10月11日に開場する豊洲市場。ようやく開業にこぎ着けたが、課題は山積している(撮影:尾形文繁)

日本最大の中央卸売市場である東京都の築地市場が10月6日に最終営業日を迎え、移転先の豊洲市場が11日に開場する。7日からの4日間で約900に上る関係事業者の引っ越しが一斉に行われる。豊洲市場開場と同時に、都は築地市場の解体工事に着手する予定だ(築地場外市場はそのまま営業を継続)。

1935年の開場以来、83年を経過した築地市場は、過密・狭隘・老朽化の度を増し、物流や品質管理などの市場機能を維持していくうえで限界が指摘されてきた。

豊洲市場は、生鮮品の低温物流(コールドチェーン)に対応した閉鎖型構造であり、屋根と柱だけで壁のない開放型の築地市場に比べ高温・風雨の影響を受けにくい。また、築地市場の1.7倍(約40万平方メートル)の敷地面積を持ち、売り場のすぐ近くに駐車場や荷さばき場を確保するなど、効率的な物流・品質管理を実現する最新鋭の水産・青果市場という触れ込みで整備されたものだ。総投資額は土壌汚染対策を含め約6000億円に上った。

「過去のことは水に流して前を向きたい」

「都庁移転のときも大変な騒ぎだったが、その何十倍の騒ぎになったのがこの市場移転。やっとここまできた。過去のことは水に流して前を向いていきたい」(豊洲市場のある江東区の山崎孝明区長)。「今、ようやくここにたどり着いた。これで堂々と大手を振って、この市場に入っていくことができる」(伊藤裕康・築地市場協会会長、東京都水産物卸売業者協会会長)。9月11日に開かれた豊洲市場開場記念式典で関係者がそう感慨深げに述べたように、ここまで来るには幾多の紆余曲折があった。

築地市場の移転や現地再整備が議論され始めたのは50年前ごろだが、1991年にはいったん現地再整備に決まった。が、営業を続けながらの再整備は工期と費用がかかりすぎるため工事は中断。石原慎太郎・都知事時代の2001年に豊洲への移転に決定した。

2008年、東京ガスの工場跡地だった移転予定地の土壌から環境基準の4万倍を超すベンゼンを検出。都は土壌汚染対策の専門家会議が提言した「敷地全体の盛り土」を行ったうえで移転する方針を決め、2011年に用地売買契約を締結する。2014年には汚染対策を完了し、建設工事に着手。延び延びだった移転時期も、2015年7月に「2016年11月7日」と決定された。

ところが、都知事に就任した小池百合子氏は2016年8月、「土壌の安全性に懸念が残る」などとして移転延期を表明。同9月には豊洲市場の主要建物下で盛り土がされていなかったことが表面化し、その後、地下水から環境基準の最大100倍超のベンゼンも検出された。小池氏は関係者を処分するとともに汚染対策の専門家会議を再設置した。

2017年6月、同会議が「地上にある市場は科学的・法的に安全。地下は追加安全対策が必要」との報告書をまとめたのを受け、小池知事は追加安全対策を行ったうえで市場を豊洲へ移転する一方、築地は5年後をメドに食のテーマパーク機能を有する一大拠点として再開発するという基本方針を発表。これには豊洲市場内の観光施設の事業予定者など各方面から反発も出たが、都は同12月に移転予定日を「2018年10月11日」と正式決定した。

追加安全対策については2017年10月から地下空間床面のコンクリート敷設や換気設備設置、地下水管理システムの機能強化などの工事が行われ、2018年7月に完了した。小池知事は専門家会議による確認を受け「安全宣言」を行い、翌8月1日、都は農林水産大臣に開設認可を申請。そして9月10日に正式認可されたというのが大まかな経緯である。

連絡通路を通って両棟を行き来する

 ただ、関係者の間には新市場の開業を不安視する向きが依然として多い。ここでは豊洲市場が抱える問題点を3つ指摘しよう。

物流は本当に効率化するのか

豊洲市場は立体構造であり、荷物に上下の移動が加わる。また、水産卸売場棟と水産仲卸売場棟の間には都の補助315号線が走っており、両棟をつなぐ連絡通路を通って行き来する必要がある。

大手卸会社や仲卸業者らはこれまで何度も場内物流の習熟訓練を行い、基本の動線をチェックしてきた。ただ、「実際にそのときになって大量の荷物を動かしてみないとわからない」(水産卸大手幹部)。何しろ市場内ではターレ(電動の小型運搬車)やフォークリフトが約2600台も動き回る。しかも開場翌月の11〜12月には取引が集中する繁忙期を迎える。ここを円滑にこなせるかが当面の正念場となる。


豊洲市場から見た環状2号線。この先の築地市場の工事が遅れ、未供用となっている。11月に暫定迂回道路が開通し、都心とつながる予定(撮影:尾形文繁)

場外物流にも不安が残る。築地市場跡地を通り都心と豊洲新市場などがある臨海部を結ぶ「環状2号線(環2)」は、市場移転延期の影響で完成が遅れている。都は市場移転後1カ月以内に築地市場近辺を通る暫定迂回道路(片側1車線)を整備することでとりあえず全線開通させ、築地跡地を地下トンネルでくぐる本線(片側2車線)は2022年度に開通させる方針。

市場関係者の間では「開場当初1カ月は環2が使えず、晴海通りなどで渋滞が激化し、物流に支障が出るのではないか」(水産卸大手)と危惧する声は少なくない。その後も当分は片側1車線の暫定道路部分がボトルネック(隘路)となり、慢性的な渋滞が続きかねないとも指摘される。

都は高度で効率的な物流機能を豊洲市場最大の利点の1つに挙げているわけだが、開業早々からその物流面で試練に直面する可能性がある。

止まらない取扱高の減少傾向

豊洲市場にとり中長期的かつ最大の難題といえるのが、取扱高の減少傾向にどう対処していくかだ。


築地市場の水産物と青果を合わせた取扱高(重量ベース)は2002年には約101.4万トンだったが、2017年には64.7万トンと15年間で36%減少している。水産物に限れば、63.7万トンから38.5万トンへ40%の減少だ。

金額ベースで見ても、水産物・青果合計で2017年が5157億円で2002年比18%減、水産物のみでは2017年は4277億円で2002年比20%減となっている。こうした減少傾向は他の中央卸売市場である足立市場や大田市場などでは一段と加速しているのが実情だ。

魚介類の消費量はピーク比4割も減少

背景にはまず、人口の高齢化や食生活の変化などに伴う消費量の減退がある。農水省の調査によると、国民1人当たりの魚介類の年間消費量は2001年度の40.2キログラムをピークに2016年度は24.6キログラムまで4割近く落ち込んでいる。1人当たりの野菜の年間消費量も2001年度の101.5キログラムと比べ、2016年度は89.0キログラムと12%減となっている。今後は人口減少が加速することを考えると、国内の総消費量は減少に拍車がかかる可能性が大きい。

もう1つには、卸売市場を経由しない「市場外流通」の比重拡大がある。農水省の調べでは、国内で流通した加工品を含む国産および輸入の物品のうち卸売市場を経由したものの数量割合を示す卸売市場経由率(重量ベース)は、水産物では1980年の85.5%をピークに2015年には52.1%まで低下している。青果でも1975年の87.1%から2015年には57.5%まで下落した。つまり、国内流通の半分近くが市場外流通になってきている。


市場外流通が増えた要因としては、卸売市場があまり取り扱わない輸入加工品の流通量拡大に加え、産地と小売業・外食業者の直接取引(産直)やインターネット通販、「道の駅」を含めた産地直売所による販売など、生鮮食品の流通チャネルが多元化したことがある。

全国の生産者と提携して青果を集荷し、スーパー内の直売所で受託販売する農業総合研究所(2007年設立)や、全国の産地から仕入れた水産物をネット経由で飲食店向けに販売するフーディソン(2013年設立)などの新興企業も台頭している。ITや鮮度管理などの技術革新が市場外流通の拡大を後押ししているともいえる。

こうした卸売市場にとって厳しい環境の中、国内最強のブランド力と伝統を誇ってきた築地市場が閉鎖され、豊洲市場へと変わる。確かに設備などハード面は広く、新しくなったが、それだけでは取扱量の減少に歯止めをかけ、新たな「豊洲ブランド」を築くのは難しいだろう。

拡大する海外市場の開拓を含めた国際戦略、アマゾンや楽天など国内外IT系企業とのアライアンス戦略、豊洲を世界へ発信するブランドマネジメント戦略など、都の公共事業の枠を超えた革新的な事業戦略がなければ、永遠に赤字を垂れ流し続けることになりかねない。

築地再開発とどう両立するか

最後の難問は、観光拠点としての築地再開発と豊洲市場との両立だ。 

築地市場について都は、豊洲移転後すぐに解体工事に着手する予定。そして五輪が終わって環2本線トンネル開通後の2022〜2023年度に再開発に向け着工したい考えだ。

「千客万来施設」との競合

問題は再開発の中身。都が設置した有識者会議が今年5月に報告書を発表したが、「戦略的な交通結節点の形成」「段階的な整備」「ブランド価値の再構築」など基本的な考え方をまとめただけ。具体的方針は都が今年度中に固めるとしている。

築地再開発を巡っては、小池知事が昨年6月に「食のテーマパーク」などに再開発すると言及。これに対し、豊洲市場の観光拠点として整備する「千客万来施設」の運営事業者「万葉倶楽部」が自社の計画と競合するとして猛反発した。

結局、都は築地再開発にあたって千客万来施設との両立や相乗効果に十分配慮するとともに、千客万来施設が2022年末にできるまでの間、都が豊洲のにぎわい創出に取り組むことで今年8月末に万葉倶楽部と合意。だが、知事の生煮え発言によるドタバタのおかげで、千客万来施設の整備は当初予定よりさらに大幅に遅れることになった。


築地市場の全景。立地は抜群、外国人旅行者も数多く訪れる(記者撮影)

しかも、両立がうまく行くかは不透明だ。「食のテーマパーク」という表現は撤回されたものの、再開発後の築地市場は既存の場外市場と合わせ、引き続き日本の食文化の発信基地、一大観光拠点としての発展が期待されている。豊洲市場の観光拠点との一定の競合は避けられないだろう。

築地市場は銀座から徒歩でも15分程度という好立地であり、地下鉄などのアクセスもいい。対する豊洲市場は現状、鉄道は新交通ゆりかもめの「市場前」駅があるのみ。東京メトロ有楽町線の延伸構想があるが、事業計画の策定はこれからだ。「築地に比べてやや辺鄙なところにある豊洲に人が集まるのか。人材採用の面でも心配だ」と大手卸会社幹部は語る。

小池都知事は「築地は守る。豊洲を活かす」という聞こえのいいフレーズで両立を唱えているが、求められているのは具体的なビジョンと戦略である。

「今もって多くの関係者が納得していない」

さまざまな課題を抱える豊洲市場。現状では、予定どおりに開場することも100%確定的とは言えなくなっている。

9月19日、築地市場の水産仲卸業者とその家族ら56人が都を相手取り、豊洲への移転差し止めを求める仮処分を東京地方裁判所に申請。同時に移転差し止めを求める訴訟も提起した。記者会見した原告弁護団団長の宇都宮健児弁護士は、「土壌汚染問題が解決されておらず、食の安全・安心が確保されていない」と述べ、原告団の1人で築地女将さん会の山口タイ会長は「築地市場の移転は今もって多くの関係者が納得していない」と語った。


9月19日、都に対し豊洲への移転差し止め訴訟を提起した原告団(記者撮影)

原告側が強調するのは、都は豊洲移転の条件として土壌や地下水の汚染が環境基準を下回る「無害化」を約束したのに、それを反故にして移転を強行しようとしているということだ。

直近6月の地下水調査では汚染対策後で最大となる環境基準の170倍のベンゼンを検出。海抜1.8メートル以下で維持管理するとしていた地下水位も多くの観測井戸で達成できておらず、新たな盛り土が再汚染された疑いも出ている。加えて、豊洲では東日本大震災時に液状化による噴砂現象が多発しており、将来、首都圏で直下型大地震が発生すれば汚染物質が噴出し、地上の安全も脅かされると主張する。

最近でも盛り土部分の地盤沈下を原因としたひび割れが敷地内で露見。しかも都は昨年秋に確認していたのに「市場の使用に問題はない」として公表していなかった。都は開場認可翌日の9月11日に「あらかじめ報告すべきだった」と業者側に謝罪。あらためて点検を行うと、新たに10カ所のひび割れや段差が見つかった。

築地女将さん会が今年3〜4月に水産仲卸業者の全535社を対象に行ったアンケート調査では、回答した261社の約7割が豊洲への移転中止・凍結を求めていたという。近年、豊洲への市場移転を前に廃業する仲卸業者も増えており、「仲卸の目利き力」を核とする築地ブランドの価値低下を嘆く声も聞かれる。

開場予定まで、もうわずかというタイミングではあるが、東京地裁はいつ、どのような判断を下すか。判断内容のいかんを問わず、今回の提訴は豊洲への移転に多くの課題が残されていることを物語っている。