トヨタ自動車が5月8日に開いた2019年3月期の決算説明会で、豊田章男社長は「最大の脅威は、トヨタは大丈夫だと思うこと」と危機感をあらわにした(撮影:風間仁一郎)

日本企業で初めて売上高が30兆円を超えた。

トヨタ自動車が5月8日に発表した2019年3月期決算をメディア各社は概ね好意的に伝えた。売上高は前期比2.9%増の30兆2256億円、営業利益は同2.8%増の2兆4675億円で着地した(米国会計基準)。米中の2大市場が成熟し、メーカー各社の競争が激化する中で、ダイハツと日野を合わせたグループの世界販売台数は1060万台と前期比で16万台、1.5%増となった。

販売を牽引したのは何といっても中国だ。2018年の市場全体の販売台数は前年比2.8%減と28年ぶりに前年割れとなる中、トヨタは前期比14%増の148万台あまりを販売。ハイブリッド車(HV)の販売が伸び、レクサス車も関税引き下げの追い風を受けた。アメリカは販売台数こそ微減だったが、インセンティブ(販売奨励金)の抑制が収益改善につながった。


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5月10日までに国内乗用車メーカー6社が決算を発表したが、営業増益はトヨタと三菱自動車のみで、トヨタはほぼ独り勝ちだ。それでも、豊田章男社長は会見で「2019年3月期は積極的な投資が結構でき、未来に向けてトヨタのフルモデルチェンジに取り組んだ1年。良くも悪くもトヨタの実力を映し出した決算だった」と話し、謙虚な姿勢を貫いた。

トヨタは堅調、苦戦する日産とホンダ 

この1年間、自動車業界を取り巻く環境は厳しくなる一方だった。米中貿易摩擦による関税負担増や中国経済の減速、原材料価格の上昇に加え、各国で進む環境規制をクリアするためのコストも重くなっている。また、CASE(コネクティッド、自動運転、シェアリング、電動化)の新領域ではIT企業勢との競争も激化し、トヨタにしても膨大な開発費負担は免れない。

そんな中でトヨタは販売をテコ入れし、”お家芸”の原価低減を積み上げて増収増益を実現。売上高営業利益率は前期並みの8.2%を確保した。2020年3月期のグループ販売台数は中国が伸び、1074万台(同13.7万台増)と過去最高を更新する見通しだ。ただ、販売車種の構成変化に伴い、売上高は30兆円と前期比0.7%減の減収を計画。営業利益は原価低減による増益効果で2兆5500億円と同3.3%増の連続増益を見込む。

一方、かつてトヨタのライバルと目された日産自動車やホンダは苦戦している。

日産は5月14日に決算発表の予定だが、会社計画では2019年3月期の営業利益は3180億円と前期を4割以上下回る見通しだ。売上高営業利益率は2.7%にまで落ち込む。最大の要因はアメリカにおける収益性悪化にある。カルロス・ゴーン元会長が打ち出した「世界シェア8%」の目標達成に向け、販売台数を追い求めて高額のインセンティブを投入してきた後遺症に苦しんでいる。

ホンダもかつて推し進めた拡大路線の弊害を被っている。2019年3月期の売上高は過去最高となったが、営業利益は7263億円と前期を12.9%下回った。主因は4輪事業の不振だ。4輪事業の営業利益は2096億円と前期から約4割も減少。最大市場のアメリカでセダンの販売が減少したことや欧州における4輪の生産体制変更が響いた。


ホンダの八郷隆弘社長は5月8日、4輪事業の収益性改善計画を発表。今年6月で就任5年目に入るが、改革のペースを引き上げられるか(編集部撮影)

ホンダの4輪事業の営業利益率は1.9%とトヨタの4分の1の水準だ。生産能力が過剰である一方、生産の効率化が遅れていることがその理由だ。「体質強化を確実に進め、2025年までに4輪車の既存ビジネスを盤石にしたい」。ホンダの八郷隆弘社長は5月8日の決算発表に合わせ、4輪事業の収益改善策を発表した。

「シビック」などのグローバル車種の派生モデル数を2025年までに3分の1に削減し、生産能力は2022年に現在の555万台から約1割削減し、507万台とする。こうした取り組みで4輪生産コストを2018年に比べ1割下げ、4輪事業の営業利益率も7%水準を目指す。

トヨタとホンダの明暗を分けた平時の展開

ホンダが生産能力過剰に至った発端は、2012年に伊東孝紳・前社長が打ち出した「2016年度に四輪販売600万台」という数値目標にある。伊東前社長は2009年6月に就任。世界各地に新工場を作り、各地域に専用モデルを投入したが、開発を担う本田技術研究所はリソースが逼迫し、開発や生産の効率化が遅れる結果となった。

そのホンダの伊東社長と同じタイミングで2009年に社長に就任したのが豊田社長だ。豊田社長は「最初の3年間は、リーマンショック後の赤字転落、アメリカに端を発した大規模リコール問題、東日本大震災、タイの大洪水など危機対応に明け暮れた」と振り返る。就任して間もない2010年にアメリカの公聴会で品質問題について謝罪するという修羅場を経験。この後、平時に戻った後の展開がトヨタとホンダの今を左右することになる。

豊田社長は「競争環境が悪化した時でも着実に成長し続ける会社になるためには、とにかく競争力をつけなければならない」と考え、「年輪経営」を経営の軸に据える。2012〜2015年の3年間は「意志ある踊り場」と表現して改革に取り組んだ。短期的な生産・販売の拡大を求めることを一度やめ、新工場の建設も凍結する。

生産の効率化も進めた。代表的なものが2012年に発表した新しい開発手法「TNGA」(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)だ。TNGAでは車のサイズやカテゴリーごとに車の基本構造であるプラットホーム(車台)を絞り込み、部品の共通化も進めることで、開発効率を引き上げるのが狙いだ。TNGAは2015年発売の4代目プリウスを皮切りに導入され、適用車種は順次拡大している。

2015〜2019年の直近の4年間は「トヨタらしさ」を取り戻すべく、トヨタ生産方式(TPS)と呼ばれる生産ラインのムダを徹底的に排除する活動や、サプライヤーも一体になった原価低減活動を進めた。一方で工場新設も再開し、メキシコの新工場は今年稼働を計画する。2大市場の中国やアメリカでも生産能力の増強に動く。「意志ある踊り場」以降、ものづくりの手法を磨き続けたことで、今後控える生産能力の増強にスムーズに対応する力をつけられたことはトヨタの大きな収穫と言えるだろう。

ソフトバンクなど異業種との提携を深化

自動車の市場拡大にキャッチアップしていくこと以上に、トヨタがいま力を入れるのはCASEへの対応だ。「100年に一度の大変革の時代」「『勝つか負けるか』ではなく、まさに『生きるか死ぬか』」など豊田社長はこの数年危機感を露わにした言葉をいくつも口にしてきたが、CASEが念頭にある。

先進国では車に対する消費者の意識が「所有」から「利活用」へと急速に動き、カーシェアやライドシェアの市場が急拡大している。自動車産業の競争軸がサービス領域へとシフトすれば、車を開発・製造し、販売するという従来のビジネスモデルのままでは十分な収益を上げられなくなる。川上の部品メーカーや川下の販売店もCASEへの対応は必至だ。


トヨタは協業先のソフトバンクとともに、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)を展開する新会社「モネ・テクノロジーズ」を合弁で設立。モビリティのプラットフォーム構築を急ピッチで進めている(撮影:大澤誠)

豊田社長は2018年1月には「自動車メーカーからモビリティカンパニーへの変革」を宣言。異業種も含めた「仲間づくり」をキーワードにソフトバンクやウーバー・テクノロジーズなどと提携を深めている。5月8日の決算会見では、将来のあるべき姿として、「モビリティサービス・プラットフォーマー」という言葉まで豊田社長の口から飛び出した。

CASEの各分野での勝敗がつくのはこれからだが、現時点でトヨタの経営は盤石に見える。研究開発費(1兆0488億円)や設備投資(1兆4658億円)、株主還元(普通株配当と実施ベースの自己株式取得額合計、1兆1767億円)はそれぞれ年間1兆円を優に超える一方、8%を超える営業利益率を保っているからだ(数字はいずれも2019年3月期)。


2018年6月の「THE CONNECTED DAY」に登壇した豊田社長。コネクティッドの新技術を搭載した新型「カローラ スポーツ」(左)と新型「クラウン」をお披露目した(撮影:風間仁一郎)

豊田社長はトヨタにとって最も脅威になるものは何かと会見で問われると、「トヨタは大丈夫だと思うこと」と述べ、次のようにつけ加えた。

「日々いろいろな変化が起きている中で、これだけ大きな会社としてすべての変化に神経を研ぎ澄まして追随していこうとしているときに『社長、何を心配しているんですか』というのが、私にとっては一番危険な言動だ」。

戦うべき相手は「社内の慢心」

トヨタが戦うべきは「社内の慢心」であり、言うならば「内なる敵」ということだろう。それがはっきりしたのが今年の春闘だ。賞与の回答は夏しか出ず、冬については継続協議になった。その理由として経営側は「トヨタの置かれている状況についての認識の甘さ」を指摘し、現時点で年間の賞与を回答することは「時期尚早」とした。

直近の業績を見れば満額回答であっても何ら不思議はないが、そうした「常識」や「慣例」は慢心が生まれる温床にもなる。トヨタのある中堅社員は、「提携しているウーバーや(シンガポールの配車大手)グラブの仕事の進め方は驚くべき速さだ。この速さに食らいついていかないとトヨタの将来はない」と豊田社長が抱く危機感を共有する。

今年6月で就任10年となる豊田社長は「トヨタらしさを取り戻す風土改革は道半ばだ。企業風土や文化の再構築は私の代でできる限りやる覚悟だ」と語気を強めた。トップが危機感を伝えなくても社員が自律的に動く組織に変わり、「内なる敵」を克服することができた時、豊田社長の改革は成功したと言えるかもしれない。