あなたには、いざというときに頼れる「親友」はいるだろうか。健康社会学者の河合薫さんは「『自分は孤独だ』と感じる人は早死するリスクが高い。友人の数よりも、頼れる人の有無が重要だ」と指摘する。「プレジデント」(2019年3月4日号)の特集「毎日が楽しい『孤独』入門」より、記事の一部をお届けします。

■30代〜60代に必要な友人関係とは?

「あの……、河合さん、友だちいますか? 私、いないんですよ」

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ボソッとこう切り出したのは、私が長年フィールドワークにしているインタビューの協力者のひとり、大手企業に勤める52歳の男性です。

これまで700人近くのビジネスパーソンの言葉に耳を傾けてきましたが「友だち」の有無を聞かれたのはこのときが初めて。少々ビビりました。だって、私はめちゃくちゃ友だちが少ないのです。1人、また1人と消え、ギリギリ2人はキープしていますが、正直、ヤバイです。

この男性も同じでした。仕事漬けの日々を過ごしているうちに、学生時代の仲間とは連絡が途絶え、同窓会の誘いは行く気になれず、会社の同期とも年々微妙な関係になり、遂に友だちと呼べる人がいなくなったと言います。

「ひとりでいるほうが楽な半面、時折ものすごく孤独を感じるんです。別に寂しいわけじゃないんですけど、やはり不安ですよね。俺、大丈夫かなって。来年役職定年です。若いときに描いていた未来と違いすぎます。下流老人や孤独死も人ごとじゃない」。男性はこうバツが悪そうに笑みを浮かべました。

孤独――。重い言葉です。孤独はめんどうくさい人間関係からの解放でもあり、束の間の孤独は日常にありふれているので、つい「それも人生」と受け入れてしまいがちです。しかし、「人生の午後」にさしかかった中高年にとっては別。人生の逆算が始まるものの、若いときに夢見た「悠々自適」は死語と化し、老後は楽しい仲間と思う存分趣味に興じる「思い描いていた未来」と現実とのギャップが大きすぎて、思考停止に陥ってしまうのです。

昔は「会社員」だけをしていれば、家庭からも社会からも「立派なお父さん」と評価されました。でも、今は違います。会社員以外の「何者」かにならなければダメ。「会社しか居場所がないつまらないヤツ」と烙印を押され、50歳を過ぎると「お荷物扱い」です。周りの厳しいまなざしを感じるほど、会社の壁を超え活躍する若い社員に引け目を感じ、運よく出世した同期に恨めしさが募り、曖昧な不安だけがひたひたと忍び寄る。誰かを飲みに誘おうにも、誰もいない。すると「あれ? 俺、友だちいないじゃん」と、とてつもない孤独感に襲われるのです。

今から3年前、ある一本の論文が話題になりました。タイトルは“Social relationships and physiological determinants of longevity across the human life span”。「社会的つながり」と「心臓病や脳卒中、癌のリスクなど」の因果関係を、米ノースカロライナ大学チャペルヒル校社会学科研究グループが分析をしたものです。

孤独に関する研究は2000年代に入ってから急激に増え、「孤独が及ぼす影響は“皮膚の下に入る”(Loneliness get under the skin)」との知見が得られていました。

ここでの孤独とは「『社会的つながりが十分ではない』と感じる主観的感情」のこと。家族といても、職場にいても、ときとして堪えがたいほど感じるネガティブな感覚です。孤独感を慢性的に感じているとそれが血流や内臓のうねりのごとく体内の深部まで入り込み、心身を蝕んでいくことが、いくつかの研究から示唆されたのです。

とはいえ、何が、どのように、どういう人に影響するかはわかっていませんでした。そこで研究グループは、2万人近い大規模な年齢層(若年、壮年、中年、老年)の縦断データを用いて定量的に分析。「社会的つながり」を、「広さ」(社会的統合)と「質」(社会的サポート)に分けて得点化し、健康度を示す変数との因果関係を調べました。「広さ」とは、結婚の有無や、家族、親戚、友人との関わり合い、地域活動、ボランティア活動、信仰に基づく活動など、「質」とは、「互いに支え合う関係にあるか」「互いのことをわかり合えているか」「自分の本心を出せるか」といった心の距離感の近さです。

■孤独のなかにも「良い孤独」がある

分析の結果、人間関係の「広さ」は若年期(10代〜20代)と老年期(60代後半以上)の人たちの健康に、また、人間関係の「質」は、壮年期(30代〜40代前半)から中年期(40代後半〜60代前半)の人たちの健康に、大きく影響を及ぼすことがわかりました。つまり、「若いときはたくさん友だちをつくり、ネットワークを広げ、ジジババになったらいろいろなサークルに行けば健康でいられるけれど、将来への不安が高まるミドルになったら、信頼できる(親密な)友人が必要だよ! ひとりも友だちがいないと、早死にしますよ!」という警告が示唆されたのです。

世間では「孤立は悪いけど孤独はいい」という意見がありますが、この調査結果を鑑みればそうとも言い切れません。また「孤独=悪」と問題視する傾向もありますが、個人的には孤独には「良い孤独」と「悪い孤独」があると考えています。

その境界線を決めるのが「心の距離感の近い人」の有無です。たったひとりでも、いざというときに頼れる人がいればいいのです。そういう人がいる人は、むしろ積極的に「めんどうくさい人間関係」から解放される孤独な時間を楽しんでください。

だって、良い孤独は「自分と向き合う貴重な時間」だからです。積極的に自らを孤独に追い込むと、人間の深部に組み込まれている「誰かと関わりたい」プログラムが、勝手につながる相手を「自分」にセットしてくれます。自己との対話が始まるのです。

すると「このままでいいのかな? この先大丈夫かな?」と無性に不安になる。でも、その時間は自分の市場価値を見極める貴重な時間でもあります。他者に評価されるのではなく、自分で自分を評価する。年齢に関係なく輝いている人は、例外なく「ありのままの自分」を受け入れています。

自分の市場価値を知るのはとても恐いものです。でも、社会における自分の立ち位置をしっかりと見つめるまなざしを持てたとき、初めて「自分に足りないモノ」「自分がやるべきこと」「自分のやりたいこと」が明確になります。それは人間のポジティブな機能のひとつである「人格的成長(Personal growth)」という、「自分の可能性を信じる」感覚のスイッチを見つけた瞬間です。そこで「自分がやるべきこと」「自分のやりたいこと」に向けて一歩踏み出せば、「将来不安」が「光」に変わります。

■真の自立を手にすれば、将来への不安は消える

不安の反対は安心だと思いがちです。でも、どんなに安全地帯を見つけたとしても、また「不安」が頭をもたげてきます。不安の反対は安心ではなく、一歩前に踏み出すこと。前を向き「自分がやるべきこと」「自分のやりたいこと」に向けて動いていれば、不安に押し潰されることも、生きる力が萎えることもありません。先輩たちのキャリアパスがまったく参考にならない雇用環境に投じられている今の中高年男性たちだからこそ、あえて「良い孤独」の時間を持ってほしいのです。「ダメな自分」「足りない自分」「もっとできそうな自分」と向き合ってください。

「この先、大丈夫か?」という曖昧な不安の奥底には、「自分だけは運よく、少数の『必要とされる人』に紛れ込めるかもしれない」と密かに期待する自分もいるため、「見て見ないふり症候群」に陥りがちです。人は見たいものだけ見て、自分に都合よく認知する性癖がありますが、「自分と対話する時間=良い孤独の時間」を持てば、それが虚構だったことに気づくはずです。誰の心にもある「一歩踏み出す勇気」を引き出してくれるのが「良い孤独」です。そして、もし、前に踏み出す勇気が持てなければ「他者」の傘を借りてください。ふと顔が浮かんだ知り合いに連絡をして、たわいもない話をしたりするだけでいいのです。カッコ悪かろうとも他人の力にすがれば、可能性は無限大に広がります。

真の自立は依存の先に存在します。近い将来「悪い孤独」に心身を蝕まれ不幸な結末を迎えないよう、まずはアナタが誰かに傘を差し出し、誰かの「たったひとり」になることから始めてください。

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河合 薫(かわい・かおる)
健康社会学者、気象予報士
千葉大学教育学部卒業後、全日本空輸入社。その後気象予報士を経て、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。現在は「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、講演、執筆活動などを行う。著書に『残念な職場』『他人をバカにしたがる男たち』ほか。

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(健康社会学者、気象予報士 河合 薫 編集=干川美奈子 写真=PIXTA)