きちんと休める会社の人材が伸び悩むワケ
■76%の企業が「残業が減っていない」という現実
6月に国会で成立した「働き方改革法」の実施に向けた指針の策定が、厚生労働省の審議会で進められている。なかでも労働時間規制の関連では懸案が3つある。
1つ目が残業時間を月45時間、年360時間を原則に、特例として年720時間を限度とする「時間外労働の上限規制」。
2つ目が年次有給休暇の毎年5日の強制取得。
3つ目は努力義務ではあるが、会社の終業時間から始業時間まで一定の休息時間を付与する「勤務間インターバル制度」の導入だ。
法律の施行は来年2019年4月と迫っている(ただし中小企業は2020年4月)。企業は労働時間の削減などの働き方改革が急務となっているが、現状ではそれほど進んでいないようだ。
人材紹介会社のロバート・ウォルターズ・ジャパンの残業実態調査(2018年6月20日発表)によると、「働き方」が話題になって以降、「残業が減った」と答えた人はわずかに24%。「残業時間が増えた」または「変わっていない」と答えた人が76%に達している。管理職層に限定すると79%に上っている。
また、ソフトウェアメーカーのワークスアプリケーションズの人事部門調査(2018年8月29日発表)によると、「法定外の総労働時間をシステムで集計していない」と回答した企業は42%。休日労働時間について「法定内休日と法定外休日に分けて集計していない」と回答した企業が43%におよぶ。案外ずさんな人事部が多いということだが、法律が施行されると残業時間の把握ができずにさらに混乱する事態も危惧される。
同社の調査で驚かされたのは、40%の企業が「年次有給休暇の取得日数が年5日に満たない従業員が100人以上いる」と回答していることだ。
働き方改革法では、会社から社員に年5日の有休の時季を指定する義務に違反すると、社員1人つき罰金30万円以下が科される。仮に100人なら30×100=3000万円の罰金が科される。
■「残業時間が少ない」だけでは企業の業績は向上しない
法律施行まで6カ月余りしかないが、働き方改革は一朝一夕で実現できるほど甘くはない。全社一丸となって業務のプロセスや業務量の見直しを図る必要がある。
たとえば大手住宅設備メーカーでは2005年当時、月の残業時間が80時間を超えるのは当たり前だった。その後、業務プロセスの見直しを含む残業削減の努力を続けてきた結果、昨年ようやく月の平均残業時間は40時間以下に縮小したという。
さらに企業としては、働きやすさを向上させるだけでなく、生産性も向上させなければいけない。
「働きがいのある会社研究所(GPTWジャパン)」の調査(2018年7月12日発表)によると、「残業時間が少ない」「報酬条件がよい」といった働きやすさを整えるだけでは、企業の業績は向上しないという。
■業績の伸びは「働きやすさ」だけでは果たせない
同所では「働きがいのある会社ランキング」の参加企業を「働きやすさ」と「やりがい」の2つの指標によって4分類し、売上高の対前年伸び率の違いを出している。
「働きやすさ」はその会社のワークライフバランス、労働環境の整備、福利厚生の度合いを示す。一方の「やりがい」は経営・管理者層への信頼、仕事への誇りや意味づけ、連帯感や一体感など仕事に対するモチベーションの度合いによる。それぞれを得点化し、2つの指標の高低によって、以下の4つのタイプに分類している。
A:いきいき職場(働きやすく、やりがいもある)
B:ばりばり職場(働きやすさはないが、やりがいはある)
C:ぬるま湯職場(働きやすいが、やりがいがない)
D:しょんぼり職場(働きやすさはなく、やりがいもない)
■「働きやすいが、やりがいがない」企業は業績伸びず
この4つの職場タイプに分類された企業群について、売上高(2017年度)の対前年伸び率の平均値を算出すると以下のようになっている。
1位:A「いきいき職場」43.6%
2位:B「ばりばり職場」22.0%
3位:D「しょんぼり職場」6.5%
4位:C「ぬるま湯職場」6.0%
Aのように「働きやすく、やりがいもある」と従業員が感じていれば、仕事もおもしろく一生懸命に働くだろうし、結果として業績が伸びるのはうなずける。反対に、Dのように「働きやすさはなく、やりがいもない」のであれば、それほど業績が振るわないのも理解できる。
意外だったのは、Cのような「働きやすいが、やりがいがない」という企業は業績があまり伸びていないのに対し、Bのような「働きやすさはないが、やりがいはある」という企業は、それなりに業績が伸びている点だ。
■「働き方改革」で社員の連帯感や経営層への信頼感が低下
やりがいの重要さは理解できる。それでも職場の働きやすさが向上すれば、仕事にも前向きにがんばるのではないかと思うが、実際はそうなっていない。
この調査結果を踏まえると、働き方改革によって残業時間の削減や在宅勤務などの柔軟な働き方を整備しても、必ずしも従業員の満足度や仕事のやりがいにはつながらないのではないか、という疑念が湧いてくる。
実際にそうした企業も少なくない。同社の調査担当者もこう指摘する。
「働き方改革が目的化してしまい、働きやすさだけの改善にとどまり、やりがいが下がってしまうケースも見うけられます。仕事の量が変わらないのに労働時間だけを削減し、仕事以外のコミュニケーションが減ってしまい、従業員の連帯感や一体感などの得点が下がってしまった企業もあります。また、テレワークによって働く場所の自由度が高まることで、かえってコミュニケーションの機会が減ってしまう。今までと仕事のやり方を変えずに働き方改革を進めた結果、従業員同士の連帯感や経営・管理者層への信頼感が下がったという会社もあります」
■労働時間削減の強行で、業績は落ち、やる気ない社員は増加
確かに自社の働き方改革に対する不満の声も少なくない。
例えば、業務の効率化と称してムダな仕事や会議などを徹底的に排除した結果、職場がギスギスしてしまい息苦しくなったという事例は、多くの企業で聞かれる。
会社がやみくもに時短を叫んでも、額に汗して働く社員がそれに納得し、主体的に動かなければ、表面的な働きやすさが向上するだけで、肝心のモチベーションが下がってしまうことにもなりかねない。
働き方改革法の施行まで半年余り。法的リスクを回避するために労働時間の削減を強行した結果、業績が上がらず、やる気のない社員だけが増えてしまうという最悪のシナリオもありうるのだ。
(ジャーナリスト 溝上 憲文 写真=iStock.com)