トレードマークは中心部に北極点を刺繍した丸いワッペン。10万円前後もするのに、供給量がまったく追いつかないほどの人気だ(撮影:尾形文繁)

冬シーズンに向けて、今年もよく売れている人気高級ダウンジャケットがある。「カナダグース」だ。購入層は男女とも主に20〜40代。税込みで10万円前後するが、まだ11月初旬にもかかわらず、どの取扱店でも入荷済みの定番商品はほぼ完売し、極端な品薄状態が続いている。

伊勢丹新宿店では、今年からカナダグースの人気モデルの販売方法を変更。店頭入荷する商品をあらかじめサイトで告知し、購入希望者は指定のデジタルチケットサービスで入場順を事前に抽選する形に変えた。昨年以上に問い合わせが多く、店頭での混乱を避けるためだという。それほどまでに人気のカナダグースとは一体、どんなブランドなのか。

約60年前にトロントで創業したカナダグースは、北極・南極圏で活動する冒険家や観測隊、寒冷地での映画撮影スタッフなどにダウン衣料を提供してきた会社だ。同社のダウンジャケットはやや堅めの丈夫な生地と防寒性の高さが特徴で、軽さやシルエットを重視したヨーロッパブランドのファッション系ダウンとは見た目も作りも大きく異なる。

日本企画のモデルで人気に火が付く

日本で人気に火が付いたのは比較的に最近のこと。日本で着るには暑く、サイズも大きすぎるとして、以前はあまり売れていなかった。そこで当時の国内代理店が本国に掛け合い、ダウン量を減らし身幅も細くした日本企画のモデルを2012年に発売。この「ジャスパー」と呼ばれるミドル丈の男性用モデルが人気となったうえ、アジア人の体型に合わせたモデルの展開も始まると、さらに日本での販売が伸び始めた。

カナダグースは2013年に米投資会社・ベインキャピタルの出資を受け、昨年春にはニューヨークとトロントの株式市場に上場を果たした。11月1日時点での時価総額(円換算後)は約6850億円と直近の年商の10倍以上に達しており、投資家たちからも高い注目を集めていることがうかがえる。

アパレル不況が叫ばれる中、なぜカナダグースの高級ダウンジャケットは多くの消費者から支持されるのか。日本での価格設定やブランドの立ち位置は今後どうなるのかーー。国内総代理店のサザビーリーグでカナダグース事業の責任者を務める、平井洋司・リトルリーグカンパニーオフィサーに話を聞いた。

――なぜカナダグースはこれほど人気になったのでしょうか。

今はファッションとアウトドア衣料の垣根がほとんどなくなった。そうした時代の変化もあると思う。あと、本物志向の方が増えてますよね。アウトドア好きな方がジープを買ったり、マリンスポーツを楽しむ人が水深200メートルにも耐えられるようなダイバーウォッチを買ったり。実際にそこまでの機能は必要ないけど、どうせ買うなら本物がいいと。

カナダグースも同じだと思うんです。南極観測の科学者や冒険家、犬ぞりの世界チャンピオンなどにダウンパーカーを提供してきたブランドの歴史があって、その中で培った技術や高い機能が信頼につながっている。さらに希少性が人気に輪をかけているのかもしれません。

供給が追いつかず、各国が争奪戦

――「欲しいのに、どの店も在庫切れで買えない」という不満の声もよく聞きます。

カナダグース本社からの製品供給量に制約があって、取扱店への納入数をあまり増やせないんです。頑張って毎年、少しずつ輸入量を増やしてはいるんですが、それ以上に需要の伸びが大きくて追いつかないというのが実情です。


平井洋司(ひらい ようじ)/53歳。大学卒業後、アパレル輸入専門商社を経て、2010年にサザビーリーグ入社。米西海岸発祥のセレクトショップ「Ron Herman」の国内展開や、代理店ビジネスで同ショップと相乗効果のある海外ブランドの開拓に携わる。2016年より現職(撮影:尾形文繁)

――なぜ輸入量を増やせないのですか。

2つの理由があります。売れ始めたらアジアや東欧でバンバン作るブランドも世の中にはありますが、カナダグースは「メード・イン・カナダ」にこだわり続けている。あくまで自分たちの目の届くところで作るんだと。資源が限られているんです。

しかも日本だけではなく、おひざ元のカナダやアメリカ、ヨーロッパ、アジアなど世界中で人気が高まっている。カナダ国内で生産能力を必死に増やしてはいますが、品質を維持しながら生産量を短期間に増やすのは簡単じゃない。供給量に限りがある中で、日本を含め、どの国の代理店も自分たちへの割り当てを少しでも増やそうと必死です。

取り扱いショップからは「もっと数を回して欲しい」とせがまれますが、僕たちの力ではどうすることもできない部分がある。だから、営業マンには売り上げのノルマを課していなくて、(小売業者に卸した商品の何%が消費者に売れたかを示す)消化率を上げていこうと。ちなみに、去年の店頭消化率は97%でした。定価販売でこの数字は十分高いと思いますが、今年はさらに消化率を上げることが目標です。

――カナダグースの決算資料を見て驚きました。過去4年間で売上高が3倍近くに増えていますね。

過去10年間で見たら、50倍ぐらいになっているそうです(笑)。最近で言うと、直営店を出し始めたのが大きい。2年前に初の旗艦直営店をトロントに出して、今年の夏時点では北米5都市とロンドン、東京の計7店。この直営店の販売規模が半端じゃなく、どの店も地元の消費者やツーリストで賑わっています。7店の過去半年の来店客数を合計したら58万人だったそうで、1店当たり毎日460人のお客さんが来た計算ですから、すごいですよね。


当社が運営している日本の旗艦直営店(東京・千駄ヶ谷)にも、多くのお客さんが来て下さる。先日は人気モデルの販売日に150人ぐらいの行列ができました。訪日客の来店も確実に増えていて、約3割が海外のお客さんです。特に韓国や中国の方が多く、せっかく来たんだからと複数点購入される方もいる。

カナダグース側から代理店の依頼

――サザビーリーグが国内独占販売契約を結んだのが3年前の2015年秋です。日本でカナダグースの人気が盛り上がってきた頃でしたが、もっと売れると確信して総代理店契約を取りにいったのですか。

大きな誤解があります。取りにいったんじゃなくて、カナダグース側から打診があったんです。自分たちはこれまでずっといいものを作ることだけに専念して、それ以外はあまり考えずに来た。でもこれからはブランド戦略もきちんと考えたいので、一緒にやらないかと。CEOのダニー・リースは頻繁に来日していて、「日本ではどこと組むのがいいか、いろいろと調べたんだ」と言っていました。

―ーそれで平井さんは何と?

僕自身、カナダグースのことを詳しく知っているわけじゃなかったので、とにかく話を聞いてこようとトロントに行ったんです。工場の中も隅々まで見せてくれました。ものすごい数の人たちが黙々と縫製作業をやっていて、その光景を見た時に、こいつはすげぇなと。1着作るのに60人が携わるそうで、協力工場を含めカナダ国内の縫製産業従事者の1割以上を雇用しているという話も聞かされました。

さらに、工場の人が言うわけですよ。「カナダグースの製品は極地の人たちも着ているから、不良品を出してしまったら、彼らの命にもかかわるんだ」と。そういう話を聞くうちに、僕もだんだんテンションが上がってきて(笑)。これはすごいブランドだ、ぜひ一緒にやりたいと。

――サザビーリーグが国内総代理店になって、取引先を相当に絞ったと聞きます。

はい、事実です。契約が決まってからすぐに全国を回って、半分以下に取引先を減らしました。当時のカナダグースは色々なショップで売られていて、1つの商業ビルの中で5〜6店が販売しているようなケースもあった。せっかくいいものを作っているのに、そういう売り方ではブランドや商品の魅力が消費者に伝わらないと考えたんです。

取引を解消したショップの中には、売れない時代からずっと取り扱っていたところもあった。腹をくくってやったことですが、僕自身すごく胸が痛んだし、非常にしんどい作業でした。


右のファーのついたモデルが、男性用で断トツ人気の「ジャスパー」。スーツの上に着用する若い世代の男性も多く、シックな黒色は店頭に並べば速攻で完売するという(撮影:尾形文繁)

この3年間、僕たちはカナダグースのストーリーや機能性を多くの消費者に伝えることに力を入れてきました。昨年秋に直営店をオープンしたのもその一環。直営店は最高のショーケースですから。店内にマイナス20度の部屋を作って、極寒下でカナダグースの高い防寒性を体験してもらえる工夫をした。これは日本独自のアイデアでしたが、今後は本国で出す店にも同じようなアイスルームを作るそうです。

女性比率が大幅にアップ

――カナダグースを着た女性もよく見掛けるようになりました。

日本ではまず男性から人気になったので、当社が代理店業務を引きついだ時は男性比率が8割でした。それがこの3年間で女性にも急速に広まり、今は男女構成比が55:45ぐらい。女性用の取り扱いモデルもかなり増やした。あまり浸透していなかった分、女性に対しては素の状態から自分たちでブランディングができ、やりやすかった部分もある。

カナダグースは無骨なイメージがあるけど、女性の方も最近は、あえて男っぽいダウンを好んで着用される方が増えている。暖かいだけじゃなく、生地が丈夫で破れにくいので、最近は小さなお子さんのいるママさんたちからも人気なんです。

――この数年でかなり値上がりしました。来秋冬シーズンもすでに値上げが決まっているそうですね。

平均すると今年よりも1割ほど定価を上げる予定です。日本が勝手に吊り上げてるわけじゃなくて、本国の値上げに伴う価格改定です。カナダ国内の工賃や素材のコストが上がっているのと、あとは為替の変動も大きいので。ただ、確かに以前と比べたら高くなりますが、それでも製品のクオリティを考えると、僕は決して割高な価格設定ではないと思っています。

上場企業になっても、こだわりは不変

――カナダグースは北米で急速に直営店を増やし、中国にも本格進出します。株式を上場したのを機に、企業としての成長をかなり強く意識し始めたように感じます。

それはあるかもしれません。ただ、メード・イン・カナダや品質、機能への強いこだわりは、まったくぶれていません。そこは本当にすごいと思う。


カナダグースは昨年、創業60周年を迎えた(撮影:尾形文繁)

――これから先、カナダグースはどんなブランドになろうとしているのでしょうか。

彼らが目指しているのは「ラグジュアリー・パフォーマンス・ブランド」。いわゆる機能ファーストなんですよ。きらびやかな服じゃなく、どんな状況下でどんな人も快適にすごしてもらえるブランドという意味です。冬のダウンパーカーに関しては、かなりいいところまで来た感じはします。

課題を挙げるなら、ダウン以外の商品展開でしょう。実は、春にも使えるレインジャケットやニットなど、新しいジャンルへの挑戦もすでに始めています。日本はそうした新ジャンルの製品を先行して取り扱っている国の1つで、来年からもっと本格的に展開していく予定です。