針生信夫(はりう・のぶお)●株式会社舞台ファーム代表取締役。1962年、宮城県生まれ。宮城県立農業講習所(現宮城県農業大学校)を卒業後、父親の後を継ぎ、就農。2003年に舞台ファーム設立。2013年にはアイリスオーヤマとの合弁により、舞台アグリイノベーションを設立した。農林水産省マルシェ・ジャポン プロジェクト実行委員長、仙台市認定農業者連絡協議会会長、宮城県総合計画審議会委員などを歴任。 舞台ファーム>> http://www.butaifarm.com/

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いにしえの豪農を彷彿させる針生信夫社長は、東日本大震災で株式会社舞台ファームが数億円 の債務超過に陥るも、持ち前の突破力でV字回復を成し遂げた。「食卓イノベーション」を掲げ、縦割りの垣根を越えた生産、販売、流通の一体化に取り組む。後編は「人と組織」のマネジメントを中心に物流や財務、ITなどに話題が及ぶ。

■農業「ハルマゲドン」がやってくる!

――今後の成長に向けた目標値は、具体的にどう設定されていますか。

【針生】昨年の決算は、舞台ファーム単体で22億円ですけど、2018年には「農業のハルマゲドン」がやってきます。コメの生産調整、戸別所得補償制度が18年に廃止されます。生産調整に終止符です。多くの農業者は悩むでしょうが、一方で大きなチャンスになると考えています。このような時にこそわれわれのコンビニ型のしくみが生きる、と考えています。

――コンビニ型のしくみとは?

【針生】コンビニ業界のシステムを農業にも持ち込もうと考えています。地域に縛られた大きなピラミッド型では、自分だけ、自分の地域だけよければいい、あとは敵みたいな感じになりがち。一方、コンビニ業界はフランチャイズのオーナーが一番上で幅が広く、オペレーションをする人は底辺にいるという逆三角形型の組織図となっており、オーナーを最も大切にしています。オーナーに最大限の利益を与えることでコンビニは大きな推進力を得ています。

農業でも、僕らには六次化のビジネスモデルがありますから、それをコンビニ型で全国に広めたい。1人の農業法人を1億円と想定すれば、全国に100できれば100億円。われわれはオペレーションリーダーとして、考案した仮説をどんどん広げる。農業ハルマゲドンの1年後である2019年には全体として100億円にいきたい、というのが現在のイメージですね。

――コメ農家は高齢化も進んでいます。

【針生】コメ農家の平均年齢は69.8歳ですよ。5、6年後にはどんどんおやめになる。日本農業の課題を解決するアグリソリューションを拡大していく。ソーシャル・アグリ・インパクトとして、日本農業に投資を行なうことで積極的に課題解決に取り組んでいきたい。

■物心両面で満足してもらえる会社に

――現在、御社の社員は何人ですか。

【針生】舞台ファーム単体で50人。グループ全体で200人ぐらいです。かつては舞台ファーム1社で全て対応していましたが、これだけ様々な取り組みを行なっていくと、社員の管理システムが複雑になってしまいます。事業へのガバナンスをしっかりと取って行くことを目的として、旧舞台ファームの強みを切り出して会社をいくつか設立してグループ化しました。震災復興の折であったこともあり、新規農業会社設立による固定資産税などの援助策の恩恵も受けることができました。

――そういう柔軟性、適応力がやはり経営上の一番の強みでしょうね。

【針生】組織図を見ていただくと、うちにはMO(マーケティング・アンド・オペレーション)本部があります。経営者である私の直轄部門です。とかく営業は、お客さんにいい顔をしたがる。たとえば、カット野菜は20種類程度が一番効率いいのに「40種類やりましょう」とか。そうすると現実にカット工場を動かしている人から「何を言っているんだ」と反発が起きる。ですから、われわれは工場で経験を積んだ人間が営業に行って、常にマーケティングとオペレーションの議論がかみ合うようにしています。農場、流通、生産、各部門の責任者が集まって方向性を出すのがMO本部なんです。通称、プレゼン会議と言っています。

――なるほど。では、逆に組織的な課題、クリアすべきポイントは何でしょうか。

【針生】しっかりした組織をつくるには当然、人材が問われますけど、その前にもっとも大切なのは、社長の器を超えて会社が伸びることは絶対ないということ。社長の上に最高経営執行者(CEO)がいて、社長とCEOは別と意識したほうがいい。3.11以前は社長が経営執行すればいいと僕も思っていたんですけど、東日本大震災でコメの在庫が津波で流されるなど債務超過になり、皆さんに大きな力で支援していただいて考えが変わった。農業会社の長は社長ですけど、どんぶり勘定で数字が読めず改善する力がなければ、倒産する。CEOは、そこで全体を見てカバーするんです。

――針生さんはCEO的な立場で。

【針生】そうです。意識してやっております。

――人材、後継者の育成は、待ったなしですよね。

【針生】グリーンカラー育成システムというのがあります。コンビニでは地域特性やら、マーケティングデータを駆使してオーナーを教育するでしょ。あれと同じように、舞台ファーム20年の経験を、一挙に若手に注入します。農業は新陳代謝が大切。ただ、新しい人材を育てるには条件があるんです。休みと給料、ワークライフバランスです。僕は良く頑張ってくれた社員に、物心両面で満足してもらえる会社にしたいと思っています。

■物流まで一貫してやる

――さまざまな工夫をしておられますが、目下、生産上の課題は何ですか。

【針生】農地が足らないですね。とにかく農地を貸していただきたい。そこで「所有権」と「耕作権」と「やりがい権」という3つに分けたんです。東日本各地に農地をお借りしていますが、全部に舞台ファームの社員は行けない。「やりがい」を感じていただける方に権利を持ってもらい、そこを託してわれわれの代理センターとして巨大化していってほしい。

――物流や販売、そちらにも力を入れてらっしゃいますね。

【針生】現在、うちは日本の農業会社では画期的ともいえる運送会社の設立を法務局に申請中です。緑ナンバーを取得しようとしています。12月頃には認可が下りるのではないか、と思っています。いまも常時、5台のトラックでコンテナを動かしていまして、沿線上には仲間がいっぱいいます。

岩手県の北上には、取引先である大手コンビニチェーンのセンターもある。そこまで約130km。途中の農家から仙台の国分町で生産物を売りたいから運んでほしい、と頼まれても白ナンバーでは無理です。六次産業化はすばらしいんですけど、やるなら運送業までやらないと。経費はかかりますが、既存の運送会社に頼ってばかりでは情けない。最終的に生産から物流、販売までつなげば運賃も抑えられるでしょう。

――ということは株式会社がいいということですね。

【針生】結果的にそういうことになってきたんですよね。

――財務面のご苦労もおありでしょうが、補助金については、どのようにお考えでしょうか。

【針生】いわゆる「人間特区」の考え方がありますね。人材育成などに関する特区です。やっぱり、補助金というのはありがたい。ただ、えてしてお金をもらえるような感覚になってしまう。だったら、人間特区にして、ミッションをクリアして成功した人には補助金を成功報酬としてあげるというように、ちょっと形を変えて支給すれば成功を目ざして、皆、力を注ぐわけですよ。

ところが、いまは書類を書くことで補助金がもらえてしまうので、お金の怖さを知らない経営者は、ずぶずぶはまって大変になってしまう。成功報酬という考え方は、あってもいいのではないでしょうか。

――補助金は、縛りもきついですね。

【針生】はい、規制がちょっと堅すぎる。日付を切られたあとでなければ施設をつくってはダメとか、諸々の要件で縛られてスピード感がなくなる。補助金を当てにすると事業のスピードが落ちるので、結局、補助金なしでやるケースも多いのです。書類を出したら事前着工していいとなれば、もっとスピード感が出るのですが……。

■農業のフレームワークが大変革していく

――御社は、突きつめれば、経験主義的な農業を、ノウハウの確立によってチェーン展開する。そういう方向に進んでいると、とらえていいでしょうか。

【針生】ビッグデータ、ICTを駆使して、日照時間、降水量、水温、あるいはハウスの温度管理をしっかりやって、スマートアグリを採り入れることは、とても大切だと思います。ただし、農業を実践している方がICTをまったく理解できていない。だから植物工場とか、密閉工場の農業が最新だと錯覚し、それをさらに効率的に、また最大限に活用するまでには至っていないと考えます。僕らは、人工知能も含めたさまざまなチャネルを通して、しっかり研鑽を積んでいこうと思っています。

――TPPに象徴されるようにグローバル化の波も打ち寄せています。

【針生】農家は、インポーター・エクスポーター事業ができないんですね。アジア諸国、ASEANのなかでコメ作りとか、ODAと連動してインドネシアやベトナムでコメを作っていますが、行く人が英語も喋れない。現地語もビジネス用語も契約書の作り方もわからない。そういう農家が行って、帰ってくる。僕の十数年前と同じです。行ったけど上手くいかなかったって。花火は上がるけど、ビジネスモデルにはなかなかなりにくい。インポーター・エクスポーター部門を持っているパートナーとどう組むかです。

――最後に、農業は大変革の時を迎えていますね。

【針生】そうですね。ですから、こうした日本の大きな農業課題を受けたわれわれが、チャレンジャーになる決意をしています。農業ベンチャーとして挑戦していきたい。ただ、ベンチャーだけの域に終わるんじゃなくて、農業のフレームをまったく変えていく存在になる。

全部われわれが取り込むのではなく、このモデルを皆さんにお示しして、それが波状的に広がっていくのが理想です。独占するのではなく、多くの成功事例をどんどんつくっていただいて、地産地消の中でそれが広がっていく形だといい。そのためにも、医療でもコンビニでも、何でも日本のナンバーワンと積極的に取り組んでいきたいですね。

(舞台ファーム完)

(針生信夫(舞台ファーム)、大和田悠一(有限責任監査法人トーマツ)=談 山岡淳一郎=聞き手、文・構成)