マイクロソフトの複合現実(MR)ヘッドセット「ホロレンズ(HoloLens)」は、専用のアプリケーションプログラミングインターフェイス(API)が2016年3月から開発者向けに公開されているにもかかわらず、Appleの「ARKit」と比べるとブランドからの注目度は低い。ARKitは2017年9月に公開されて以来、多くのブランドにすぐに採用された。理由は簡単。普通の人は3000ドル(約34万円)もする高価なホロレンズを買えないが、「iPhone」を持っている人なら誰でも、Appleの新しい拡張現実(AR)アプリをダウンロードできるからだ。だが、すべてのブランドがホロレンズの採用を控えているわけではない。マイクロソフトは7月、需要の拡大を受けて「複合現実パートナープログラム(Mixed Reality Partner Program)」を立ち上げた。ここ数カ月で、高級酒や自動車、航空会社などのブランドがこの技術を利用し、製品の背景にあるストーリーを伝えたり新製品をデザインしたりしている。

マッカラン

ホロレンズをつけて鑑賞するマッカラン「ギャラリー12」の来場者

高級スコッチウイスキーブランドのマッカラン(The Macallan)は、10月17日にニューヨークではじまった美術展「ギャラリー12(Gallery 12)」の体験を拡張するために、ホロレンズ用のMRアプリを開発した。美術展にやってきた人はホロレンズを使用して、ウイスキーをモチーフにしたアート作品を鑑賞しつつ、マッカランの12年ものウイスキー2種、「シェリーオーク(Sherry Oak)」と「ダブルカスク(Double Cask)」の歴史やフレーバーの由来を学べる。ユーザーは、これらのスコッチが生まれるもととなった米国や欧州のオーク(ナラ)の森を見れる。この美術展はニューヨークのあと、10月末まで、マイアミ、シカゴ、ヒューストン、サンフランシスコを巡回した。マッカランのマーケティングおよびビジネス開発担当VPを務めるラウル・ゴンザレス氏は、「愛飲家たちが12年ものウイスキーについて楽しく学ぶ方法」として、ギャラリー12へホロレンズを追加したと語る。アプリの作成には1年を要したという。マッカランは、美術展終了後に人々がホロレンズを購入するとは考えていない。ギャラリー12をより身近に感じてもらうために、マッカランはAppleのARKitを使って同じ体験ができるようにしたと、ゴンザレス氏は説明する。マッカランは今後も、インタラクティブなアート作品の展示にホロレンズを利用する可能性は大いにあると語った。

レミーマルタン

「ルーティッド・イン・エクセプション」の利用者が体験する光景 出典:レミーマルタン

コニャックのブランド、レミーマルタン(Remy Martin)は6月、「ルーティッド・イン・エクセプション(Rooted in Exception)」というホロレンズ向けMRアプリをローンチした。ロンドンを本拠にMR開発を手がけるカゼンディ(Kazendi)が制作に携わったこのアプリは、レミーマルタンの「コニャックフィーヌ・シャンパーニュ(Cognac Fine Champagne)」の製造過程をユーザーに案内する。ユーザーはたとえば、目の前に現れるバーチャルな葡萄畑を歩き回ることが可能だ。レミーマルタンは、高級小売店のほか、世界各地で開催されるさまざまなイベントの会場にも、ホロレンズのヘッドセットをセットアップしている。「新興のソーシャルな空間で別格の瞬間を共有するのにぴったりなイノベーションとして、マイクロソフトのホロレンズ技術は当然の解決策だった」と、レミーマルタンのグローバルエグゼクティブディレクターを務めるオーギュスタン・ドゥパルドン氏は、ニュースリリースのなかで述べた。

フォード・モーター

フォルクスワーゲン(Volkswagen)やボルボ(Volvo)、ルノー(Renault)、アウディ(Audi)のような自動車ブランドはすでにホロレンズの実験をしているが、世界規模でこれを推進するのはフォード・モーター(Ford Motor)がはじめてだ。1年間のパイロットテストを経たフォードは9月末、新たなホロレンズ技術のテストを世界規模で展開すると発表した。フォードのエンジニアとデザイナーはホロレンズを利用し、新車のプロトタイプを制作。3Dホログラムを実際の車体のうえに重ねて映し出すことで、デザインがどう見えるかを360度どの方向からも確認できる。従来のように粘土で模型を作るよりも時間を短縮できるアプローチだ。「コンピューター設計で部品を開発したり、粘土で実寸大模型を作ったりする際、デザイナーが見たかったものを実際に目にするまでに数日から数週間かかることがある」と、フォードの車輌コンポーネントおよびシステム担当VP、ジム・ホランド氏はブログプラットフォーム「Medium」への投稿で書いた。ホロレンズを使うとプロセス全体にほんの数時間しかかからない、とホランド氏は説明する。同氏によると、フォードは、消費者にこのホロレンズ用アプリケーションを直接体験してもらうことはないが、従業員が解決すべき問題を見極めるのに同技術を活用しているという。

ニュージーランド航空

ニュージーランド航空(Air New Zealand)は5月、フライトアテンダントによるホロレンズ使用のベータテストを開始したと発表した。ホロレンズを装着した乗務員は、乗客のフライトの詳細、機内で注文した飲食物、感情の状態といった情報を、乗客の脇に表示させて閲覧できる。「これは顧客体験を向上させる取り組みだ。顧客ニーズの把握を高める目的で、乗務員により多くの情報を提供する技術を利用している」と、ニュージーランド航空のキャビンクルー担当ゼネラルマネージャー、リーアン・ラングリッジ氏は語る。ほかの航空会社も、この1年でホロレンズを活用してきた。たとえば日本航空は、ホロレンズを使って整備士やフライト乗務員を訓練している。Ilyse Liffreing(原文 / 訳:ガリレオ)