作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめたラジオ番組「村上RADIO〜秋の夜長は村上ソングズで〜」が、10月21日(日)にTOKYO FMにて放送されました。この番組では村上さん自らディレクターもつとめ、リスナーに“聴いてもらいたい曲”をかけています。秋の夜長にぴったりな選りすぐりの8曲と、オープニングテーマ、エンディングテーマを合わせて全10曲をお届けしました。そのなかから後半の3曲とエンディングテーマの解説についてお話しされた概要を紹介します。

「村上RADIO〜秋の夜長は村上ソングズで〜」収録時の風景



◆「Get Back」(大西順子)

村上:ビートルズの「ゲットバック」のジャズ版カバー。歌っているのはジャリーサ+大西順子。青山に「Body & Soul」というジャズ・クラブがあって、そこに何度か順子さんを聴きにいきました。一度ピアノの後ろの低い席になったことがあって、演奏がノッてくるとそのお尻がものすごくスウィングするんです。最初は面識がなくてただ聴いてるだけだったけど、何度か通ううちに紹介されて話すようになりました。昔のジャズが熱かったころの魂を持っている人で、妥協がない。うまい人はたくさんいるけど、魂を変わらず持っている人はそんなにいないですね。彼女は、その意味で貴重なミュージシャン。魂をどういうふうに定義するかは難しいけど、聴いて感じるしかない。とにかく、この曲の真ん中で入る大西さんのソロがノリノリで最高。オリジナルのビリー・プレストンなんてあっちいけ!という感じです。

順子さんは何年か引退してピアノを弾いていない時期があったんです。そのころ、最後のライブがあったんだけど、小澤征爾さんが「聴きたい!」というので、厚木のすごく狭い小屋に一緒に行きました。途中で大西さんがステージで「これで引退します」と言ったら、征爾さんが立ち上がって「引退するな!」と。(『小澤征爾さんと音楽の話をする』文庫版にその時の様子が収録されている)
ライブは好きです。実際に行って聴くのが一番いい。僕もまたジャズ・クラブをやりたいですけどね。ピアノを置いて、実際にミュージシャンが演奏できるところ。

◆「The Last Waltz (live)」(Engelbert Humperdink)

村上:エンゲルベルト・フンパーディンク「ラスト・ワルツ」。1967年にヒットした有名な曲ですが、今日かけるのは2000年のライブ盤。場所はロンドンのパラディウム劇場です。この曲は途中でフンパーディンクが歌うのをやめて、バックバンドもピタッと演奏をやめて、あとは聴衆の合唱になります。これがなにしろ素晴らしい。人々の熱いフンパーディンク愛が場内に満ちていて、いつ聞いてもいいなあと感心します。

そう、ここでバンドもやめるんだよね。すごいでしょ。ふふふ。
トム・ジョーンズとエンゲルベルト・フンパーディンク。当時、青年の僕は、もっと熱いものが好きだったから、ああいう演歌調のものはあんまり好きじゃなかったけど。でも最近は寛容になったかな、笑。エンゲルベルト・フンパーディンクは実在するドイツ人の作曲家の名前だし、トム・ジョーンズも同名の小説家がいます。当時、変なやつらが出てきたなと妙に感心しました。

村上さんは曲の解説の合間に、猫たちとのエピソードも語ってくれました。

僕は一人っ子で兄弟もいなかったから、昔から本と音楽と猫が友だちだった。国分寺にいるころ、ほんとにお金がなくて暖房もなくてね。猫が2匹ぐらい家にいた。風通しがよくて、冬は寒い一軒家で、猫も寒いんです。だから猫と一緒に絡み合って暖かくして寝てた。うちの猫が近所の友だちを連れてくるから、気が付くと布団の中に4匹くらいいることもあってね。でも暖かいから歓迎してみんなで寝てた。お互い助け合って生きてたから。

◆「La Vie En Rose」(Louis Armstrong)
「La Vie En Rose」(Jack Nicholson)
 
村上:ジャック・ニコルソンが「バラ色の人生」を唄うんですが、これがうまい。さすがに芸達者で本当に感心しちゃいます。最初にルイ・アームストロングがざっと歌って、続けてニコルソンの歌になります。ずいぶん雰囲気が違う。これは2曲とも映画「Something’s Gotta Give」のサントラ版に入っています。ジャック・ニコルソンとダイアン・キートンが主演していて、日本題は「恋愛適齢期」っていったかな。いいですね、秋ですねぇ。

(エンディングテーマ)
◆「Early Autumn」(NICOLAS MONTIER)
村上: クロージングテーマには「アーリー・オータム」、初秋。ウディ・ハーマン楽団の曲で、スタン・ゲッツが絶妙なソロを吹いて、1950年にヒットしました。ここではフランス人の若いテナーサックス奏者ニコラ・モンティエが、ほとんど同じアレンジメントにかぶせてソロをとっています。ゲッツの向こうを張るというか、なかなかしっかり聴かせます。

番組の最後に、村上さんが好きな言葉について語ってくれました。

【僕の好きな言葉】

村上:今日の最後は、スタン・ゲッツの言葉です。

「僕の中には強いバネのようなものがあって、それが僕を無意識のうちに、パーフェクトな音楽の高みにまで、はね飛ばしてくれるんだ。そしてその高みのために、僕は人生の他のすべてを犠牲にしてきた」

美しい音楽は素晴らしいものだけど、その達成の裏には多くの場合、崖っぷちでの危うい魂のせめぎあいがあります。アレサ・フランクリンの場合もそうだったけど、音楽を音楽として楽しむのと同時に、僕らはその裏にあるもののことをやはり忘れてはいけないんでしょうね。

ということで、今日はここまで。
またそのうちにお会いしましょう。

この記事で紹介できなかった選曲やほかの内容は、以下の記事よりチェックできます。
▶▷村上春樹がラジオに再登場! 「ほかの番組ではあまり聴けない曲を…」 https://tfm-plus.gsj.mobi/news/6JFXHuOpIu.html
▶▷村上春樹「MAROON5の歌詞、訳してみました」…ラジオで訳詞の朗読も https://tfm-plus.gsj.mobi/news/GXKpOxpDRs.html
▶▷村上春樹「自分の作品は読み返したことがない」…その理由は? https://tfm-plus.gsj.mobi/news/M1hmComvYY.html

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聴取期限 2018年10月29日(月) AM 4:59 まで
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<番組概要>
番組名:村上RADIO〜秋の夜長は村上ソングズで〜
放送日時:2018年10月21日(日)19:00〜19:55
放送局:TOKYO FMをはじめとするJFN系列全国38局ネット
パーソナリティ:村上春樹
番組Webサイト: http://www.tfm.co.jp/murakamiradio/