東海・関東地区記者・手束 仁氏が選ぶ今年の東海地区ベストゲームTOP5
高校野球はすべての試合が、それぞれのチームにとって、そして、その試合に出場している者にとってのベストゲームである。だから、年間多くの試合を見ていく中で、ベストゲームを挙げるとなると、正直迷ってしまう。確かに、スコア上競り合った試合、延長になった試合などはベストゲームという印象は強い。しかし、そうではなくても、それぞれのベストゲームはある。そんな思いで選定した2015年東海地区のベストゲーム5選。
福山 愛友主将と市川前校長先生(愛知産大工)
それぞれの野球部活動で思いが詰まっているのも高校野球
全国に4000校の高校野球部があるとしたら、4000種類のそれぞれの部の思いと歴史があるはずだ。それは、明治時代からの歴史を引きずる重いものもあれば、ついこの間始まったばかりのものもあるのかもしれない。だけど、そこで白球を追っている選手たちの思いそのものには、そんなに大差はないはずである。
愛知産大工は強豪ひしめく愛知県の中にあって、比較的新興勢力と呼ばれている私学である。もちろん、甲子園出場はまだない。それでも、「生徒たちが、必ずしも恵まれた環境じゃないけれども一生懸命やっているから、学校としても応援してあげたい」と尽力していたのが、市川 博前校長だった。この春定年退職となったのだが、そんな野球部の試合を見に足を運んでいた。そして、そのことに感動して、鈴木 将吾監督も、「春の県大会初戦、何とか勝ってウイニングボールをお渡ししたかった」という思いだった。それが果たせた試合となった。
スコアだけを追っていってみたら、何の変哲もない試合だったかもしれないだけど、その中にはこうした思いも詰まっていたのだ。そして、その気持ちを込めて投げたのが左腕の高坂 翔悟君だった。181センチの恵まれた体格は、同校としても期待の逸材である。(試合レポート)
4位:秋季東海地区大会1回戦 三重vs栄徳力投を見せる温水 飛和君(栄徳)
また一つ、ステップアップした栄徳、負けても前へ向ける試合
部員わずか13人で93年に創部した栄徳。2013年春季県大会で準優勝し初の東海大会に進出し、創部以来チームを見ている中野 浩治監督は、「それが大きな自信となった」と、昨夏も東邦に敗れはしたものの準優勝。現実に甲子園が見えるところにまできていた。そして、この秋はセンバツを意識できる場への登場だ。
しかし、それが気負いとなったのかどうかはわからないが、期待の下手投げ温水 飛和君の球が真ん中に集まりすぎて、三重打線につかまってたちまち4失点。やはり、ここで格の違いを見せつけられるのか、ワンサイドでも仕方がないかと思わせられかけた。ところが2回、二死一二塁で7番近藤 将人君の打球がふわりと上がりそのまま左翼スタンドに入った。これで、試合は俄然分からなくなった。「大丈夫だから、もっと内側を攻めていきなさい」という中野監督のアドバイスを、温水君も忠実に守った。
6回に同点となり、試合は延長戦となった。結局10回、三重は藤田 朋樹君、山岡 健人君と下位打線の連打で決勝点を挙げる。しかし、前年甲子園準優勝校の三重にここまで食い下がった栄徳は、間違いなく、チームとしても大きな自信となったはずである。(試合レポート)
[page_break:3位:春季東海地区大会準決勝 いなべ総合vs岐阜中京 / 2位:第97回岐阜大会4回戦 斐太vs中津商]3位:春季東海地区大会準決勝 いなべ総合vs中京祝 大祐君(いなべ総合)
この夏、チーム史上最強を目指し、その確認もできたいなべ総合だったが
いなべ総合は毎年、5月の連休には関東遠征を組んで横浜や東海大相模といった関東の強豪に挑んでいる。これは、尾崎 英也監督が前任の四日市工時代から続けていることである。この夏も、やがて全国制覇を果たす東海大相模に、5月の子どもの日に遠征していた。東海大相模は注目の小笠原 慎之介君こそ投げなかったものの、全国トップレベルの投手陣。その東海大相模から2試合で21点を奪ったのだから、その破壊力は大したものである。
それから2週間と少しで迎えた東海地区大会。前年秋に続いて三重県1位で挑んだ大会だが、県内では盤石の強さを誇っているといってもいいものだった。その強さをこの大会でも証明するかのように、苦しみながらも延長の末タイブレークを制し、勝っていったあたりにその確かな強さが感じられた。それを確認させてくれた試合でもあった。
そんないなべ総合だったが、甲子園出場のかかった夏は決勝で津商に敗れる。その無念さをバネに、この秋は県3位校ながら、東海大会へ進出して準優勝を果たす。来春の甲子園への切符をほぼ確実とした。そんな、いなべ総合の勝負への執念としたたかさを象徴するかのような試合でもあった。(試合レポート)
2位:第97回岐阜大会4回戦 斐太vs中津商この夏、決勝進出で旋風を巻き起こした『白線流し』の斐太、会心の試合
斐太(ひだ)は創立129年周年を迎えるという斐太中時代からの伝統を担う名門校だ。知る人ぞ知る、卒業のセレモニー「白線流し」は、今日にも受け継がれているという。こういうあたりも、伝統校ならではのものである。その際に卒業生と在校生で歌われる「巴城ヶ丘別離の歌」の独特の旋律は、時代を超えて今なお、聞く人の胸を打つものである。
そんな斐太が、この夏は快進撃を果たした。その原動力はエースの根尾 学君だが、この試合でも立ち上がりに先頭の白川 怜旺君が中前打から始まり、四球などで重盗も仕掛けて先制。さらには一死満塁で野選も含めた連続スクイズもあって4点を貰って、8回まで0に抑えて、9回はリリーフ田口 雄基君にマウンドを譲ったが、田口君もきっちり3人で抑えて完封勝ち。斐太にとっては15年ぶりのベスト8に進出を果たしたことになったが、会心の試合と言っていいものであろう。槇本 寛監督は、「選手たちが、自分たちで約束事を作って、それを守ってくれています」と、嬉しそうだった。(試合レポート)
[page_break:1位:第97回愛知大会2回戦 豊橋工vs春日井西]1位:第97回愛知大会2回戦 豊橋工vs春日井西エースの森 奎真君(豊橋工)
21世紀枠代表として出場した甲子園の経験が奇跡をもたらした豊橋工の夏初戦
この春の第87回センバツ大会に21世紀枠代表として選出された豊橋工だが、「森 奎真が投げなかったら、本当にどこにでもある普通のチームです」と、林 泰盛監督は言う。そんな地域の公立工業だったが、昨秋に東海大会に進出してその戦いぶりが評価されて初出場。甲子園では1回戦で準優勝する東海大四に敗れはしたものの、しっかりと戦えたことで自信となった。しかし、夏はそんな豊橋工に対して、相手が捨て身でぶつかってきた。
豊橋工は正直、少し先のことも考えて、森君を5番左翼で起用。先発マウンドには遊撃手の江川 清太郎君が立っていた。それでも、5回までは2点リード。何とかしのげそうかなという矢先の6回、春日井西の猛攻にあって一気に6点を失った。森君のリリーフのタイミングも、少し遅れた。さらに、準備不足もあってか、森君も打たれたことも大量失点につながった。春日井西も甲子園出場校に対して、捨て身の気持ちで挑んできていた。その勢いに完全に気圧されていた。
8回に1点を返したものの、3点差で迎えた9回裏、何とか追い上げて1点差としたが二死三塁、4番彦坂 拓真君は足が攣って途中からマスクを被っていた伊東 克峻君が打席に立った。その伊藤君の一打が相手の失策を招いて同点。もうここは長打でサヨナラしかないという二死一塁の場面で、森君は左翼スタンドへ放り込んだ。奇跡ともいえるサヨナラ2ランとなった。甲子園を経験したということがもたらした。
奇跡の一打だったのかもしれない。林監督は、そのサヨナラ本塁打もさることながら、伊東君が最後の打者にならなかったことを何より喜んだ。「鈍臭いけれど、一番努力したヤツです。あいつで終わらなくてよかった…」そう言って涙にくれた。(試合レポート)
◆エンドメッセージ実質活動期間は、わずか2年と4カ月しかないのがほとんどの高校生の野球部生活である。それでも、その時間は、それぞれの人生の中でも、やはり濃度の濃いものになっているはずである。それは、それだけの思いを積み重ねてきているからに相違ない。そして、高校野球を見て、伝える側にある我々の立場としても、そんな思いに応えて、それぞれをサポートしていかれる、そんなメディアでありたいと思っている。また、そうなっていってほしいと願っている。(思いを込めて…文責・手束 仁)
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