から持っていた」。しかし、同時に課題があったことも事実だ。

「ものすごくシャイな子だったということ。参加ジュニアの中でも特に大人しく、表現力も乏しかったですね。やはり、世界を目指そうと思った時、テニスで海外をツアーで回っていくには表現力やコミュニケーション力がとても大事なのです。そこがないと無理なんです。だからこそ、錦織選手にはテニスの技術云々よりも、表現力をつけさせるためのメンタルトレーニングを相当しました。あの頃の圭にはとても辛かったトレーニングだと思います」

 一方で、世界のトップで活躍する可能性を感じていたからこそ、技術指導に関しては明確に線引きしていた。「テニスの技術的なところは触っていけない。僕は世界46位(現役時代の最高ランク)の人間だから」と言う。

「錦織選手がジュニアの頃から持っていた一番の武器は戦術。このタイミングでこのボールが来たらどう打つべきかという選択はあの頃から上手かった。他のジュニア選手には『この時はここに打つ』と戦術を教えていく。ただ、圭に対してはそれができない。僕より選択が上だったから。圭から学んでいった部分もあります」

錦織を変わらせた方法は「超緊張する状況を敢えて作った」

 錦織圭という唯一無二の才能との出会い。輝くようなテニスセンスと、自己主張しないシャイな性格。松岡氏は敢えて、後者の課題と積極的に向き合わせるように仕向けた。

「誰でも嫌だけど、超緊張する状況を敢えて作り、できない中でどうやって切り抜けるか、ということを目的として『英語で今から自分の思いをスピーチしなさい』と選手一人一人に告げる。名前までは言えるけど、そこから出てこなくなる。当然です。小学生ですから英語が分かるわけがない。でも、僕らは英語を上手に話すことを求めているのではないのです。黙っていては何も始まらないし、進まない。そこで終わってしまう。『I like tennis』、それだけでも言えれば一歩前に進むことができる。それでOKなんです。錦織選手も泣きながら頑張っていましたよ。それは当時の圭にとって、すごく必要なことだと僕は感じていました」

 13歳で盛田テニスファンドのサポートでIMGアカデミーにテニス留学が決まった時、錦織は松岡氏のもとを訪れ、「僕は海外に行って表現力を絶対強くしてきます」と言ったという。「それは一つの覚悟。だから、今のインタビューや優勝スピーチで喋っている圭の姿を見ると、僕にとって一番幸せな時間。テニスで勝ったことより、彼が堂々と自分の意見を言えることが人は変われるんだという一番の結果を示していると思う」と目尻を下げた。

 その後の活躍はご承知の通り。ただ、スポーツ指導者にとって、感情表現が上手でない子の闘志を引き出すのは、技術を伸ばす以上に難しい。どうすれば、錦織のようにシャイな子供は変わるのか。

「『松岡修造みたいになれ』という表現は必要ない。これは僕の個性だから。『大きな声を出せ』『仕草を大きくして』、これも要らない。しっかりと自分の意見が言えるかどうか。その部分がない限り、どこか人任せになる。特に、テニスで自分で掴みたい夢があれば、自分から行動して表現し、相手に伝えない限りは叶わない。欧米は特にそうさせている。『コーチの言うことさえ聞いていればなんとかなる』『言われたことをしていればいい』という意識は、昔ながらの体育から確立されたシステムだと僕は感じています。

 何が大事かというと、失敗してもOKなんだと気づかせること。日本人は何でも正確にやらないと、英語も正しく言わないといけないイメージを持つ。そんなことより、とにかく行動に移して一所懸命、前向きに思いを伝えれば返ってくることを当時の圭も感じてくれた。シャイな性格自体は変わらなくても、自分の意見を言うことは悪いことじゃないと気づいてくれた。それは言葉だけで伝えるのでは難しい。行動を伴って嫌な思いをして失敗し、抜け出す方法を自分で見つけない限りは変われないんです」

 とはいえ、日本の教育システムにおいて、他の人と違う意見を持つことが難しい現実がある。松岡氏はそんな子供たちに、どんな声かけを意識しているのか。「それぞれ選手によって違います」と前置きした上で持論を語る。

「まず、その子が置かれている環境。例えば、家族構成、家庭環境、いじめを受けてないか、そういうすべての情報は必要です。子供たちが置かれている状況によって、かける言葉は違います。そこは細心の注意を心掛けています。だからこそ『修造チャレンジジュニアキャンプ』は20年間、同じスタッフで運営しています。長年の経験を生かし、それぞれの専門分野の先生やコーチ陣で話し合いながら、その子に合った叱咤激励をスタッフみんなでしていくことを一番に心掛けています。置かれている状況によっては子供たちの捉え方もそれぞれ。『本人に何かを言う=責められる感覚』になってしまうこともある。そういう時は2人で話し合うし、敢えてみんなの前で叱った方がいい時もある。その上でポイントは、最終的には子供たち自身に自信を持たせてあげること。それは感情論じゃ難しい。『必ず、できる』『自分を信じろ』という言葉だけじゃ変わりっこない。感情論ではなく、どうやってやるのか、その方法論をその子が理解しないといけないのです。

 どうしたら自分は目標に近づけるという道筋が見えた時、頑張ろうという思いになれる。それを一緒に探してあげること。そして、それを子供が自分で見つけられるように導いていくのが、僕らの役目なのです。質問の答えは必ず子供たちが持っています。子供たちからの質問に即答することはできます。でも、まずは自分たちに考えさせる。『どうしてそう思ったの?』『どうしてそれをしたの?』と子供たちに質問していくと、明確な答えが本人の心の中から出てくる。具体的にやるから頑張れる、気持ちだけで一所懸命やるというのは“正しい一所懸命”じゃない。質がいい“正しい一所懸命”を導いてあげることが僕らの役割じゃないか。どちらが偉いとか関係ない。一緒に尊敬し合った中でチームを組んでいくのが、今の時代。それができるベース作りをジュニア合宿でやっています」

松岡氏が考える昨今のスポーツ界の問題「昔と今を比べる必要ない!」

 話を聞いて気になったのは、松岡氏が選手と築いている関係性だ。旧来の「上と下」ではないように映る。そのことについて「対等に思うようにしている。特にジュニアは僕の方が経験が勝ってしまうから」と言う。だから、錦織だけでなく、子供から学ばされることは多いという。その一人が、7月にウィンブルドン男子シングルスジュニアを制した16歳・望月慎太郎だ。

「今までいろんな選手がいましたが、望月という選手の努力は間違いなく一番。合宿に来た時、背も小さいし、年齢も一番下でした。なので、きつい練習についてこられないのではないかと思っていましたが、そんなことはありませんでした。当時は技術的に跳び抜けたものはなかった。今もフォアハンドは世界レベルからすれば、課題はまだまだある。では、なぜ、あのレベルに到達できたかというと、メンタルサイドです。一を言ったら十くらいの努力をする。すごく真面目だし、素直だし、それが結果として結びついた。じゃあ、彼は何を伝えてくれたかというと、日本人だって可能性があるじゃないかということです」

 この年代の才能ある、なしは見抜くことは難しい。実際、期待を上回ることも数多くあった。2人の選手の名前を挙げて言う。

「ジュニア時代に『この子は世界で通用する』と感じた選手の中では、錦織圭は疑う余地がなかった。100位に入ってくれれば、ある意味、プロジェクトは成功という考えで始めましたが、錦織選手が世界で活躍するようになってから、世界100位以内に入る男子選手が増えました。しかも、僕のランキング(46位)を超える選手や、ATPツアーで優勝した選手たちも出てきました。修造チャレンジを始めた20年前、正直ここまでの想像はできていませんでした。僕が間違っていたと気づかせてくれ、周りが厳しいと思っても自分次第で突破できる可能性を選手たちは僕らに教えてくれました。特に、添田選手が世界100位に入った頃からジュニアに対する可能性の捉え方は僕の中で変わったといっていいでしょう。誰にでも、いつかは絶対にチャンスはあるという捉え方に変えさせてくれました」

 ジュニア年代の指導について、思いの丈を語ってくれた松岡氏。昨今は「勝利至上主義」「暴力的指導」といった問題が叫ばれ、議論に挙がっている。松岡氏はジュニア世代の指導者に何を望み、どんなスポーツ界の未来を願っているのか。

「指導者は本来年間を通して教えている人たち。僕自身は自分を指導者という捉え方はしていない」と前置きした上で、キャスターとして、テニスに限らず、スポーツ界の最前線で様々なトップ指導者と接する中で、肌で感じることを明かす。

「昔は『スパルタ教育』というものがあった。戦争が終わり、体育という流れが生まれたもの。もちろん、今の時代は違うし、スパルタは絶対にNO。ただ、当時はそれが良しとされていた。だから、今と当時を必要以上に比べたり、すべてを否定したりしては(積み上げてきたものが)なくなってしまう。一番大事なことは、欧米のスポーツ文化が取り入れられていく中で、日本が今まで培ってきた良さは残していくべきと思う。地道な訓練や反復練習とか、日本はそういうものは得意分野であってほしい。

 ただし、それは子供たちが意味をより具体的に理解し、誰かにやらされるのではなく、自らの本気の思いでやれるような指導法を探してもらいたい。欧米と日本の良さをミックスした形が確立できれば、日本のスポーツ文化が一番目指したい場所に辿り着き、初めて日本の指導者のあるべき姿が今の時代に見えてくる気が僕はする。昔と今を比べる必要はない! 今、みんなで模索して正しいものを探していきましょう。

 それが一番近いのは東京2020、五輪になると感じています。ここで間違いなく、スポーツがいろんな意味で変わっていくきっかけになる一つの大きなチャンスではないでしょうか」

 錦織をはじめ、独自の指導哲学で多くの原石を花開かせてきた松岡氏。熱い言葉の裏で、温かい眼差しがスポーツ界の未来に向けられている。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)