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目上の人間から心ない言葉をぶつけられ、怒りを覚えるのだが、その場ではキレられず、後から怒りがふつふつと湧いてくる。そんな経験はないだろうか。だれであってもストレスを溜め込むのはよくない。ネットニュース編集者の中川淳一郎氏は「後で思い返して悔やむくらいなら、その場で上手にキレることをおぼえるべきだ」と指摘する。その「キレ方」のポイントとは――。

■目下の人間が突然キレるとき

「いやぁ、飼い犬に手を噛まれた気分だよ」──これまでに何度か、そう嘆く知人たちの声を聞いたことがある。何事かと尋ねてみると、部下や外注先の若者が「突然キレて、『あなたとはもう仕事をしたくない』とメールで一方的に通告してきた」というのだ。

とはいえ、このようなケースでは「いま手がけている業務、しかかりの仕事はきちんとやり遂げます。でも、その後は一切手を引きますので、引き継げる方を用意しておいてください」などと冷静に書き添えてくる若者が多いとも聞く。キレながらも、仕事を中途半端に投げ出すようなことはしない、というのが彼らの矜持なのだろう。

そうした、下っ端による「乱」だか「変」を受けて、エラい人はよく、次のようなセリフをのたまう。

「そんなに怒っていたなら、もっと早く言ってくれればいいのに」
「オレの対応がまずかったのであれば、そのときに指摘してほしかったよ」
「何度も打ち合わせなどで顔を合わせていたし、こちらに意見する機会はいくらでもあったはず。どうして突然キレてくるのかねぇ」

こういうことを言っている時点で認識が間違っている。下の人間がケツをまくり、まさかの大激怒メール、反逆メールを送るに至る背景には、長期に渡って蓄積された、さまざまな怒りが存在しているものだ。そして上の人間による何かしらの言動が、ついに最後のボタンを押し、とうとう“キレメール”が送信されてしまったのである。

■フタをしてきた怒りの感情が噴出

「上司と部下」「発注者と受注者」といった上下関係が存在すると、上に立つ者は権限を握っているだけに、ときとしてパワハラまがいの発言をしたり、理不尽な押し付けをしたりすることがある。そして下の者は「自分のほうが立場は弱いのだから、仕方がない」と思いながらも、モヤモヤした感情はなかなか拭い去れず、ストレスをじわじわと溜め続けていく。

そんな折、親しい人と飲む機会があり、愚痴をこぼしたところ「それってパワハラじゃない?」「そんな状況じゃ、いいかげんキレてもいいと思う」「なんでそんな仕事までやらされてるの? おかしいよ」といった言葉を返されたとしよう。

帰路、これまで一生懸命フタをしてきたモヤモヤとした思いが、先ほどの知人の言葉に刺激を受けて、次第に輪郭を明らかにしてくる。これは「怒り」の感情だったのか──自分のなかで、改めて認識する。

自宅に着くころには、これまで受けてきたひどい仕打ちをいくつも思い出し、怒りは臨界点を超える寸前まで高まっているだろう。そして頭に浮かんできたのが、直近で上の人間から言われたセリフ──「お前、なんでそんなこともできねぇんだよ」「いままで何やってきたんだよ。バカなの?」──である。これが決定打だ。「よくわかった。もう懲り懲りだ」「これ以上は耐えられない」「よし、腹をくくろう」と、怒りに震えながらも冷静に、冒頭にあるような絶縁メールを書くに至るのだ。

■相手を目に前にすると怒れない

過去にこうした絶縁連絡をしたことがある人から話を聞くと、「すっと、相手からの仕打ちを当たり前のこととして捉えて、耐えてきた。だが、あるとき、過去の記憶を反芻していたら、その相手が関わることのすべてが一気にイヤになってしまった」といった心の動きを教えてくれることが多い。共通するのは“自分でも気づかぬうちにストレスが蓄積されていて、気が付いたときにはすでに限界を迎えており、怒りの感情が抑えられない”という状態だ。

そしてこれも共通することなのだが、彼らはほぼ必ず「上役や発注者を目の前にすると、怒れない」「後から考えると理不尽なことでも、言われたり、されたりした瞬間はひとまず受け入れてしまう」というのである。

「エラい人が私の不備を挙げ連ねているのだから、その場では相手のほうが正しいと思ってしまう。でも、家に帰ってから思い返すと『やはり相手のほうがおかしいのではないか』と考えてしまい、悶々とする。そうして怒りのぶつけ先がないまま過ごし、1週間くらいしてまたその人に会ったときは、業務に関する指示を受けたりするだけで終わってしまう。結局、前回の怒りをぶつける機会もないまま、惰性で仕事を続けてしまったんです」

■激怒の後に重要なのは周囲への根回し

日本人特有なのかどうかはわからないが、面と向かって怒れないという人は意外と多い。一方、私はといえば、腹が立ったらその場で激怒して「もうおめぇとの縁は切るわ。付き合いきれんわ、ボケ」と平気で言える人間である。喫茶店などにいた場合は、自分の飲んだコーヒー代だけをテーブルに残し、何のためらいもなくその場を立ち去る。その後どうなろうが、知ったことではない。「もうこいつと一生付き合わない」と決断したことがもっとも重要なので、家に帰ってから、自分に落ち度がなかったかなどをいちいち検証することもない。

私が相手の目の前で激怒する状態に至るのは、こちらが怒ることに正当性があると判断できた場合のみだ。事後に考えるのは、自分がどれほどひどい仕打ちを受けたかを周囲に伝え、その人物と縁を切ったことをいかに周知するか、という点だけである。

だれかとの関係が修復不可能なものになった場合、面倒なのは「共通の知り合い」といった人が余計な詮索をしてしまうことだ。とくに男女でこのような衝突があった場合、2人にはいわゆる“男と女の関係”があり、痴情のもつれから仲違いに至ったのではと邪推する向きも出てきてしまう。そのため私は、キレた後は電光石火のごとく、重要な共通の知人に対して「実はこれまで、数々の理不尽な仕打ちを受けてきたんです。○○さんと縁を切ったのは、その結果にすぎません」と伝えるようにしている。真相を周囲に伝え、少しでも味方を多くつくっておくことが、余計な詮索や邪推を回避するには非常に重要なのだ。

■本気で怒るときほど理詰めで

私のように怒るべきタイミングで素直に怒ることができる人はともかく、なかなか怒ることができず、怒りの感情を溜め込んでしまう人は、一体どうすればよいのだろうか。

「後から来る怒り」のジレンマから抜け出し、その場で怒りを爆発させるには、ちょっとしたコツがある。それは「本気で怒るときほど感情的にならない」ということだ。逆説的に聞こえるかもしれないが、怒るときは「とにかく理詰めで」ということに尽きる。

怒るかどうかを判断する際に重要なのは、以下のポイントである。4つあれば十分だ。そのうえで「よし、いまから怒りを噴出させてやる」と冷静に決断し、激怒する。

【1】怒るに値する酷い仕打ちをこれまでに受け続けてきた。証拠もある。
【2】自分がここで激怒しても、共通の知人は自分に分があることをわかってくれる。
【3】自分は滅多なことでは怒らない人間であることを、共通の知人は知っている。
【4】目の前にいるこの人間と縁が切れても生活に支障はない。
【5】共通の知人は、この人物に横暴な面やパワハラ気質があることを知っている。
【6】この人物とこれからも付き合うことこそ、ストレスの元凶になると判断できる。

■怒りの導火線に火を付けるまでの所要時間は2秒

もうひとつ重要なのは、相手から何かキツいことを言われたときに「えっ?」と面食らうことなく、「なぬ!」と正面から受け止めて、怒りの導火線に即座に火をつけることである。決して難しくはない。相手の発言に感情的に反応してしまうから「えっ?」と怯んでしまうのであって、冷静さを失わなければ「はい、来た」と受け止めることができるはずだ。ビビる必要はまったくない。

「なぬ!」から導火線に着火するまでの間は2秒程度でよいだろう。その間に上記【1】〜【6】を素早く判断し、即座にキレて、相手に絶縁宣言をするのである。あとは、本来もらうべき報酬などをキチンと回収するまで、淡々とやり取りを続ければよい。

たぶん、これはクレーマー対策やモンスタークライアント対策などでも使えるテクニックだろう。理不尽な要求をしつづける人物は、意識的にしろ無意識的にしろ、こちらのことを甘く見ている。そうした連中には、冷静かつ毅然とした態度がいちばん効くものだ。

それまで自分に対してペコペコしたり、唯々諾々と従ってくれたりした人間が、いきなり「わかりました。ならば、もう御社との付き合いは終わりにしましょう。とりあえず、今月分までの仕事はさせていただきますが、来月からはナシということでよろしくお願いします」と反旗を翻すのだから、これは効く。

■ある広告代理店の担当者にキレた話

大切なのは心の準備である。「もしも今日、理不尽なことを言われたらそこで私はキレる」と覚悟を決めるのだ。心の準備をしておけば、案外すんなりと激怒することができる。

ときには部下を守るために、瞬間湯沸かし器のごとく激怒することも必要だ。私は大学の同級生でもある女性(Y嬢)と2人で編集プロダクション的な会社を経営しているが、彼女に対して失礼なことを言う大企業の人間がときおり出てくる。いまだに「大企業=エラい、中小企業=見下すべき対象」と考えている人間がいるのだ。決して数は多くないが、これまでの経験的にいうと、数年に一度くらいの頻度で出現する。

とある大手広告代理店と仕事をしたときのことだ。我々は広告用の原稿執筆を受注し、Y嬢が窓口となって代理店の営業担当とやり取りしていた。そして、提出した原稿に対し、修正指示を受けた。それ自体はよくあることだが、その担当者は余計なことまで口にしだしたのだ。

■罵詈雑言が終わらない

「なんで、オタクは○○社(クライアント)のことをこうも理解できないのかね。日々、○○社に通って先方のことをよく理解している私が、これまでさんざん説明してきたのに、なんで原稿に“安全への配慮をやり尽くしてきた○○社”なんて文章が入るの? あのね、○○社の取り組みに“やり尽くす”なんて状況はないの。○○社はこれからも“やり続ける”の。“やり尽くす”だったら、もうこれからの進化がないでしょうよ。エッ! オタクが出してきたその軽率な文章がね、私がこれまで○○社に対して粉骨砕身、忠誠を尽くして積み上げてきた実績を一瞬でパーにするかもしれないんだよ?」

それまでも鼻持ちならない態度をとることが多い担当者だったが、いざ文句を言い始めたら堰を切ったように「オマエらは無能である」と罵ってきた。というか、別に“作品”をつくっているわけでもなく、販促物をつくっているのだから、進行管理者たる彼の判断で自ら修正・調整を施せばいいのだ。その後「やり尽くしてきた」はNGワードであることを、我々に淡々とメールで説明すれば済む話である。少なくとも、妙な信用問題を持ち出して、ツベコベ文句を言う必要はないと考えるが、彼の話は止まらない。

「オタクみたいな仕事ができない2人ぼっちの会社に任せた結果、もしもウチがアカウント(ざっくり言えば「取引先」のこと)を失うようなことになったらどうするの? だいたい、オタクはあんまり○○社の人の前でも笑ったりしないしさ。こうやって原稿も稚拙だしさ。とにかく○○社のことを、私ほどとは言わないまでも、ちゃんと学んでよ。頼むからさ、ハァ……(ため息)」

■「零細企業だからって、バカにするな」

すでに原稿はすべてフィックスし、あとは掲載を待つばかりとなっていた。つまり、我々の業務はすでに終了している状況だった。「やり尽くしてきた」という表現を「やり続ける」に変更する作業も終わっている。Y嬢はこの営業担当の発言を私に淡々と伝え、「変な人だね」と軽く愚痴る程度で流そうとしていた。もう納品が済んだ案件だし、相手の発言は自分が飲み込めばいい……そんな雰囲気だった。

その姿を前に、私はこの担当者と縁を切ることを決めた。大切な我が社の社員がそこまでヒドいことを言われて、上司として黙っていられるわけがない。私はすぐにその担当者に電話をし、こう伝えた。

「ウチの社員にずいぶんとヒドいことを言ってくれたそうじゃないですか。オレらが零細企業だからって、バカにしないでほしいんですけど。正直、彼女は優秀ですよ。たぶんアンタより仕事できますよ」
「もうオタクとは仕事したくないんで、今回で終わりです。客先で笑わない? はぁ? それなら“笑い女”でも“笑い男”でも、なんでもいいからバイトで雇って、会議に連れていけばいいんじゃないですか? もう付き合いきれないです。さようなら。カネだけは事前に決めた額をちゃんと払ってくださいね」

■「目先の売上」より「心の平穏」

その営業担当の筋の悪さは事前に聞いていたので、私も上司として、いつ相手に怒るべきかタイミングを計っていたところがある。要は、心の準備がすでにできていた。

その絶縁宣言以後、Y嬢はストレスフルなやり取りから解放され、のびのびと仕事に取り組めるようになった。毎月数十万円の売上が見込める案件を失ったのは事実だが、そんなことよりも心の平穏のほうがはるかに大切である。

「冷静に、かつ適切に怒る」ことは、穏やかな生活を送るために必要な、処世術のひとつといえるだろう。

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【まとめ】今回の「俺がもっとも言いたいこと」
・それまで従順だった目下の人間が突然キレてきたとき、「飼い犬に噛まれた気分」などと言っているようでは認識が甘い。目上の人間として、相手の感情を慮れなかった自分が悪いと思え。
・目上の存在から日常的にパワハラを受けている人は、自分の感情にフタをすることがクセになっている。もっと自分の感情に素直になって構わない。
・本気でキレるときほど感情的にならず、周到に計算して、冷静にキレるべし。

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中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者/PRプランナー。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『バカざんまい』など多数。

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(ネットニュース編集者/PRプランナー 中川 淳一郎 写真=iStock.com)