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自動車メーカーにとって、自動車教習所向けに作る「教習車」とは一体、どういう位置づけの商品なのだろうか。先頃、新型教習車を発売したマツダで話を聞くと、「ビジネス的に、そんなに大きな果実ではありませんが……」とのこと。ただ、それ以上に大事な役割が教習車にはあるという。

マツダの教習車が「デミオ」のセダンに

マツダは2019年5月に新型「マツダ教習車」を発売した。これまでは「アクセラ」をベースとする教習車を販売していたが、新型は「MAZDA2」のセダンタイプをベースに開発。「MAZDA2」とは日本でいうところの「デミオ」(もうすぐ日本でもMAZDA2に改称)で、セダンタイプは従来、海外向けに販売してきたモデルだ。

ベース車両がアクセラからデミオになって、マツダ教習車の何が変わったのか。まず、大きく異なるのはサイズだ。コンパクトなMAZDA2のセダンをベースとする新型は、全長4,410mm、全幅1,695mmと運転しやすい大きさで、従来のアクセラをベースとする教習車よりは一回り小さい。最小回転半径は4.7mと小回りも効く。

それと、根本的に進化したのは、クルマ自体の性能だ。そもそもマツダには、クルマを発売した後も定期的に改良を加えていく「商品改良」(年次改良と呼ぶ人もいる)という考え方がある。これにより、最新のクルマに搭載した技術を既存のクルマにも横展開できるのが、マツダの特徴だ。例えば、SUV「CX-5」は2012年に発売となったクルマだが、2018年11月に登場した最新モデルは、幾度もの商品改良を経て進化を遂げている。同じ車種でも、マツダクルマは最新のモデルが最良のモデルなのだ。

新旧の教習車でも、同じ関係性が成り立つ。例えば新型教習車は、クルマの動きを滑らかにするマツダ独自の制御技術「G-ベクタリングコントロール」(GVC)を搭載しているが、これは従来の教習車に備わっていなかったものだ。

クルマ自体としても進化したマツダ教習車だが、教習車としての使いやすさにもマツダは徹底したこだわりを見せている。教官が指導に専念できるよう、シートの座り心地を向上させたり、エアコンの吹き出し口の確度を調整したりと、大小さまざまな気配りが施された新型教習車だが、注目したいのは教習車ならではの装置である「サブブレーキ」だ。

サブブレーキとは、助手席側の足元に付いていて、教官が踏めるようになっているブレーキのこと。マツダでは今回、サブブレーキの使いやすさを向上させるべく、全国464人を対象にサブブレーキの使い方を調べた。

サブブレーキは緊急時に教官が踏むようなイメージだが、実態は違った。教官がサブブレーキを使う主なケースはスピードコントロール、つまり、教習生がアクセルを踏みすぎた際の速度調整だったのだ。

緊急制動を想定した従来のサブブレーキは、敏感に反応するようなつくりになっていた。簡単にいうと「ガクン」と効くようにできていたのだ。それを新型では「マイルド」な設定に改めている。

今回、新旧の教習車を乗り比べてみる機会を得たので、教官の気分で助手席に乗り込み、サブブレーキも試してみたのだが、その違いはすぐに分かった。新型の方がブレーキの調整幅が広い感じがして、効かせ方をゆるくしたり強くしたりするコントロールが容易だったのだ。

「ガクン」とサブブレーキが作動すると、教習生としてみれば、いかにも「踏まれた!」という感じがして驚くし、場合によっては少しパニックに陥るかもしれない。その点、ゆるくサブブレーキを効かせつつ「ちょっと、速度が出すぎですよ」とでも助言してもらえれば、教習生としても安心だろう。

○収益だけでは測れない教習車の価値

さまざまな改良を加えているところを見ると、マツダにとって、教習車は重要な商品であるらしい。教習所は全国にあるし、実際のところ、商売の上でも収益は大きいのだろうか。マツダで教習車の開発担当(主査)を務める冨山道雄さんの答えはこうだ。

「いえ、ビジネス的にいうと、そんなに大きな果実がある分野ではありません。でも、初めて乗るクルママツダクルマであるということ、そして、そのクルマがとても運転しやすくて、早く免許を取れたということにでもなれば、教習車は、マツダがファンを作る上で、起点になってくれるクルマになるはずです。そうなってほしいと思っています」

マツダの日本国内でのシェアは5%くらいだが、実際のところ、マツダの教習車で免許を取得した人が卒業後にマツダ車を買う割合は、5%よりも大きいという。長い付き合いとなる顧客(ファン)は自動車メーカーにとって重要な存在だから、全ての免許取得者にとって初めて運転するクルマとなる教習車で、どれだけ好印象を残せるかはマツダにとって重要だ。教習車は自動車メーカーにとって、潜在顧客とのタッチポイントになる。

とはいえ、教習車は商品でもあるのだから、どのくらい売れるのかも気になるポイントだ。教習車市場において、マツダはどのようなポジションなのか。マツダ 国内営業本部の小野弘行さんによると、同社のシェアは現在、22%くらいだという。かなり高い印象だが、最もシェアが高かった頃は5割近くまでいったそうだから、これでも下がってきている。なぜ、シェアが下がったのか。冨山さんに聞いてみた。

「やっぱり、サイズが(相対的に)大きくなったからですね。マツダの教習車は2代続けてアクセラをベースに作ったのですが、最初のアクセラでシェアが5割くらいまで伸びました。その後、競合からもいろんなクルマが出てきて、それらとサイズを比較した時、マツダはサイズも最小回転半径も、少し大きかった。それで、ちょっとずつお客さまが競合にいってしまった、というのがこれまでの流れです」

ただ、新型が商品力の面で競合に劣っている点は「どこもないと思う」と冨山さんは自信を示す。シェアについては、「V字回復させたいですね(笑)」とのことだ。

マツダが教習車の改良に注力する理由は分かった。ただ、1つだけ気になったポイントがある。

いいクルマで練習できるのは教習生にとって嬉しいポイントだと思うが、そういう人が実際にクルマを買って道路に出た時に、感覚が違いすぎて、逆に困るというケースはないのだろうか。

免許を取ってから初めて買うクルマには、かなり年式の古い中古車であったり、あるいはリッチなご家庭であれば大きな輸入車を買ってもらったりと、いろんなケースが考えられる。全てが新型マツダ教習車ほど、運転しやすい性能やサイズ感を備えたクルマではないはずだ。重いボールを使って練習しておけば、本番ではより遠くに投げられたりするものだが、これとは逆のメカニズムが、教習車の世界では働かないのか。冨山さんは以下のように考えているそうだ。

「教習車は誰でも、ゼロからのスタートですよね。ゼロからスタートする時、早く運転操作に慣れることができたり、車両の感覚がつかみやすかったりすると、教習生の習熟度合いも違ってきますから、それから後の上達は早いと思うんです。その後は、いろんなクルマにも応用がきくようになると我々は考えているんですけどね。できれば、デミオを買ってもらうのが一番いいかなと思ってますけど(笑)」

しっかりとした基礎を築いておけば、その後は幅広く応用がきくということなのだろう。

クルマが好きで、早く運転がしてみたくて免許を取得する人もいれば、生活する上で必要だから免許を取得する人もいる。クルマを運転することが楽しいと感じられれば何の問題もないが、運転に自信がなかったりして、いやいやながらクルマに乗っている人にしてみれば、移動時間は憂鬱なものなってしまう。

同じ移動時間であれば、楽しく過ごしたい。そういう意味でも、教習車を運転する教習生が、クルマに対して好印象を抱くかそうではないかは重要だ。そのうち、運転が嫌いな人は、自動運転車にしか乗らなくなってしまう時代が到来するかもしれない。自動車メーカーにとって、教習所でクルマ好きを増やせるかどうかは、将来の顧客を確保できるかどうかという問題に直結しているともいえるのではないだろうか。