Jリーグの移籍市場が騒がしい。各チームの看板選手や代表クラスの移籍が、例年以上に多いとの印象を受けている。

 移籍は玉突きだ。主力を失ったチームは、同じレベルの選手を求める。大物がひとり動けば、連鎖的に二人、三人と動くのは必然と言っていい。

 もっとも、一つひとつの移籍には、それぞれに事情がある。

 選手とクラブの切ない別れもあった。中村俊輔が横浜F・マリノスを離れ、ジュビロ磐田へ移籍することになった。

 すでに38歳である。ジュニアユースでプレーし、高体連を経てプロになったF・マリノスを離れるのは、中村も、クラブも、F・マリノスのファン・サポーターも、望んでいなかったはずである。ピッチの内外での影響力を考えても、彼を手放す理由がクラブ側にはなく、彼が出ていかなければならない理由もない。他でもない当事者たちにもそれが分かっているに違いないから、今回の移籍はとても悲しく映る。

 このところのJリーグで結果を残しているクラブには、ひとつの共通点がある。生え抜き監督の登用だ。

 16年のJ1リーグで年間王者に輝き、クラブW杯準優勝と天皇杯優勝を成し遂げた鹿島アントラーズを率いるのは、自らも鹿島でプレーした石井正忠監督である。クラブに息づく勝者のメンタリティを、ジーコイズムを、49歳の指揮官は実体験として身体に刻んできた。歴史と伝統の継承者として、申し分のない人材である。

 現役引退は、鹿島ではなくアビスパ福岡で迎えた。しかし、引退の翌年から鹿島へ戻り、コーチングスタッフとして過ごしてきた。それがまた、石井監督自身の鹿島への思いを強めている。クラブとは相思相愛の関係だろう。

 12年、13年、15年のJ1リーグを制したサンフレッチェ広島の森保一監督も、クラブのOBである。現役時代には京都サンガとベガルタ仙台への移籍も経験したが、スパイクを脱いだ翌年には広島へ戻っている。ミハイロ・ペトロヴィッチ監督のもとでトップチームのコーチを任され、そのサッカーを進化させることで3度のリーグ優勝をもたらした。

 昨年のJ1でクラブ史上最高位の5位に食い込んだ大宮アルディージャも、クラブを良く知る人材にトップチームの再建を託した。14年8月から采配をふるう渋谷洋樹監督である。

 前身のNTT関東で現役生活に幕を閉じた渋谷監督は、下部組織とトップチームで15年にわたって仕事をこなしてきた。黎明期に戦術的方向性を示したピム・ファーベークの理論に触れ、クラブの浮き沈みも目撃してきた。

 NTT関東と呼ばれていた当時から関わってきただけに、渋谷監督自身がクラブに寄せる思いは強い。そういう監督だからこそ、周囲のサポートも厚くなる。一体感のある組織が生まれていくのだ。

 話をF・マリノスに戻そう。Jリーグのオリジナル10を構成するこのクラブは、優秀な人材を輩出してきた。日本代表経験者も数多い。鹿島にとっての石井監督、広島にとっての森保監督のような指導者もいるはずである。木村和司、水沼貴史の両レジェンドがトップチームを指揮したこともあったが、もうひとつ下の世代からも監督が出てきていいはずだ。ところが、現実は違う。

 2017年のJリーグでは、“ミスター・マリノス”と言われた井原正巳がアビスパ福岡を、彼と同時期にプレーした三浦文丈がアルビレックス新潟を率いる。どちらも現役のキャリアは他クラブで閉じたが、マリノスと呼ばれていた当時にタイトルをもたらした功労者だ。監督としての資質はもちろん、トップチーム、クラブ、ファン・サポーター、あるいはスポンサーを含めたブリッジ役してもふさわしい。

 選手はかけがえのない“資産”である。プロの世界では移籍が避けられないとしても、価値ある資産を永遠に手放すのは、クラブにとって不利益でしかないと思うのだ。