退職金の運用は金融機関に相談すべきか

写真拡大

会社を辞めた。独立起業するかフリーランスで働くか、まだ決まっていない―昨今では、望むか否かにかかわらず、そんな状況に直面することは決して珍しくない。

まとまった額の退職金が振り込まれれば、ひとまず安心して「このお金をどう運用すればいいか」と考えるかもしれない。だが、そんな人に強く言いたいのは「その金のことは当面、忘れなさい」ということだ。

今後、安定収入を得るまでにお金がいくら必要になるかわからない。退職金はその間の生活を支える大切な虎の子だ。いつでも引き出して使えるよう、ノーリスクで死守しなくてはならない。そのまま寝かせておくか、預け替えるなら期間1年以内の銀行定期預金を選択すべきだ。

決して金融機関に運用の相談に行ってはいけない。持ち慣れない大金を手にした人は、金融機関のいわばカモ。「老後資金を確保しておきましょう」といって中途解約すると元本割れする個人年金保険を勧められたり、「有利に増やしましょう」といってハイリスクの投資商品を買わされたりする可能性が高い。

また、住宅ローンがある人も、退職金で繰り上げ返済をしないこと。「少しでもローンを減らしておきたい」という気持ちはわかるが、繰り上げ返済すれば使えるお金が減ってしまう。再就職先が見つかるまでに時間がかかるかもしれないし、もし独立するなら、準備資金が必要になる可能性もある。収入が安定するまでは、手元資金を減らしてはいけない。

退職した人が真っ先に実行すべきことは、運用よりも社会保険の手続きだ。会社員でいる間はすべて会社がやってくれるが、退職すると何でも自分でしなければならない。

まずは、ハローワークで失業給付金の申請を行う。給付金を受け取るまでには待機期間が7日間、自己都合退職の場合ならさらに3カ月間の支給制限があるため、ざっと4カ月間は給付金を受け取れない。言い換えれば、「4カ月間の生活費がなければ会社を辞めてはいけない」ということもできる。

これと同時に、市区町村の窓口で年金と健康保険の変更手続きを行う必要がある。

年金は、これまでの厚生年金を国民年金に変更する。妻が専業主婦の場合は、妻も第3号被保険者から第1号被保険者への変更が必要で、今後の年金保険料は自己負担になる。

健康保険は国民健康保険に切り替えるのが基本だが、前の会社の健康保険組合に2年間は任意で継続加入することもできる。ただし、保険料は会社負担分(半額)がなくなり全額自己負担になる。任意継続にするか国民健康保険に切り替えるかは、窓口で国民健保の保険料を問い合わせ、比較して決めるといい。

国民年金と健康保険に加入すれば、病気やケガへの備えがある程度は確保できる。これ以上の保険をどうするかについては、今後の仕事の見通しがついてから検討すればいいだろう。

なお、社会保険料の支払いはすぐに始まるが、ほかにも住民税の納付書がいずれ送られてくるはずだ。住民税は前年の所得に基づいて計算されるので、収入が減った中で大きな負担になることを頭に入れておきたい。

会社員の間は給与天引きされていた社会保険料や税金を自分で払うようになれば、その金額の重さをやっと実感するはずだ。これらの支出を含めて、今後、家族が生活するのに月当たり最低いくら必要かをしっかり把握しておこう。この金額を知っていれば手元資金の使い方が見えてくるし、フリーになる決断をする際にも重要な判断材料になるはずだ。

自己都合退職の人が失業給付金を受け取れる期間は最長でも150日間。自らの能力と本当にやりたいことを見つめ直して、収入が途絶える前に次のステップを踏みだそう。

(ファイナンシャル・プランナー 深野康彦 構成=有山典子)