トライアウトを終え、客席に頭を下げる選手たち(筆者撮影)

NPB(日本プロ野球機構)の各球団は、翌年の支配下登録をする予定の選手名簿(契約保留選手名簿)を11月末日にNPBに提出する。今年の支配下選手で、この名簿に掲載されていない選手は「戦力外」となる。

「NPB12球団合同トライアウト」とは何か?

戦力外となった選手は引退するか、現役続行かの選択に迫られる。現役続行を決意した選手には、海外や独立リーグ・社会人野球などでプレーする道も残されているが、NPBの他球団との契約を希望する選手は、何らかの方法で他球団に実力をアピールしなければならない。


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かつては、秋季キャンプや球団の施設に選手を呼んでテストをしていたが、戦力外選手により多くのチャンスを与えようと、2001年から「12球団合同トライアウト」が行われるようになった。

2014年までは東西2カ所で実施されたが、2015年からは各球団が持ち回りで開催している。

今年は11月13日に、福岡ソフトバンクホークスの二軍本拠地タマホームスタジアム筑後で行われ、48人が参加した。


トライアウト当日は天候にも恵まれた。タマホームスタジアム筑後は福岡県筑後市津島にある(筆者撮影)

この催しはいわばプロ野球選手の「再就職フェア」のようなものではあるが、その現実は非常に厳しい。

シーズン終盤になると、各球団では、来季の構想から外れる選手が内々にリストアップされる。各球団の支配下選手の定員は「70人」と決まっているためだ。ドラフトで獲得を目指す選手の数だけ、席を空けなければならない。支配下を外れた選手は「育成選手」として再登録することもあるが、「育成枠」は若手でキャリアの乏しい選手のステ-タスだ。中堅以上の選手は戦力外にせざるをえない。

そのリストが固まると、球団の編成担当は選手本人にそれとなく意向を打診する。また、他球団とも情報交換をして移籍の可能性を探る。

シーズン終盤に、二軍にいる中堅、ベテラン選手が二軍戦に出場することがあるが、これは他球団の指導者や編成担当へのプレゼンテーションの意味合いがある。

レギュラーシーズンが終わると、2回に分けて戦力外通告期間が設けられる。これによって、来季の「支配下登録選手名簿」から漏れる戦力外選手が明らかになる。

それなりの実績がある選手は、すでに他球団への移籍が「内定」している場合がある。そこまでいかなくても、好感触を得ている選手もいる。そういう選手は原則としてトライアウトは受けない。

トライアウトに参加するのは、こうした内々のオファーがない選手だ。中には、球団から声がかかっているが、一応トライアウトを受けるという選手もいる。だが、大部分は、わずかな可能性に懸けて、トライアウトに挑んでいる。


トライアウト前に集まって説明を受ける選手たち(筆者撮影)

トライアウトには毎年50人前後が挑戦するが、NPB球団に移籍が決まるのは2〜3人にすぎない。多くの選手にとっては、これがプロのユニフォームを着て野球を披露する最後の機会になる。

大物選手の参加で大盛況の2018年トライアウト

今季のNPB各球団は、実績ある大物選手に次々と戦力外を通告した。本来、そうした大物は、早々に移籍先が決まる。

だが今季は、首位打者・最多安打のタイトルを取った西岡剛(阪神)や、最優秀防御率1回、通算96勝の成瀬善久(ヤクルト)、横浜(現・DeNA)で3割を打った吉村裕基(ソフトバンク)などのスター選手もトライアウトに参加した。

これはNPB各球団が「若手育成」へと大きく舵を切ったことの表れだろう。

人気選手が出るということもあって、今年のトライアウトは満員札止めの盛況となった。今年の主催球団であるソフトバンクは、遠隔地からくるファンの席を確保するために3000席の半分の1500席を800円でネットで予約販売した。トライアウトで有料席が設けられたのはこれが初めてだ。当日までに完売した。


観客席は満員札止めだった(筆者撮影)

トライアウト人気が高まっているのは、TBS系列のドキュメンタリー番組「プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達」の影響も大きい。戦力外を通告された選手の苦悩、不安におののく家族、そして再起のドラマには、身につまされる視聴者も多く、スピンアウト番組も作られている。

今年のトライアウトでは客席内に家族席が設けられたが、あちこちでTBSの取材パスを首から下げたスタッフが、小型カメラで家族の表情を追いかけていた。

トライアウトそのものは、単調で地味な催しではある。投手組と野手組に分かれ、投手組は3人の打者を相手に投げる。打者は4〜6人の投手と対戦する。時間短縮のため、ノーアウト、カウント1-1の設定で行われる。インターバルは短く、流れ作業のように、淡々とテストが行われる。

客席には応援団はいない。しかし観客は、好プレーが出ればどのチームの選手であっても惜しみなく大きな拍手を送る。トライアウトに来ているファンは、本当に野球が好きなのだと実感する。

地元ソフトバンクの選手が登場すれば、歓声はひときわ大きくなる。中でも城所龍磨には「まだやれる!」「元気出せよ」と胸が熱くなるような声援が飛んでいた。

彼らのプレーを凝視するのが、バックネット裏に陣取ったNPB各球団の関係者だ。彼らは「まだ使える」選手を見つけようと一つひとつのプレーを注視している。3回目の復帰をした巨人、原辰徳監督によって一軍内野守備兼打撃コーチに招聘された元木大介氏の顔もある。

また、バックネット裏には独立リーグの監督、社長、GMなども集まっている。こちらはNPBの選から漏れた選手を中心選手として獲得しようとしている。

さらに、社会人野球の関係者の姿もある。最近は、プロアマの垣根が低くなり、元プロ選手が社会人で選手や指導者として一働きすることも珍しくなくなった。警視庁野球部の石川伸次監督の姿もあった。屈強な元プロ野球選手は警察官としても有望だ。これまで3人の元プロ選手が試験を受けて、警視庁の警察官になっている。そのうえで警視庁野球部の野球選手としても期待をかけている。

MLB(メジャーリーグ)関係者の姿もある。サンディエゴ・パドレスのアドバイザーである斎藤隆氏は、現地のスタッフとともにグラウンドを見つめていた。

客席には、世界各国で野球ナショナルチームの監督を歴任してきた色川冬馬氏(TOMA Global Education代表)の顔もあった。色川氏はテストを受けた選手の中から、海外でプレーをしたり、野球指導をする人材を発掘したいと考えている。

ここまでは「野球」というくくりの中でのセカンドキャリアの関係者だ。しかし、最近のトライアウトは、数年前には考えられなかった展開を見せつつある。

選手の「出待ち」をするビジネスマンたち

トライアウトでは野手組は基本的に終了まで残って打席に立ったり守備に就いたりするが、投手組の中には自分の出番が終わると関係者にあいさつをして、先に帰る選手がいる。

球場の外にはファンがサインをもらおうと出待ちしているが、ファンとともにスーツ姿のビジネスマンと思しき人の姿が球場エントランス付近に何組もたむろしているのだ。

ユニフォームから私服に着替えた選手が出てくると、ビジネスマンたちは駆け寄って紙袋から書類を出して手渡したり、名刺を渡したりする。彼らは一般的な民間企業の経営者や採用担当者なのだ。


トライアウトを終えた選手に話しかける人事担当者(筆者撮影)

数社と名刺交換をしたが、社名は伏せてほしいとの要望だった。

「元プロ野球選手は、優秀な人材だと聞いて、今年初めて参加しました。彼らは厳しい競争に耐えてここまできています。普通の人では経験できないことも経験しています。獲得できるかどうかわかりませんが、コネクションを作りたいと思います」と、東京の専門商社の営業企画室社員はこう語った。

「何と言っても、ネットワークが魅力ですね。野球選手がここまで来るまでには、多くの人とかかわっています。周囲の人の応援があってここまできたわけですから、それだけの人望もあると思います」

大手生命保険会社の東京エリアの営業所長も続ける。この生保会社は、九州エリアの担当者も来ていた。彼らも「ネットワークが魅力、うちは特に九州出身の選手にアプローチしたい」と語る。

別の大手損害保険会社の東京エリアの営業所長は、「今度、営業所を新設して所長になりました。うちの営業所にぜひ、元プロ野球選手がほしい。彼らは厳しい上下関係の中で育ったから礼儀正しいし、規律を重んじます。それに優秀です」と語った。

筆者は「学歴は関係ないのか」と聞いたが、一様にかえってきたのは「学歴よりも実力が大事だ」という答えだ。

また、20代前半の若手選手ではなく、30歳前後の選手のほうがいいという。世の中をある程度知って、人間関係もできているからだ。「即戦力ですよ」という答えだった。

「野球だけでなく、ラグビーやサッカーなどいろんなスポーツ選手に声をかけています。私もセカンドキャリアでは苦労しましたが、彼らに活躍の舞台を与えてやりたい」と語る。大阪の警備会社の社長は、スポーツ選手だった自分自身に重ね合わせる。

広がりつつあるプロ野球選手上がりのセカンドキャリア

数年前まで、プロ野球選手のセカンドキャリアと言えば、アマ野球の監督・コーチ、球団職員、飲食店などの自営業くらいしかなかった。

有名企業への就職など考えられなかったが、少子高齢化が進み、人材難が深刻化する中で、エリートアスリートである元プロ野球選手は、体力だけでなく、経験値、知力、人間関係力などを高く評価されるようになっているのだ。


球場の外のホワイトボードにはファンからのメッセージが掲出されていた(筆者撮影)

この背景には、プロ側の「教育」の成果もあるだろう。高校、大学と野球漬けで、野球しか知らないままプロ入りした選手の中には、自己管理ができず不祥事を起こす選手もいた。コンプライアンス意識が高まる中、球団は若手選手の再教育に力を入れている。

プロ野球は、昔のように「上意下達」の軍隊式の組織ではなくなりつつある。あいさつなど社会常識を身に付けさせ、メディアへの対応も学ばせる。またプライベートでも生活習慣を改めさせ、自律できるように指導するようになった。

また球団だけでなく、プロ野球選手会も「セカンドキャリア」へ向けた教育に力を入れるようになっている。

プロ野球選手による野球賭博などスキャンダルも起こってこそいるが、総体的にはプロでの教育が、プロ野球選手上がりのイメージを変え「優秀な人材」という認識を生みつつあるとは言えるのではないか。

野球で流した汗や涙は無駄にならない

もちろん、トライアウトに臨む選手たちの脳裏に「商社」「生保」「損保」「警備保障」などの言葉は容易に入ってこないだろう。

彼らは小さいころから野球一筋にやってきた。

そのかいあってプロ野球選手になった。「戦力外通告」は、これまでの半生が瓦解するようなショックだ。ストライクが入らなくて顔をしかめ、指先で目をぬぐいながらマウンドを降りる投手にとって、「野球界で生き残る」ことがすべてではあろう。

しかし、野球だけが人生ではない。野球選手として重ねてきた努力が、別の世界で花開くとすれば、流した汗や涙も無駄にならないというものだ。

終身雇用・年功序列は崩れたとはいえ、依然として雇用の流動性が低く、とかく息苦しく堅苦しい日本社会で、プロ野球選手のセカンドキャリアに光明が見えたことは、筆者にとってもことのほかの朗報のように感じられた。

(文中一部敬称略)