首都圏「私鉄通勤ライナー」群雄割拠の時代に
首都圏の私鉄において元来は料金不要の車両を有料定員制列車に振り向けた嚆矢は京急電鉄。「京急ウィング号」として定着した(撮影:久保田 敦)
鉄道ジャーナル社の協力を得て、『鉄道ジャーナル』2018年11月号「グリーン車orライナー」を再構成した記事を掲載します。(文:鉄道ジャーナル編集部・鶴通孝)
JRのグリーン車と乗り比べるべく、首都圏大手のいくつかのライナーに乗車を試みた。なにぶん夕〜夜間の列車のため、東京西郊への帰宅に困らない範囲という私的な理由から選択が偏った点はご容赦いただきたい。
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南から順にまずは「京急ウィング号」。品川から京急久里浜や三崎口へ向けて、平日18時45分から23時までの間に11本があり、20時台まで20分間隔。2015年12月から朝の上り「モーニング・ウィング号」2本も設定された。その際に料金が200円から300円に引き上げられた。
品川駅は都営浅草線との直通線ではない3番線からの発車で、8両編成の前後2カ所だけを乗車口にしている。改札内の券売機で購入した小さな券片には「Wing Ticket」とある。以前は4両単位での号車指定だったが、2017年5月に座席指定制となり、それに先だちスマートホン等での予約が可能な「KQuick」が導入された。KQuickならば品川駅にたどり着く前に席を押さえられる。乗車口には係員が立ち、ハンドスキャナで券面または画面のQRコードを読み取り、乗車をチェックする。
駿足ではないが静かな快適さの30分
現在の車両は2100形。基本は一般車なのでドア口にのみ吊手が下がるが、看板の2ドアクロスシート車として広告等視界の雑音が少ない点は有料特急車並み。ただし座席間隔は狭く、転換式ではあるが進行向きに固定されている。
夕夜間のラッシュは18〜19時台が佳境なので、20時台の列車は通路側に多少の空席もある。200円時代は満席が常態だったと聞くが、その格安感が薄れたのか。また、品川入線時刻も変わり「乗車して待てる」時間が減ったため、それなら先行する快特に乗ってしまうといった動きもあるようだ。結構、微妙なことが影響する。
品川を出ると次は上大岡。快特停車駅の京急蒲田、京急川崎、横浜も通過するのでさぞや京急らしい駿足かと思いきや、ダイヤが込んでいるため、先行列車に頭を押さえられていることが多い。上大岡からは一般乗車が可能になり表示は「Wingウィング号」のまま、快特の役目に切り替わる。特急や快特の「京急ウィング号」ではなく「京急ウィング号」自体が一つの列車種別なのである。民鉄のライナーは、他社もこのような設定をしている。
上大岡は普通や地下鉄からの乗り換え客も多い副都心地区なので、そこから金沢文庫までの間が最も高い乗車率となった。そのざわめきから、動きのない30分間がとても快適な時間であったことが実感できる。
次は「京王ライナー」。平日20時から深夜0時20分まで、土休日は17時から21時20分まで、新宿発京王八王子行きと橋本行きがそれぞれ毎時1本ずつ、計10本が運転される。
「京王ライナー」の5000系(撮影:久保田 敦)
最初の停車駅は八王子行きが府中、橋本行きが多摩ニュータウンの京王永山で、以遠は一般の特急と同等になる。
新宿駅ホームは主たる特急・準特急が発着する3番線と区別して2番線。入線にあたりライナーの5000系(かつての名高い5000系に対して新5000系とも称する)はホーム手前、中ほど、終端部と計3回、メロディホーンを鳴らす。それが地下駅構内に響き、大いなる宣伝になる。乗車は各車4ドアのうち両端2カ所ずつ。発車までのひととき、車内に静かな音楽が流れている。趣向を凝らした演出の1つである。
料金は400円で、改札内の専用券売機かWEBの「京王チケットレスサービス」で座席指定券を購入する。平日の通勤客はスマートホンでの購入を当然とするので駅での購入は少なく、満席でない土休日のほうが券売機に並ぶ列ができる。券売機で購入する券はJRの発券機サイズ。券面にやはりQRコードが入っているが、乗車に際して特段のチェックはない。だが、飛び乗って座席指定券を車内で求めると300円が加算されて一気に700円となる。それとあって警備の係員が「指定券がない方はご乗車になれません」と連呼している。
コンセント付きで品格ある座席だが…
新5000系は、京王においては今までにない指定席車両として、先頭車を流線形にするとともに車内にも格段の力を注いだことがうかがえる。通勤仕様ながらブラウンやゴールドの色遣いで、室内灯は飴色に調光できる間接照明。最新の接客設備として座席コンセントも銘々ぶん取り付け、発車直後に聞く車内放送は「短い時間ですがゆっくりお寛ぎください」と応接の言葉で結ばれた。
京王にも以前から座席指定列車のアイデアはあったようだが、起終点間40kmに満たない路線ゆえ、現実化の気運は乏しかった。しかし、多摩ニュータウン地区で競合する小田急が複々線完成を機に攻めの姿勢を打ち出し、京王も従来と違った魅力を発する必要があった。その思惑は、ライナーの乗車率を見ていると当たったようだ。これならば昼間に高尾山直通列車を設定しても受け入れられそうで、もう少し本格的な特急車でもよかったか、と思えてくる。
と言うのも、基本は通勤車であり、着席しての視界が手摺に仕切りに吊手に広告……と騒々しい。ライナーに使う限り閉め切ったドア付近の空間はもったいないし、戸袋窓がない車体構造ゆえにドア脇の席は窓がなく、仕切りで足元も狭い。端部の席は肘掛付きとは言えロングシートの配置で、3人連れで券を買うと自動的にその部分を充てられるため、親子連れのややがっかりした様子も見られるからだ。
このタイプの車両に接してもう一点気になったのは、ロングシートの配置にした際に普通の車両よりも前にせり出しており、通路空間が狭くなってしまうことだ。残念ながら朝ピークのラッシュに不向きであり、京王でも上位列車から外して運用している。どの道、その配慮が伴うならば使途を分けた車両でよかったのでは?と思うのだ。
だが、「京王ライナー」は快適だ。明大前の運転停車は前方の踏切作動の関係らしくオヤ?と思うが、それ以外は要所の調布も通過して突っ走る。新宿から京王多摩センターまで30分、深夜の2本は25分で走破する。押し込まれて耐え忍ぶ特急の新宿〜調布間の混雑とは雲泥の差で、しかも朝ピークの渋滞する上り急行が52分かかる区間を、半分である。わりに強気と感じる価格設定がわかる気がする。
特急や準特急が頻発している八王子方面の系統よりも、直通の特急と急行への乗り換えが混在する相模原線橋本方面への系統のほうが、見た感覚で乗車率が高い。
東急線直通で生まれたS-train
西武鉄道は特急レッドアローの通勤ユースが早くから定着していたが、そこに4ドア通勤車のライナーを導入し、並立させた。アイデアのきっかけは東京メトロ副都心線と東急東横線の直通化で、2013年3月、これにより西武池袋線と横浜が一本に結ばれた。まずは休日、ネームバリューを誇る横浜への流れが生まれ、西武は負けじと秩父の強化に力を注ぐ。
2017年3月25日、鳴り物入りで登場した「S-TRAIN」の出発式(撮影:今 祥雄)
そこで横浜方面への送客、西武線沿線への誘客として「必ず座れる列車」が考えられ、東京メトロや東急の路線の性格や設備からは4ドア車が必要とされた。これを行楽輸送だけに供するのは適当ではなく、あわせて平日は東京メトロ有楽町線方面の都心と西武線間の着席通勤列車に充当する。2017年3月、西武鉄道は新造の40000系を投入して「S-Train」を運行開始した。
平日の「S-Train」は、再開発で高層都市となった湾岸の豊洲と所沢の間を結ぶ。豊洲発下りは18時から22時まで、毎時ジャスト発の計5本だが、その送り込みで所沢発の上りも営業している点、そして早朝にも1本ある点が特筆される。
「ゆりかもめ」が到着するたび一団となって帰宅客が降りてくる有楽町線豊洲駅ホームの券売機で券を購入すると、「東京地下鉄」の社名と「列車指定券」の文字がある。西武のチケットレスサービスもあり、「Smooz」と名付けられている。料金は510円で、内訳は記していないが、東京メトロ分と西武鉄道分の合算である。ちなみにレッドアローの池袋〜所沢間「特急券」は400円、S-Trainの後に新設された新宿線系統の自社線内列車「拝島ライナー」(列車指定券)は300円だから、2社に跨る分、割高になる。
2面4線の駅のため列車は早めに入線でき、ドアは各車後方1カ所だけを開く。集団は対面に到着する電車に吸い込まれ、S-Trainへは三々五々だった。
有楽町線内は有楽町と飯田橋に停車するが、放送は「次は石神井公園です。有楽町(または飯田橋)に停まりますが乗車専用駅のため、お降りになれません」と告げている。その一方「お座席の向きを変える時は腰掛下のペダルを踏んで」と「トイレは4号車」の案内には、なるほどと思う。土休日の横浜・中華街〜西武秩父間2時間オーバーを走り抜く行楽列車としては不可欠な準備なのである。
有楽町線には先行列車を追い抜ける駅はなく、銀座一丁目や永田町といった、主要駅の雑踏がゆるゆると流れてゆく。そのホームとは対照的に、車内は飯田橋の時点で窓側が埋まったものの、通路側や車端のロングシート部分は空席が目立つ。満席には遠い乗り具合だった。元来が急曲線の多い地下鉄で各駅停車との平行ダイヤだから、速達性は期待できない。そこに合算料金でワンコインに収まらない面も加わり、利用者の判断はシビアなようだ。
支線直通で満席の拝島ライナー
池袋は先行列車の長い停車を待って手前で足踏み、なおさらゆっくり通過した。池袋はターミナルだが、そこからなら西武線に乗ればよいので、S-Trainは通過する。その一方で西武有楽町線へと入る小竹向原は乗務員交代で、次の練馬は地下鉄と西武の地上線の信号システム切り替えのために運転停車を重ねる。西武池袋線の高架複々線に入って初めてスピードに乗った。
「S-Train」に続き新設された「拝島ライナー」(撮影:久保田 敦)
西武線内は石神井公園と保谷に停車するが、この両駅は降車専用とされ、一般列車には転じない。急行通過駅の保谷を停車と定めたのも独特な選定だが、各駅に停車する準急に接続した。いくつか特殊性が感じられるS-Trainである。終点の所沢では飯能行きに接続した。
西武鉄道はS-Trainから1年後の2018年3月、40000系の車両増備を機に西武新宿線で、拝島線直通「拝島ライナー」も運転を開始した。平日、土休日とも18時15分から22時15分まで毎時1本、計5本を運転。本川越行き特急レッドアローの「小江戸」も30分間隔で運転され、まさに並び立つ。西武新宿の次に乗車専用駅として高田馬場に停車する。
高田馬場の次は新宿線から拝島線に分かれる小平で、以遠は拝島まで一般列車として各駅に停車してゆく。本線系の「小江戸」も快適な30〜40分を過ごせる列車として実績を見せる中、車両のスペックは違えど支線に乗り換えなしで速達できる列車とあって、人気を得ている。ほぼ満席のまま拝島線に入り、玉川上水からさらに西武立川や拝島方面へと乗り続ける人も大勢であった。
「S-train」と「拝島ライナー」は、似た者同士だが利用状況は異なり、その理由は以上の中から察せられる。
同様の差異は、小田急ロマンスカーにも見た。夕方以降「ホームウェイ」と名乗る通勤特急は新宿発が軒並み満席なのに、東京メトロ千代田線の大手町から発車(平日は18時30分から毎時1本、計5本。1本のみ北千住発)する「メトロホームウェイ」は、やはり通路側席に空きがある。
車内環境も群を抜くロマンスカーで新宿〜相模大野間の410円はリーズナブルに思えるが、東京メトロと合わせての620円になると途端に変わってくる。東武の伊勢崎・日光線特急は夕夜間の通勤圏では310円と510円、京成スカイライナーも「モーニングライナー」「イブニングライナー」と名を変える時間帯は410円であり、通勤の懐が許す相場がありそうだ。JRのグリーン料金770円での盛況は、やや異質だが。
TJライナーは速達列車の力量を発揮
10年を迎えた「TJライナー」はどうか。平日は18時から深夜0時まで30分間隔で13本、土休日は17時から21時まで9本の運転で、平日のラスト2本を除いて小川町行き。「京急ウィング」同様、平日朝には上り2本もある。
東武東上線に誕生して10周年を迎えた「TJライナー」(撮影:久保田 敦)
池袋駅終端方の券売機で券を求めると310円で、小さい券に「着席整理券」とあり、後ろ5両と指定された。前方の階段側は前5両と指定される。これは以前の「京急ウィング」と同様である。いまはチケットレスの「東武携帯ネット会員サービス」が加わった。乗車ホームは通常、降車に使う5番線で、「TJライナー」の入線時は入口に係員が立ち、スキャナに券面のQRコードをかざして改札する。
ライナー用の50090系は10年前の車両のため造作はシンプルで、コンセントはない。中吊広告はなく、車内の色遣いも明るいグレーの単色、特段に凝った車両ではないが、そのため、かえってすっきりした空間と感じるのかもしれない。座席は向かい合わせることができる。発車時の放送の冒頭には特別に繊細なチャイムが鳴った。
急行停車駅の成増、和光市、朝霞台、志木を通過し、軽快さをコンスタントに保ち続け、ふじみ野に到着する。準急と接続してそこから一般列車となるが、停車駅は川越から各駅停車となる急行と異なり、ほぼ50km先の東松山まで急行運転を続ける。川越市で追い抜く急行から、乗り継ぎ客が移ってくる。東上線の通勤圏も奥が深いので、速達列車としての利用価値も高い。その面をしっかり打ち出しているのはTJライナーへの誘導策でもあるだろう。
一方、朝の上り2本は停車駅ごとに乗車する号車が割り振られて池袋へ向かい、整理券なしで乗車可能な区間はない。全区間にわたり「全員着席」が展開されるため、小川町〜川越間各駅から池袋までの料金は410円で、ふじみ野乗車だけが夜の下りと同区間となるので310円である。