2016年10月、三菱重工が大型客船の建造から手を引くことを表明。日本の造船業は苦しい状況に置かれていますが、一方で、欧州の造船所は客船建造の順番待ちが発生しているなど、必ずしも「不況」というわけでもありません。いま日本の造船業界に、何が起きているのでしょうか。

三菱重工、大型客船から撤退表明

 三菱重工の宮永俊一社長は2016年10月12日(水)、その造船部門に関し大型客船から撤退することを表明しました。同社は3月14日に就航したドイツ・AIDAクルーズ社向け客船「AIDA prima」(12万5000総トン、乗客定員3300人)の建造に大苦戦。納期は1年遅れ、後続船と合わせ約2400億円の損失を出していました。

 会見で三菱重工が示した分析によると、クルーズ客船の建造で合計のシェアが90%を超えている欧州大手3社も営業利益は数パーセントであるほか、建造総コストに占める比率が高い娯楽設備などの購入品や内装意匠の供給者と事業共同体を形成しており、いわば「客船クラスター」が出来上がっており、そのクラスターの壁を崩せなかったと説明しています。これらを受け、結論として「事業構造や環境に大きな変化がない限り、今後取り組むべきでない」と、「撤退」すなわち「欧州造船業への敗北の弁」を述べています。

 一方でこの会見以降、日本のシップブローカーには、三菱重工の真意を尋ねるとともに、新造船の建造可能性を尋ねる、多くの問い合わせが寄せられているそうです。


三菱重工製の大型客船「AIDA Prima」。2016年3月14日、予定より1年遅れ、やり残した艤装も続行しながらAIDAクルーズ社へ引き渡された(写真出典:AIDAクルーズ)。

 海外のメディアも報じた今回の撤退表明は、彼らにとっては、いわば織り込み済み。つまり「ニュース」ではありませんでした。むしろ、海外ユーザーは「三菱重工は造船から撤退するわけではないのか。ならば、どんな船を引き受けてくれるのか」のほうに、興味があったといいます。

 というのも、アメリカのネットクルーズメディア「CRUISE CRITIC」によれば、現時点で、欧州の造船所に発注済みであるクルーズ客船の受注残は「50隻以上。会社によっては最長で2024年納期まで建造の予約が入っている」と、かつてないほどの盛り上がりを見せているからです。

 これは言い換えれば、欧州を含む各国の客船会社やフェリーを運航する会社は、新しい船の建造引き受け先を失っているということ。世界最大のクルーズ会社であるカーニバルグループはこうした状況を予想、すでに中国の国営造船所での建造を計画し、技術指導と新造船の発注を始めています。

三菱重工、舵取りは正しかった? かつて下した「決断」

 現状を鑑みれば、三菱重工が2011(平成23)年に一般商船を諦め、付加価値の高いLNG(液化天然ガス)運搬船や大型客船に建造を絞り込み、同年11月に「AIDA prima」、そして現在建造中の第2船「AIDA perla」を受注したことは、判断としては間違いではありませんでした。

 もしかしたらいまごろ、三菱重工の長崎造船所には、大型客船の受注残がたくさん、並んでいたかもしれません。「ただし、『AIDA prima』の建造に失敗していなければの話」(同ブローカー)というわけです。


かつて戦艦「武蔵」も建造された、三菱重工・長崎造船所の本工場(2014年2月、恵 知仁撮影)。

 日本のメディアでは「中韓造船業の台頭に苦戦」して、つまり折からの造船不況のなか、発注が中韓へと流れ、その潮流が三菱を直撃したがゆえの撤退、という論調がありましたが、しかし現実にはかなり様相が違うといわざるを得ないのです。

 日本の重工各社の造船部門は、何度も造船市況の谷を経験していますから、三菱重工に限らず、バルクキャリア(梱包されていない穀物や鉱石などのばら積み貨物用に設計された貨物船)や石油タンカーといった市況に左右されやすい商船から撤退したり、大幅に縮小したりと、新たな道を選択していました。

造船各社、市況への対応は十分にしていた?

 造船市況に左右されないよう、重工各社が選択した新たな道。前述のように、客船とLNG運搬船へのシフトを大胆に進めたのが三菱重工でした。

 川崎重工は建造コストの安い中国へ進出し、それも中国の国営海運会社(COSCO)と合弁で南通市と大連市に巨大造船所を設立。コスト競争が強いられるバルクキャリアや石油タンカーは中国で建造し、日本では建造量を落とし付加価値の高いLNG運搬船に特化することで、不況対応力を強めるという選択をしました。

 三井造船は、日本で唯一の海洋開発会社である三井海洋開発を傘下に持ち、日本造船業にとっての悲願ともいわれる海洋進出を時間を掛けてすすめ、かつ日本最大の舶用エンジンメーカーとしての市場占有率を高めて来ました。

 そしてNKK(日本鋼管)、日立造船、IHIの3社は、造船部門の分社と統合を進め、JMU(ジャパン マリンユナイテッド)に結集しました。


三井海洋開発のFPSO(浮体式海洋石油・ガス生産貯蔵積出設備)。写真は中古の超大型石油輸送タンカーを改造したもの(写真出典:三井海洋開発)。

 それぞれの選択で、変動幅の大きい造船市況への対応力を強めて来たのが大手重工各社のこれまでです。

 つまり重工各社の造船部門は何も、海運市況の波に翻弄されるような事業に、無為無策で臨んでいたわけではありません。「体質改善」をしていました。

日本の造船業、いま問われている本当のこととは?

 しかしいま、三菱重工が大型客船で白旗を上げたほか、川崎重工もブラジルや海洋事業への多角化でつまずき2016年度上半期は赤字決算を強いられたため、「造船を継続するかどうかの検討をする」と、流行り病のように、いわば祖業の積極的な展開を諦めるかのような発言が行われています。

 すでに、事業部門としては数パーセントのシェアしか持たなくなった、重工各社内における造船事業。その経営陣は、先述した戦略が実を結ぶまで待つことができなくなっているのかもしれません。

 また一方で、業界内では三菱重工が受注すると思われていた海上自衛隊のイージス艦2隻をめぐり、船価の引き下げが行われたうえでJMU(IHI)が受注したことについて、「ダンピング受注と言わざるを得ない」(造船業界筋)という、過当競争が始まっているとの見方も出ています。

 日本の重工各社における造船部門が、危機に遭遇しているのは間違いありません。とはいえそれは外部要因、つまり「造船不況による危機」というだけではありません。

 重工各社における造船部門の現況について問われた、日本造船工業会の村山会長(川崎重工会長)は、2016年10月11日(火)の定例記者会見で、各社ともに事業見直しという「体質改善のための産みの苦しみ」の過程にあると説明しています。とりわけ日本では、「為替にもよるが、韓国よりも人件費が安い」といわれる専業造船所が力をつけており、村山会長が語る体質改善は、重工各社の造船部門にとって、まさにその真っ最中にあるといえます。

「体質改善」での生き残りを目指すのなら、「我慢」こそが、いま、重工各社の経営者自身に問われている、といえましょう。

【写真】艦隊を組む三菱重工製のイージス艦「こんごう」


三菱重工長崎造船所にて建造された、海上自衛隊こんごう型護衛艦1番艦「こんごう」(写真出典:海上自衛隊)。