恩師が語る、岩貞祐太が「トラの奪三振王」に急成長したわけ
阪神タイガースの左腕・岩貞祐太がプロ3年目にして快調なスタートを切った。この春のキャンプ、オープン戦で好投を続け、開幕ローテーション入りを果たすと、今季初登板となった4月2日のDeNA戦では7回を無失点に抑え、しかも12奪三振という圧巻のピッチングを披露した。
驚いたのはそれだけじゃない。続く9日の広島戦でも12奪三振。さらに、16日の中日戦でも10奪三振と、開幕から3戦続けて2ケタ奪三振を記録。これは左腕としては史上初のことだという。その後も快調なピッチングを続け、ここまで(5月5日現在)2勝1敗、防御率0.786(リーグ1位)、奪三振46(リーグ2位)と好成績を残している。
横浜商科大時代の岩貞はじれったい投手だった。熊本・必由館(ひつゆかん)高校から入学すると、すぐにベンチ入りしたほどの期待の大器。2年からはローテーションの一角として、というよりはエース格としてマウンドに上がっていた。
183センチの長身サウスポー。すらりとしたスリムなユニフォーム姿で、腕が長く、しかもしなやか。リリースのタイミングが合ったときのクロスファイアーとカットボールは、ストライクゾーンに決まっているのに、バッターボックスの打者がのけぞってしまうほどのキレ味があった。
自分のペースで気分よく投げているときはよかった。それが、走者を出して、しかも得点圏に進んだりすると、急に落ち着きがなくなってしまう。
横浜商科大の佐々木正雄監督は、学生球界に名だたる"猛将"である。激励、叱咤の爆声がグラウンドにとどろくと、岩貞は相手打線より味方のダグアウトを気にして、次第に自分を見失うこともあった。
「岩貞は、ほんと好青年なんだ。だから、なんでも自分のなかに受け入れてしまう。学生時代からそうだった」
佐々木監督が手塩にかけた4年間を振り返る。
「あれだけのボールを放れるんだから、もっとマウンドで偉そうにしていればいいのに、ランナーをひとり、ふたり出すと、自分を信用できなくなるのかな......バッターと戦うことに集中できなくなるんだ」
それでも辛抱を重ねてリーグ戦で使い続け、4年秋にはリーグ戦で6勝を挙げ、最優秀投手賞を獲得。その年、ドラフト1位で阪神から指名を受け、入団することになった。
「プロに行ってからのアイツは、詰まっていたんだ。阪神の1位ということで、期待は大きいし、注目もされる。ファームでくすぶっていれば、痛烈に批判もされる。そのすべてを受け入れてしまい、消化も吸収もできずにね......。そういうフン詰まりみたいな状態だったのが、昨年までの2年間だったんじゃないのかなぁ」
教え子がプロに進んでからも、折に触れて連絡を取り、言葉をかけてきた佐々木監督には、これまでの岩貞の苦闘が手に取るようにわかる。
そんな心配だった教え子が、今年は変わったという。
「僕が食事に誘っても、アイツ、断るようになったからね。たぶん、僕と食事をするよりもっと必要なこと、やるべきことがあるってことなんだろうね。なんでも『はい!』って受け入れていたヤツが、自分の意思でやるべきことを見極められるようになった。今、最も大事なことを自分で選べて、そのとおりこっちに主張できる。大人になったってことなんだろうな」
佐々木監督が"張った言い方"になるときは、うれしいことを語っているときだ。
「何かのきっかけでフン詰まりが解消できて、同時に自分の判断で対応できるようになった。スライダーがよくなったとか、スピードが増したとか、アイツの飛躍の理由を新聞などで目にするけど、まあ、それもそうなんだろうけど、それ以上に実戦のマウンドで自立できるようになったよね」
マウンドでの立ち居振る舞いが、間違いなく昨年と違っているという。
「顔色が違うでしょ。顔つきも違う。威風堂々、マウンドから打者を見下ろして投げている。グラウンドのなかで、マウンドがいちばん高い場所なんだってことを、今頃になって実感しているんじゃないかな」
<"完信"を持て。マウンドでは生意気なぐらいに、私生活は謙虚に>
4月23日、広島戦に先発し、7回を1失点に抑えたその日の夜、佐々木監督はこんなメールを岩貞に送った。
完信とは、完璧な自信。才能が開花寸前の教え子に、佐々木監督がつくって贈った激励の言葉である。
「今年、三振がたくさん取れているのも、試合をしっかり作れているのも、『この場面でいちばん必要なものは何か?』を自分でわかるようになったからでしょう。ランナーを許した。さあ、ピンチだ! これが以前のアイツだった。でも今年は違う。ヒットでランナーを許したが、飛んだところがラッキーなだけのヒット。芯で捉えられたヒットじゃない。そういう区別ができるようになった」
<頑張れじゃない。踏ん張れ!>
これも佐々木監督が今年の岩貞に贈った言葉だ。
"踏ん張れ"は「相撲道」の言葉。前に突っ込むだけが勝負じゃない。場合によっては、いったん後ろに下がっても、土俵を割らなきゃ負けじゃない。徳俵(とくだわら)を使っても、最後に勝てばそれでいい。
「どんなきっかけでアイツが目を覚ましたのか知らないけど......」
そう言いながら、じつは思い当たることがあるようだ。
「所帯を持つと決めたことを"理由"にしちゃえば、それがいちばん辻褄(つじつま)が合うんだけど......」
昨年の12月、岩貞は学生当時から愛を温めていた女性との結婚を発表した。
「『変わらなきゃいけないんだ!』って心底思うときって、あるじゃないですか。昨年と今年の間のどこかで、アイツの"フン詰まり"が一気に抜けた。抜いたのは、アイツの勇気なんだと思う。口だけの決意表明ならアイツは何度もやってきたけど、自分の行動で、誰にでもわかるような形で世の中に知らしめるのが本当の"決意表明"なんだってことに気がついて、その通りにいま実行し続けている。すばらしいね」
プロの世界にやられっ放しなど絶対にない。"岩貞、今季初炎上"の日は、いつか必ずやってくる。
「その次ですよ。やられたその次の登板で、アイツがどんな"決意表明"をするのか。アイツの本当の値打ちがわかるのは、そのときですよ」
厳しい言葉で叱咤し続けた恩師の思いが、ようやく教え子の心に届いているようだ。
安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko