「人脈を広げ、SNS活動に力を入れる。個人で稼ぐスキルを身に付ける努力をする」と語るシンヤさん(筆者撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

今回紹介するのは「フリーランスとしてランサーズ/クラウドワークスの案件受注にも挑んでいるが、まだ数百円の案件ひとつしか達成できていない」と編集部にメールをくれた、31歳の独身男性だ。

昼間のカフェ。7、8人の若者が、それぞれのパソコンに向かって作業をしている。学生風の若者や女性もいた。デニムにセーターといったラフなスタイルに、リンゴのロゴマークのMac製パソコン――。2017年の暮れ、シンヤさん(31歳、仮名)が知人に連れて行かれたのは、ある起業サークルのメンバーが集まる、都内の拠点だった。

「政治などあてにならない時代。だからこそ、人脈を広げ、SNS活動に力を入れる。個人で稼ぐスキルを身に付ける努力をするんです」

起業サークルとの出合いは、シンヤさんが“フリーランス”という働き方に、夢と希望を見出した瞬間でもあった。

フリーランスに行き着いた道のり

幼いころから、「空気が読めず、無自覚に場違いなことをする子ども」だったという。期限に間に合わなかった宿題を白紙で出したところ、教師から「これでは提出したことにならない」と注意を受け、驚いた。「期限までに出せと言われたから、(白紙でも)出す。それが正しい行動だと思っていたので」。


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首都圏の私大を卒業したのは、リーマンショックの直後だった。従業員10人ほどの会社に就職したものの、試用期間中に解雇。その後、公務員試験に挑戦したが、合格には至らず、今度は専門商社に入社した。ところが、ここも試用期間中に解雇されてしまう。

当時、先輩社員から「自分を強く主張しすぎるのはよくない」と言われたことを覚えている。専門商社では「理解できない専門用語が出てくると、そこにこだわってしまい、その後の会話についていけなくなることがありました」と振り返る。

続けざまに本採用を拒まれたこともあり、自分は発達障害なのではないかと疑った。半年ほど心療内科に通ったが、確定診断を受けることはなかったという。

その後、飲料水の自販機補充の仕事に就いた。パート社員で、毎月の手取り額は16万円ほど。「体を動かすルーチンワークは性に合っていました。休憩時間もあるし、残業代も付く。きつい仕事でしたが、言われているほどブラックじゃなかった」とシンヤさん。

しかし、次第に補充時の時刻記載や、指差し確認といった業務が追加されるようになった。補充ミスを防ぐための作業だと頭ではわかっていたが、「僕がミスしたわけじゃないのに……。作業は増えたのに、給料は上がらないことも不満でした」。ストレスからか、突発的な頭痛にも悩まされるようになり、結局、6年近く続けた仕事を辞めた。

自分は会社勤めには向いていないのではないか……。起業サークルと出合ったのは、ちょうど、そんなふうに思い始めたころでもあった。

シンヤさんはこの起業サークルに入会。ここ1年は週2回、セミナーに通い、「スモールビジネスの基礎やWebマーケティングの知識、フリーランスとしてのマインドセット」を学んでいるという。入会金は約20万円、セミナー参加料は1回800円。

「入会前に『本気の人しか、成功はできない。フリーランスとして食べていけるのは、(会員の)1、2割』と、ちゃんと説明してくれた。信頼できるサークルです」

さまざまな媒体が集まるスモールビジネス

スモールビジネスとは、文字どおり「小規模ビジネス」のこと。例えば、ネット上にサイトを作り、企業の商品を紹介してマージンを得るアフィリエイトや、動画の再生回数などに応じて広告料を得るユーチューバーなどがそれにあたる。

アフィリエイトビジネスや動画再生回数の伸ばし方などのノウハウを販売するコンサルティング業なども小規模ビジネスのひとつで、シンヤさんは「超ニッチな商品を作ってブログやツイッターで発信するんです。(起業サークル内には)好きなものを食べてやせるダイエット法とか、恋愛成就法といったノウハウの販売や、コーディネート代行ビジネスなどで利益を上げている人もいます」と言う。

シンヤさん自身は、ゲームの実況動画を毎日欠かさずにネットに投稿。セミナーで得た知識を生かし、総再生時間などを6倍に増やしたという。広告料を得られる仕組みをつくっていないので、実際の収入はゼロだが、「今後、起業するときの実績になる」という。

起業について学ぶ一方、シンヤさんはどのように生計を立てているのか。

いま、シンヤさんは、アメリカの配車サービス大手「ウーバー・テクノロジーズ」が展開する飲食宅配サービス「ウーバーイーツ」で配達員をしている。スマートフォンの専用アプリで依頼を受けた後、自家用車やバイク、自転車などで飲食店に行き、飲み物や料理を受け取り、注文をした人の所に届けるという仕事だ。会社と業務委託契約を結んだ個人事業主として、距離などに応じて配達1件あたり数百円の報酬を得る。

シンヤさんの月収は3万〜5万円ほど。貯金を切り崩しながらの生活だが、これでは1人暮らしは続けられない。このため、近く、書類などを自転車で配達する、いわゆるバイク便の仕事を始めるという。こちらも、個人事業主である。

「名ばかり事業主」に陥ってはいないか?

シンヤさんの話を聞きながら、私がひたすら疑問に思うこと。それは、ネットビジネスやバイク便といった仕事を個人事業主(フリーランス)として続け、はたして安定した収入を得ることは可能なのか、ということだ。


ウーバーイーツ配達員専用アプリの画面。「出発」をタップすると、 「依頼を受け付けます」という状態になる(筆者撮影)

起業サークルが言うまでもなく、アフィリエイトビジネスなどで成功する人はほんの一握りだ。また、ウーバーイーツ配達員やバイク便運転者をめぐっては、事故に遭ったときに労災保険が適用されないといったトラブルが、すでに各地で表面化している。労災保険が適用されない理由は、彼らが労働者ではなく、個人事業主だからだ。

ここで、「労働者」と「個人事業主」の違いについて説明したい。

労働者が会社と雇用契約を結ぶのに対し、個人事業主が交わすのは業務委託契約や委任契約。労働者には、最低賃金や残業代、有給休暇、労働時間などを定めた労働基準法が適用されるが、個人事業主には適用されない。個人事業主は社会保険料や交通費を原則自己負担する一方、自らの裁量で仕事量や報酬額を交渉、高収入を得られる場合もある。

一般的に、業務の依頼を断れなかったり、指揮監督の下で勤務時間や場所が決まっていたりする場合は「労働者性が高い」とみなされる。シンヤさんが近く始めるというバイク便運転者は通常、勤務場所やシフトがあらかじめ決まっており、厚生労働省も「労働者性がある」との見解を示している。にもかかわらず、実際の配達員の“身分”は労働者ではなく、個人事業主なのだ。

実態は労働者なのに、契約上は個人事業主――。こうした人々は“名ばかり事業主”とも言われ、かねて社会問題となってきた。トラック運転手や美容師、IT技術者などさまざまな職種にはびこる名ばかり事業主は、経営者にとっては法律に縛られない、「働かせ放題」も可能な労働力なのに対し、働き手は一方的な報酬カットや契約解除などのトラブルに遭うこともある。パートや派遣といった非正規雇用以上の究極の“不安定雇用”ともいえる。

ちなみに、経済産業省の「『雇用関係によらない働き方』に関する研究会」や、厚生労働省の「働き方の未来2035」といった報告書には、個人事業主の活用をうながす旨の記述がみられるほか、税制面でも個人事業主は減税となる。一連の働き方改革の下、政府は個人事業主を増やす方向へと誘導している。

シンヤさんも名ばかり事業主ではないのか――。私の指摘に対し、彼はこう反論した。

「(労働者を守る)労働基準法はもう古いと思います。人材が流動化する時代、それでは価格競争に勝てません。事故に遭ったとしても自己責任。それに、例えばアフィリエイトで稼げるようになれば、働かなくても収入を得られるわけですから、それは有給休暇と同じなんじゃないですか。交通費は、テレビ会議などを増やすことで節約できます。

“前へならえ”って、(戦前の)兵隊教育をマッカーサーが残したものだって、知ってますか。これは工場労働者や、上司に従順な会社員をつくるにはいいんですが、個人事業主という新しい働き方が増えていく、これからの時代には合わないと思います」。

シンヤさんはこうしたことを、起業サークルのセミナーで学んだという。しかし、有給休暇とアフィリエイトビジネスの仕組みを同列に語ることはできないし、“前へならえ”が連合国軍最高司令官マッカーサーの置き土産だという話は初耳である。私から見ると、知識不足と事実誤認なのだが、シンヤさんに言わせると「価値観の違いです」となる。

シンヤさんは、ホリエモンこと堀江貴文や、最近では絵本作家という肩書のほうが浸透している漫才コンビ・キングコングの西野亮廣の著作も読んだという。また、有名ブロガーたちの名前を挙げながら、努力をして毎月何百万円も稼いでいる人はいる、と訴える。

「無防備な個人事業主」が増えていく社会

「バイク便の仕事もセミナーの参加者から教えてもらいました。やはり、人脈は大事なんです。ベテランの中には、月40万円、稼いでいる人もいるそうです。でも、バイク便の仕事だけに頼っちゃダメです。(動画投稿などの)副業で稼げる仕組みをつくってリスク分散する。そうすれば、怪我や病気で収入が一時的に途絶えても問題ありません」

私はフリーランスという働き方を否定はしない。ずば抜けた才能を持った人や、組織になじめない人は存在するからだ。何より、私自身がフリーランスだし。

一方で、組織である「雇用する側」と、個人である「雇用される側」は決して対等ではない。この力関係が今後も変わらない以上、労働基準法をはじめとした労働関連法が雇用される側を保護し、雇用する側の暴走に歯止めをかけるのは当然のことだ。法律に守られない“無防備な個人事業主”を安易に増やす政策が行き着く先は、「ブラック企業」と生活困窮者があふれる社会だろう。

シンヤさんは、政治はあてにならない、だから、これからはフリーランスなのだという。個人事業主が増えていく――。それは、まさに政治の思惑どおりのシナリオでもある。

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