日本の各地には多くの案内板がありますが、必ずしもすべてが多言語対応されているわけではありません。写真はイメージ(写真:muku/PIXTA)

筆者は日本各地で講演を行っているが、講演前後に必ず現地視察をするようにしている。外国人観光客目線で、この地域のどこが魅力的なのか、どこが観光客に受けそうか、そして何を改善すればいいのかを見つけ出すようにしているからだ。インバウンドの取り込みには、共通課題がいろいろとあることに気がつくが、いちばんの基本課題は、「正しい外国語案内」だ。

外国語案内は笑われるものではないはずだ

最近、中国のSNSだけでなく日本のテレビ番組まで、「面白すぎる外国語案内」などの話題を取り上げている。意味不明だったり、変な意味だったり、視聴者にとっては、「おかしい」と一笑に付すものにすぎないだろう。

筆者自身も、東京視察でも地方視察でも、「どういう意味??」「なんでこんな翻訳になったのかな!?」「全然違う!!」と思ってしまう中国語案内を必ず見つけてしまう。テレビのネタとしてはいいかもしれないが、せっかく外国人観光客へ向けた発信なので、「もったいない」と思う。そして、関係機関が連携してしっかり取り組む価値があると感じるようになった。

しかし、最初に言っておきたいのは、このように話題になるのも、間違いが多いのも、各地で外国人の受け入れに本格的に取り組むようになったからだろう。

今までは「一時的なものだから別に外国語案内を設置しなくてもいい」「(外国人観光客の悪いマナーを)我慢すれば、いずれいなくなる」と考えていたが、これからも外国人観光客が増えていく。そのためには、自発的な発信・案内が必要だと思うようになり、「外国語案内」が増えているのだ。

日本語は漢字・カタカナ・ひらがなが混在する言語であり、外国人観光客には理解しにくい(中華圏の人は一部の漢字がなんとくわかり助かる)。そのため多言語対応は必須だ。

どうして、おかしな外国語案内があふれているのだろうか。

今までの観光案内は日本人向けであったので、まず外国語に翻訳する必要がある。さらにマナー・やり方・文化など「暗黙の共通認識」部分は説明されていないので、外国人観光客向けに明示する必要がある。観光庁をはじめ、各地の観光振興機構も補助金を提供し、多言語対応に力を入れていることも後押ししている。

多言語対応はまだ発展途上

しかし、主に3つの原因で多言語対応はまだまだ途上だ。

第1は、汎用案内を事業者がインターネットの翻訳ツールで済ませていることだ。

多言語対応には、全国共通の「汎用案内」と特定のシーンで使う「専用案内」がある。


図 1 汎用的案内。トイレの使い方の案内。中国語の翻訳には文法、言葉の間違いが多く、混乱を招く一例(筆者撮影)

汎用案内は、図1に示すような「トイレの使い方」や「前に進んでください」などの方向案内、温泉の入り方などである。つまり、特定の場所でしか使えない案内ではなく、「全国/業界共通」の案内だ。

汎用案内について、ある事業者にヒアリングしたところ、インターネットの翻訳ツールを使い、そのままコピペをして印刷することがあるようだ。「意味が通じればいい」と考える人も多いが、意味さえ通じていない結果が多いため、安易に済ませられることではない。

一方、専用案内は、自社あるいは限られたシーンで使う案内である。


駅の「直進」案内の中国語翻訳は「まっすぐ前に走れ」となっており、笑いネタになっている(筆者撮影)

「そのまま置いてください」「食べ終わったゴミはこちらのごみ箱に持って来てください」といった細かい案内(指示)を指す。カスタマイズした内容が多いため、翻訳会社やネイティブの手助けが必要である。

実は観光庁は、「観光立国実現に向けた多言語対応の改善・強化のためのガイドライン」を発表している。

多言語での表記方法、対訳語一覧なども細かく書かれているが、その存在を知らない事業者が多い。情報共有の不足により、正しい外国語案内の情報が存在するにもかかわらず、間違いが多い自前翻訳をしているのではないだろうか。


専用案内。左の中国語の案内はグラスではなく「ガラスをテーブルにおいて」となっている。 右の中国語の案内は「食べた後のごみ」としか中国語で書かれておらず、こちらに持ってきてくださいという意味がわかりにくい (筆者撮影)

解決方法として、ガイドラインのわかりやすい解説書の出版、ホームページでのテンプレートの掲載が挙げられる。

ガイドラインなどの認知度が低いと思われるため、国がテンプレートを作成し、ホームページに掲載。自治体、DMO(デスティネーション・マネージメント・オーガニゼーションの略で、地域と協同して観光地域作りをする法人)、各種事業者に適切に周知を図っていくことが重要となる。また、業界共通の汎用案内に関するテンプレート作成ついても、国からの支援が望ましい。

誰もチェックしていない

第2に、翻訳内容を誰もチェックしていないとみられることだ。補助金を使い、翻訳会社に依頼するケースも増えているとみられる。

筆者が補助金を出す機構、補助金をもらう事業者に聞いたところ、ダブルチェック(第三者による翻訳の確認)を誰もしていないケースが多く、実際はチェックしようともしていないことがほとんどだ。

全国でいろいろな翻訳納品物をみてきた。完璧なアウトプットも多いが、「お金を出しているのにこれはひどい!」と心を痛めたことが何度もある。翻訳会社のレベルがわかりづらく、選定が難しいかもしれない。


ダブルチェックがなかったと思われる一例。自慢のオニオンスープは翻訳では「ニンニクスープ」になっている(筆者撮影)

翻訳を依頼する場合、「(外国語なので)自分がわからないから、お任せでいい」のではなく、ダブルチェックをしっかり実施する翻訳会社を選び、留学生、ネイティブ社員などの力を借りてさらにチェックを行ったほうが安心だろう。

第3に、「多言語案内=日本語から多言語への翻訳」と理解される方が多いだろうが、自分のルール、伝えたいことを外国人観光客に理解してもらうには、外国人観光客の国のこともある程度理解しておく必要がある。

例えば、読者のみなさんは、一部の中国人がトイレットペーパーを流さないことに対して不愉快に思っていないだろうか。日本では、トイレットペーパーをそのまま流すのは習慣、つまりマナーなので、そのまま流さないことはマナー違反になる。

しかし、中国では、トイレが詰まってしまう恐れがあるので、トイレットペーパーを流すのではなく、かごに入れることがマナーとなっているのだ。言い訳に聞こえるが、中国人は中国流のマナーにのっとって日本で行動すると、マナーが悪いと見られる。実は、国の習慣が違うだけだったのである。

最後に1つの好例を紹介したい。鳥取県東伯郡北栄町は、『名探偵コナン』の原作者でもある青山剛昌氏の出身地として有名な町だ。コナンファンが多い訪日中国人にとって、天国のようなところでもある。


青山剛昌ふるさと館(鳥取県)の例「<トイレットペーパー>は水に溶けやすいと書かれている」(筆者撮影)

青山剛昌ふるさと館もあったり、観光客誘致のためと思われるタクシー補助金もあったり、街全体でインバウンド消費を盛り上げようという意欲が高い。

青山剛昌ふるさと館に視察に行った際、トイレのマナー周知の案内文に、ピンク色に塗られた一言を見て、インバウンドの本気さ、つまり相互理解のレベルが高いことに感動した。

相互理解を深めることが基本

「トイレットペーパーをそのまま流してください」という案内/指示以外に、「トイレットペーパーは水に溶けやすいです」と丁寧に書いている。

つまり、中国ではトイレットペーパーが水に溶けないことを心配するので、普段は水に流さないことを理解したうえで、親切に説明しているのだ。この案内を見たら、中国人観光客も安心して流すようになるだろう。

外国人観光客の受け入れに、日本は少しずつ慣れてきているように感じる。自分が伝えたいことを正しく理解してもらうことは、インバウンド戦略のファーストステップとなる。汎用案内、専用案内それぞれ、国や地域・業界が連携して外国人観光客向けの正しい外国語案内整備を行うことが必要である。

さらに、効果的に伝えるには、外国人観光客の国情の理解も必要だろう。

相互理解を深めることこそ、日本ファンの育成、リピーターの確保につながる――これは、観光立国の基本である。