4月29日、ノエビアスタジアム神戸。ヴィッセル神戸は、Jリーグ王者である川崎フロンターレに0−2とリードを許していた。後半10分を回った頃だ。

 筆者はSNS通信アプリを使って、先日まで神戸を率いていたフアン・マヌエル・リージョにメッセージを送った。

「神戸は右サイドがほぼ存在していない」

 リプライは間髪入れずに返ってきた。リージョはすでにスペインへ帰国しているが、神戸の試合は欠かさずにライブで見ている。

「まったくだ。それも、ずっと前から」

 そのやりとりだけで、今の神戸の実像が見えるだろう。

 まず、選手たちは試合のなかで戦いを修正することができていない。士気は低く、先制されただけで戦意が落ちていた。そして吉田孝行監督はハーフタイムで、局面を改善することができなかった。

 リージョ時代、後半に流れを変える試合は少なくなかった。たとえばガンバ大阪戦。後半の反転攻勢で逆転した試合は熱さを感じさせた。松本山雅戦は先制を許し、敗れているが、後半は相手を滅多打ち。挑みかかる気迫を見せた。

 しかし川崎戦は、スイッチが入らないまま、1−2で敗れている。これでリーグ戦は4連敗。混迷は増す一方だ。


川崎フロンターレ戦で、チームメイトを鼓舞するアンドレス・イニエスタヴィッセル神戸

 神戸は何を支えに巻き返すことができるのか?

 今シーズン、リージョは第7節まで指揮を執って、ルヴァンカップも含め、10試合を戦い、3試合で敗れている。一方、吉田監督は3試合ですでに3敗。否が応でも、監督交代の矛盾が浮かび上がってしまう。

「なぜ、監督を代えなければならなかったのか?」

 チーム内に生まれた不信感を、選手たちが拭いきれずにいる。

 サッカーというスポーツはメンタルが著しく影響する。もともと実力者で、リージョの指導を吸収していた山口蛍、西大伍の2人は、動揺が顕著だろう。気の毒なほど、プレーに迷いが混じっている。また、リージョとの信頼関係を築いていたルーカス・ポドルスキも、精神状態が不安定なのは明白だ。

 チーム戦力は変わっていないし、戦略デザインも継承している。しかし、土台がぐらついているというのか、指揮官を失ったことで浮き足立っている。

 リージョの目指していたサッカーは、攻守両面で敵を凌駕する”王者の戦い方”だった。必然的に、肉体的にも精神的にも、高い強度のプレーを要求される。とにかくトレーニングの質が高かったが、そのディテールが選手に受け入れられた。

「サッカーがうまくなっている」という高揚感が、チームに活力を与えていたのだ。

 リージョのデザインを真似ることは誰にでもできる。しかし、細部を真似ることはできない。

「日本人選手は、仕掛けるドリブルはできる。世界的に活躍している選手も多い。しかし、『ボールを持ち運ぶ』というドリブルが少なすぎる。相手を誘い出し、引きつける。そうして相手を動かすことで、アドバンテージが生まれる」

 リージョはそんなディテールにこだわった。ポジションや距離感に細かく注文をつけた。

「とにかくボールをつなげ、ラインを上げろ」というのは指示ではない。選手が心酔したのは細部だった。閃きを与えられた。

「リージョを解任するなんて、もったいない!」

 神戸以外のチームの選手たちでさえ驚いたほどだった。神戸の選手にとっては、失望に近かったはずだ。

 もっとも、残された選手たちは前を向くしかない。

「選手はプロとして、1日1日の練習に向き合うだけ」

 ある神戸の選手は、この状況にそう洩らしている。

 川崎戦後のミックスゾーンに、アンドレス・イニエスタが姿を現し、記者たちに対応している。主将であるとはいえ、不甲斐ない4連敗の後だけに、ノーコメントを貫くこともできただろう。マイクの前で毅然と話したのは、ひとりの選手として「どうにか打開しないといけない」という責任感の発露に違いない。

「ともに戦おう!」

 イニエスタはチームメイトたちに向け、励まし合うようなメッセージを送信しているという。

「アンドレスが言うんだから」

 そう発奮する選手も少なくはないはずだ。不条理を嘆いてばかりはいられない。どんな苦境であれ、全力で挑むしか道はないのだ。

 5月4日、12位の神戸は敵地に乗り込み、7位の北海道コンサドーレ札幌と対戦する。勝てば、再び上位を狙える。しかし、負けた場合は残留争いに引き込まれる。チームは試練の時を迎えている。