新日鐵住金かずさマジック (1) 「バントはヒットを打つ以上に難しい!だから価値がある」
新日鐵住金かずさマジックは本拠地がある千葉県君津市に木更津、富津、袖ケ浦の3市を加えた「かずさ4市」で活動する広域複合企業チームだ。1975年の創部以来、都市対抗出場は10回で、社会人野球日本選手権には8回出場。近年は2013年の都市対抗でベスト4に進出し、同年の日本選手権では初優勝を飾っている。
この新日鐵住金かずさマジックを2008年から率いているのが鈴木 秀範監督だ。低迷期にあったチームに「小技」も注入することで、再び強豪へと押し上げた。鈴木監督と田中 健主将、平 雄介選手、小林 論尚選手の3人の選手に、「小技」に対する考えや普段の取り組みなどをお聞きしました。
新日鐵住金かずさマジック・鈴木 秀範監督
新日鐵住金かずさマジックの鈴木 秀範監督は選手時代、スラッガーとして鳴らした。法政大では東京六大学リーグ通算11本塁打をマーク。ともに法政大でクリーンナップを形成した元北海道日本ハムの稲葉 篤紀氏(関連記事)は2学年後輩にあたる。新日鐵君津(現・新日鐵住金かずさマジック)でもバットでチームをけん引した鈴木監督は、(1999年の日立市長杯で)2試合にまたがる5打席連続ホームランも記録している。ただ、打つだけの選手ではなかった。鈴木監督は「高校(拓大紅陵高)の頃から小技に対する意識は高かったと思います」と言うとこう続けた。
「恩師の小枝 守監督(2014年夏限りで勇退)がバントやエンドランを重視してましたからね。そういうことが勝敗に直結すると叩き込まれましたし、例えばバントのやり方も、ボールの回転はこうだから、こうやればボールは下に落ちる、といった感じに細かく具体的に教えてもらいました」
鈴木監督は04年に現役を引退。3年間社業に専念した後、08年から新日鐵住金かずさマジックの監督に。指揮官として「1つの送りバントが試合の行方を左右する」という認識のもと、小技に重きを置いている。実際、都市対抗で4強に進出し、日本選手権で初優勝を果たすなど好成績をおさめた13年は「大きなバントミスが少なかった」という。
「私はバントとは、それによって展開が変わる1つの大切な戦術だと思っています。つまり、成功すれば流れを引き寄せられるし、失敗したら流れを相手に渡してしまう、と。それもあって裏話を明かすと、13年は送りバントの場面でもバントが得意でない選手には、バントのサインを出さなかったんです」
[page_break:送りバントは1球目で決めるのがポイント]送りバントは試合の流れを作る―。それくらい大切なものだから、新日鐵住金かずさマジックでは、送りバントを成功させた選手を、まるでホームランを打った選手のようにハイタッチで出迎える。「ウチでは送りバントが成功すると、ベンチは盛り上がりますよ。そもそもチームのために“犠牲”になってくれているんだし、送りバントを決めるのは、ある意味ヒットを打つ以上に難しいですからね」
もっとも、送りバントを成功しても、“そこから”が肝になるのは言うまでもない。鈴木監督は「いくら送りバントが全て成功しようが、得点につながらなければ、“真の成功”にはならない。得点につながってこそ、送りバントの価値はあると思います」と話す。
送りバントは1球目で決めるのがポイント新日鐵住金かずさマジック主将・田中 健主選手
送りバントは1球目で決めるのもポイントだ。鈴木監督が「チームで一番小技が上手い」と認める田中 健主将(筑陽学園高−日本大)によると「2球目で決まるより1球目で決まった方が、明らかにチームは勢いづく」という。1球目で失敗すると「相手もバントが来ると予測するので、“いいところに決めないと”というプレッシャーがかかりますね」(田中 健主将)。日大藤沢高から青山学院大を経て、今年2年目の小林 諭尚選手も「やはり1球目ですね」とキッパリ。
そして「1球目で成功すると“仕事をしたな”と思えるんです」と言葉をつなぐ。同じ2年目で、小林選手同様に鈴木監督から小技面を評価されている平 雄介選手(千葉経大附属高−東京農大北海道オホーツク)は「1球目で決められると、次の打席にも気持ち良く入れます」
田中(健)主将が1球目でバントを成功するために練習で行っているのが、フリー打撃の1球目でバントを決めることだ。目を慣らすために初球にバントをする選手は多いが、田中(健)主将の場合は真剣勝負。「試合を想定して、最初のボールでバントをきっちり決めるようにしている」という。1球目で決める―。その姿勢は主将としてチームに浸透させている。取材日は試合形式の練習が行われていたが、1球目でバントを成功できなかった選手に対し、田中(健)主将からはもちろん、他の選手からも「1球目から!」という大きな声が飛んでいた。
[page_break:まずはバットの先に当てることからスタート]まずはバットの先に当てることからスタート実戦形式の練習の様子
鈴木監督いわく「社会人でもバントが苦手な選手はいる」。タイプは大きく2つあるようで1つは“右投げ左打ちの選手”。「バントは利き腕でボールをキャッチする要領で行うので、右投げ左打ちだとそれがスムーズにいかない感じを受けています」
もう1つは“苦手なものを苦手と考えてしまう選手”。「要は割り切りの出来ない選手ですね。これはバントに限った話ではありませんが、苦手意識を払拭しないと、なかなか上達できないと思います」
ではどうすれば、“バントが苦手”から脱却できるのか?鈴木監督が伝えているのはシンプルな方法だという。
「バントを失敗しやすいのは、目の位置と当たる位置が遠い時なので、これを踏まえながら、とにかく“バットの一番先端部分に当てる”ということです。いろいろなバントのカタチを覚える前に、まずはこれを修得する。ここに当てれば、右打者ならたいてい右方向に打球が転がりますので、走者一塁での送りやスクイズなら成功する。成功すれば自信になりますし、成功することで小技の大事さも理解できます。それに“バットの先にさえ当てればいい”だけなら、得意でない選手でも気持ちに余裕を持てるでしょう。あとはこれをベースに各々でプラスアルファをしていけばいいと思います」
鈴木監督は「バントはどんな選手でも、練習をすれば必ず上手になります」と断言する。ただし、単に練習を重ねればいいわけではなく、あくまでも正しいカタチで。
「私は常日頃選手たちに、自分のプレー、技術的なところを自分だけが感覚的にわかっているのではなく、言葉でも説明できるようにしろ、と言っています。説明できるなら、体でも表現できるので。バントも、こうすればこうなるからこうしている、と説明できないと、考えながら練習しないと、本人にとっての理に叶ったカタチが作れないと思います」
前編はここまで。後半では鈴木監督がバントが上手になるための考え方、またバントが得意な選手たちにバントの極意、バントのやり方を実践します。お楽しみに!
(取材・文/上原 伸一)
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