普通のアマゾンのサイトではあまり目立たない商品も、広く品ぞろえしている(記者撮影)

隠れた巨大市場を掘り起こせるか。9月20日、ネット通販(EC)世界最大手のアマゾンは、法人や個人事業主向け専用の購買サービス「Amazon Business(アマゾンビジネス)」を日本で開始した。

最大の特徴は約2億点という商品の多さだ。サイトのトップページには、飲料・食品、パソコン周辺機器など個人向けの売れ筋商品に加え、オフィス用品、ヘルメットなどの安全用品、電動工具をはじめ、通常のサイトではあまり目立たないカテゴリーが前面に配置されている。今後も顧客ニーズを踏まえつつ、ラインナップの拡充を図っていく。

購入者向けのメニューが充実

想定する販売先は、一般的なオフィスのほか、建設・建築現場、工場、飲食店、病院、ホテル・レジャー施設、教育機関、自治体などと実に幅広い。法人向けECにはオフィス向けが軸の「アスクル」(商品数は9月21日時点で373万点)や、建設・建築現場向けが軸の「MonotaRO」(モノタロウ・商品数は6月末時点で1000万点)などがあるが、アマゾンは規模で圧倒する。

これだけの商品数をそろえる原動力になったのが、長年取り組んできた「マーケットプレイス」の仕組みだ。自社による直接仕入れ以外に、アマゾンのプラットフォーム上で商品を売りたい出品者を効率的に取り込むことで、ラインナップを増やしてきた。また、アマゾンビジネスは法人向けということから、普通にアマゾンで購入するよりも安い商品や、まとめて買う場合に割引を受けられる商品をそろえるなど、価格面のメリットも打ち出す。

もう一つの特長は購入・支払いに関連する機能だ。社内の事前承認に活用できる見積書の作成や、月末締めの一括請求書払いにも対応する。また、アカウントは複数人で共有することができ、承認権限の付与や承認が必要な下限金額など、事業者のニーズに合わせた購買ルールのカスタマイズもできる。加えて、購入日時や品目などのデータを分析できるレポート機能も用意。これらをすべて無料で使えるようにした。

「購買担当者の悩みとして大きいのは、誰がいくら、どこから買っているかという情報が一元管理されていないこと。それがアマゾンで集約でき、データ分析できれば、あらゆるムダを削減できるはず」(アマゾンジャパンの星健一・Amazon Business事業本部長)。

アマゾンビジネスは2015年3月に米国で始まった。利用には無料のアカウント登録が必要だが、米国では今年、そのアカウント数が100万を突破。現在はドイツ、英国でも展開しており、日本は4カ国目となる。

日本でのサービス開始にあたっては、月末の請求書払い以外にも、税込み価格に加え、税抜き価格を商品ページ、請求書、領収書に表示する機能も設けている。「(税制や商習慣など)各国の違いをきちんと理解し、仕組みの開発を行うのには時間をかけた」(星本部長)。

企業などの調達コスト削減に直結

法人向けECの潜在需要は計り知れない。経済産業省の調査によると、2016年の国内EC市場規模は、個人向けが約15兆円だったのに対し、法人向けは約291兆円と、実に20倍近い差がある。この金額はいわゆる「モノのネット通販」だけの規模を表す数字ではないとはいえ、個人向けEC以上のビジネスの広がりが期待できるだろう。


左から星健一本部長、アマゾンジャパンのジャスパー・チャン社長、全世界のアマゾンビジネスを統括するバイスプレジデントのスティーブ・フレイザー氏(記者撮影)

「ものすごく大きな市場が広がっているのに、EC化は(オフィス向けなど)部分的にしか進んでいない。すべての事業者に満足してもらえるようにサービスを作り込んでいく」。星本部長はそう意気込みを語る。

実際、法人や個人事業主の購買には、さまざまな課題があるようだ。今回、アマゾンビジネスを導入し、会見のパネルディスカッションに登壇した大阪大学の佐藤規朗・財務部長は現場の苦労を語った。

「大学で(資材購入先として)登録されているサプライヤーは1万5000社、直近取引があるところだけで7700社も存在する。独自に構築した調達システムがあるが、それを使わずに代金を立て替えて購入されるものもあり、精算にかかる時間的なコストは計り知れない」

実際、伝票処理コストの削減や、取引の監視を徹底するために、自社で発注・承認システムを構築するケースは少なくない。だが、そのシステム自体が使いにくいものだった場合、社員や職員はそのシステムを使わずに調達し、結局問題が解消されない例もある。

その点、すでに個人の買い物で使い慣れている人が多いアマゾンなら、法人向けECの導入のハードルは低いかもしれない。伝票が一本化されることや、Webを介して発注状況が「見える化」されることで時間的、金銭的コスト削減につながるとすれば、導入のメリットは大きいだろう。

荷物の増加が懸念材料に

事業拡大に向けた不安材料があるとすれば、物流だろう。アマゾンは今回のサービス開始にあたって特に新しい物流拠点や配送網を設けておらず、「通常の対応の範囲内で心配はしていない。個人向けECも新規の顧客が増えれば新しい配送先も増えるので、それと同じこと」(星本部長)と見ている。

アマゾンビジネスでは期間限定で当日、翌日に届く「お急ぎ便」と「日時指定便」を無料で使えるようにしている。サービス認知の拡大に向けたWeb広告なども実施しており、荷物が増えるのは間違いない。一方、ヤマト運輸が取り扱う荷物の数を減らす方針を打ち出すなど、物流業界は人手不足から逼迫した現場の状況が続いている。

満を持して開始した新サービスで、大量に製品や部材を購買する大企業をどれだけつかまえられるか。品ぞろえの拡充はもちろん、便利な購買の仕組みや配送スピードなど、トータルで使い勝手のよいサービスに仕上げられるかが成功のカギとなりそうだ。