2016年6月23日。イギリスのEU(欧州連合)からの離脱の是非を問う国民投票において、事前の世論調査を覆す形で離脱派が勝利し、世界に激震が走った。いわゆるブレグジット(ブリティッシュ=英国とイグジット=退出を組み合わせた造語)である。日本のマスコミではブレグジットについて、まるで離脱派が一方的に間違った選択をしたかのごとく報じられており、本質が見えてこない。

 そもそも、欧州連合とは経営(ビジネス)の三要素であるモノ、ヒト、カネの国境を越えた移動の自由を、国際協定により「固定化する」というシステムだ。国際協定によるグローバリズムなのである。
 国際協定とは、国内法の上位に位置付けられる。例えば、批准した国際協定が「労働者の移動の自由」を保証していた場合、国内法で移民制限をかけることが不可能になる。

 EU加盟国はマーストリヒト条約により、
 「労働者は連合内を自由に移動する権利を持つものとする」
 と、されている。すなわち、EU加盟国は「他のEU加盟国の労働者」が国境を越えて流入してくることを制限することはできない。

 '04年以降、EUにハンガリーやポーランド、ルーマニアやブルガリアといった、比較的所得水準が低い東欧諸国が続々と加盟していった。結果的に、イギリスには「安い賃金」でも喜んで働く東欧の労働者が大量に流入。それでも'08年までは問題にはならなかった。ご存じの通り、当時はアメリカの不動産バブルにより世界的な好景気であった。イギリスでも他の欧州諸国(ドイツを除く)同様に不動産バブルが発生し、経済は活況を呈していた。
 ところが、その'08年にリーマンショックが発生。欧州ではアイルランドを皮切りに一カ国、また一カ国と不動産バブルが崩壊。イギリス経済もバブル崩壊に見舞われ、さらに政権が緊縮財政路線を強行したため、経済がデフレ化していった(直近のイギリスのインフレ率は、わずか0.1%である)。
 リーマンショック以降、イギリスでは長期にわたり実質賃金が下落し、時給400円の最低賃金で働かざるを得ない「実習生」が100万人近くいるような状況に至る。こうなると、特に「ヒトの移動の自由」というグローバリズムが問題と化してしまうわけだ。長期失業者、あるいは所得が一向に上がらず低賃金で働く労働者が増えていくと、ネイティブな国民と「外国移民」が敵対せざるを得なくなっていく。

 今回のイギリス国民投票に至る離脱派、残留派の運動を見ていて理解できたのは、現在の英国民が完全に「分断」されてしまったという現実だ。
 日本のテレビでも離脱派と残留派が互いに分かり合おうとせず、議論というよりは怒鳴り合いを続け、ボートで威嚇し、水をぶっかけるといった、とてもとても「同じ国民」とは思えない光景が映し出されていた。そしてとうとう最後には、残留派のヒロインであったジョー・コックス議員殺害事件が起きてしまった。
 結局、何が問題だったかといえば、国境を越えたモノ、ヒト、カネの移動を自由化するグローバリズムは、経済規模(GDP)が順調に拡大し、国民の所得が実質値で上がっていくような時期には「目立たない」。バブル崩壊や緊縮財政により経済がデフレ局面に向かい、実質所得が下がり始めると、途端に「爆発する」という話なのである。

 もっとも、実質賃金の長期低迷や雇用の不安定化といえば、日本の方が先輩だ。とはいえ、わが国の外国人労働者の割合は「まだ」極めて低い数値になっている(1%前後)。というわけで、イギリスと同じ問題は起きていないが、それでも公務員や土木・建設業、電力会社、農協などを「敵視」し、同じ国民同士で争わせるルサンチマン活用手法が大流行した(注:ルサンチマン=支配者や強者への憎悪やねたみの意)。