阿部サダヲ主演で10月12日に公開される映画『音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』。

本作は三木聡監督の実に5年ぶりとなる長編映画であり、完全オリジナルである。

覚えられる自信がなくなるほどの長いタイトルと、強烈なビジュアルデザインが非常に印象的な本作だが、三木聡監督って、これまでどんな作品を撮ってきたんだろう?
そう思っている方もいるのではないだろうか。

三木聡は1961年神奈川県生まれ。大学時代から放送作家のアルバイトを始め、「タモリ倶楽部」「ダウンタウンのごっつええ感じ」などの大ヒット番組を担当した。

2005年映画監督としてデビュー。『時効警察』(06)など連続ドラマも手掛けている。 ちなみに三木聡作品で強いインパクトを残す名脇役の女優・ふせえりは、妻である。

映画の作品数はまだ多いとはいえないが、一作ごとにガツンとした個性を発揮し、着実にファンを増やしている。

そこで今回は、三木聡のこれまでの監督作品7本をご紹介しよう。

『イン・ザ・プール』(2005)

もっと楽に生きれば?

ハチャメチャな精神科医が、自分のところへやってきた継続性勃起症や強迫神経症、プール依存症の患者たちを破天荒な方法で治療していく。

露出狂の看護師が患者に注射器の針を刺す瞬間を見て、興奮のあまり身悶えしてしまうような医者である。そんな彼が、患者の心の闇を探り当てて治療を行うのだから面白い。かなりいい加減だが、実は腕のいい医者なのかもしれない。そう思わせるこの役を、松尾スズキがクネクネしながら演じている。

自分の気持ちにウソをついて見栄を張ったり、生真面目すぎて自分を追い込んだり。仕事と家庭でストレスが飽和状態に溜まっている自覚がなく、気がつけば病んでいる彼らは、既成概念を破壊する担当医と交流することで、自己を解放していく。

妻の浮気が原因で離婚したのに、最後までカッコいいところを見せたくて罵倒できなかったというエピソードは、男性にありがちなやせ我慢では? 

プール依存症になってしまう話が、面白い。バリバリ仕事をして部下にも慕われ、私生活では妻と愛人がいる彼は、何もかもが満たされているように見えるが、水に触れることでしか癒されないというこじれた病み方。俺はイケてると思っているが実は無理をしていたわけで、演じる田辺誠一がいかにもそれっぽくてリアリティあり。

『亀は意外と速く泳ぐ』(2005)

主婦とスパイの両立

海外へ単身赴任をしている夫に頼まれ、毎日カメにエサをやる日々を送っていた平凡な主婦が、ひょんなことからスパイのアルバイトを始める。

彼女の名前はスズメで、幼なじみがユニークな扇風機を発明するとは、あれ? どっかで聞いたような……彼女は平凡というよりヒマなだけ。そんな退屈な生活に刺激が欲しかったのに、スパイの重要ポイントは平凡であることだという。岩松了とふせえりのコンビが、そこにいるだけでアヤシイ。

世の中には知っているようで知らないことがたくさんあり、それを知るとちょっと幸せになったりする(逆も然り)。公安当局の影がチラホラしたり、秘密の指令が下ったりはするが、基本はユルい味わいのコメディだ。

犯罪にならない程度なら、自分もスパイごっこをしてみたくなるかも。あまりにもこっそりしているスパイの募集など、あちこちに散りばめられた笑いが細かく、セリフだとうっかり見過ごしてしまいそう。

上野樹里の天然さが発揮され、ほぼずっと流れるモノローグも嫌味なく耳に入ってくる。しかし、喫茶店にいて時間潰しにストローで肝臓を作るだなんて、彼女は普通の主婦かもしれないが、平凡な人間ではなかろう。グリーンを基調とした映像が印象的。

『ダメジン』(2006)

とにかく働きたくねぇ

毎日が夏休みのようにブラブラしているダメな大人3人が、インドでは一生何もしなくても何とかなると聞き、旅費を貯めようと一念発起する。

インドに行くのに100万円。死ぬまで楽な暮らしをしたいがために、怠け者たちが急に頑張りはじめるという皮肉な展開が可笑しい。ダメジンでも3人なら怖くない。でもそもそもがダメジンなので、そんなにうまくいくはずがなく、次から次へと問題にぶち当たってしまう。

他人に迷惑をかけないで働かずに生きていけるのなら、そんな人生が1番いいんじゃないか。そんな気がしてきて困るなあ。まともな人が1人も出てこないシュールな展開の中で、市川実日子だけがカワイくて目が離せないという……ま、彼女もトルエン中毒だけど。さて、3人はインドに行けるかな?

温水洋一がいかにもダメそうで、もう何をしても遅いという諦めも漂い、何もしなくても3人の中で目立ってしまうインパクトの強さ。

登場人物が多く、有名俳優が入り乱れている感じ。笹野高史が演じる猫じいが、猫だらけのアパートでお客さんにお茶を出すシーンがあるのだが、風呂釜に沸かしたお湯を柄杓で汲んでいて引いた。こういった狂気スレスレの笑いに乗れるかどうかがポイント。

『図鑑に載ってない虫』(2007)

1度死んでみたい

臨死体験ができるという謎の“死にモドキ”探しを頼まれたルポライターが、アルコール依存症のオルゴール職人と一緒に旅に出る。

主人公と行動を共にする相棒が、事あるごとに素っ頓狂な言動をして気が散るのだけれど、松尾スズキだからしょうがない。死に別れた母親と会いたいので死んでみたい、という自殺願望の強い女性の話が『世にも奇妙な物語』のようでゾッとする。高橋惠子はホラーが似合うなあ。

奇妙な人たちと出会いながら、数珠つなぎ的に進んでいくストーリー。中でも強烈な登場人物が、ふせえりのヤクザだろう。ドスの利いた声で相手を威喝していたかと思うと、今度はいきなり甲高い声で子分のようにペコペコして、女がヤクザになったという設定なのか、女優が男のヤクザ役をしているだけなのかが曖昧。

伊勢谷友介は男前すぎて、こういうナンセンスな映画ではしっくりこないけど、その違和感がいいのかも。

死後の世界は夢にいるよう。自分がいつ死んだのか。本人にとっては、生と死の境界はわからないのだろうか。生き返ったことで、初めて死んでいたことを知るだなんてね。

『転々』(2007)

一緒に歩こう

多額の借金を抱えている大学8年生の主人公が、借金取りの男から借金をチャラにする方法を持ちかけられ、胡散臭いと思いながらも仕方なくその話に乗ることにする。

借金帳消し+100万円の謝礼。その交換条件として、一体どんなおそろしいことをやらさせるのかと思ったら、それは彼の散歩につきあうことだった。吉祥寺から霞が関まで歩く長い散歩。なぜそんなことを? その疑問を少しずつ明らかにしながら、相変わらず小ネタ満載の作品である。

そんな突飛な提案をする借金取りを三浦友和が演じ、それまでは二枚目のイメージが強かっただけに、こんな得体の知れないくたびれた男がピッタリだとは。彼と馴染みのある女性である小泉今日子も、ちょうどいい疲れ具合い。キョンキョンの口から出るとギクッとするようなセリフもあり、なかなか挑戦的な作品である。

実はちょっといい話。

お店でチャツネを見かけるたびに、この映画を思い出してしまいそう。長い散歩が終わった後、主人公の心境はどう変わったのだろう。時々道草をしたりして、誰かとずっと歩きながら話をしたくなる。

『インスタント沼』(2009)

人生どうなるかわからない

退職して貧乏になってしまったヒロインが、偶然見つけた母の手紙で出生の秘密を知り、実の父親の居場所を探して会いにいく。

オカルト雑誌の編集をしているくせに、非科学的なことは一切信じないタイプの彼女。なのに、母親はカッパを探して池に落ちて昏睡状態になるわ、インスタントに作った沼からは龍が出てくるわで、彼女の周りで不思議な現象が次々と起きてしまう。

ツキというものは、悪くなったり良くなったりするもの。彼女は自宅でいろんな商売を始めるが、結局行き着いたのは骨董屋だった。そして、個性的な自由人たちを通して不思議な体験を重ねていくうちに、人生は悪いことばかりではないことに気づく。

麻生久美子のコミカルな面が生かされた作品。キャンキャン怒ってかみついていても、どこかふざけているように見えるのが不思議だ。グリーンを意識した色彩や、ヒロインのモノローグが多いところが、前述の『亀は意外と速く泳ぐ』を彷彿とさせる。

『俺俺』(2013)

増殖する俺

家電量販店で働く青年が、変わり映えのしない平凡な暮らしに嫌気が差していたある日、たまたま隣に座った見知らぬ男性の携帯を手に入れ、なりゆきでオレオレ詐欺を働いてしまう。

それは人生の落とし穴。たまたま平穏な毎日に飽きていて、たまたまそいつが嫌なヤツで、たまたまその携帯に母親と名乗る女性から電話がかかってきた。うっぷん晴らしと嫌がらせという軽い気持ちで、つい魔が差してしまった。「借金は100万円だけど10万円は何とかできる」とつい値段を下げてしまったのは、彼のささやかな良心の呵責。

亀梨和也が33人に増殖するというので話題になったが、実際に演じ分けているのは数人。“俺”たちの関係がちょっとややこしいものの、ホラーとしての恐ろしさは伝わってくる。今までのような脱力系ユーモアや小ネタを封印し、キャスティングも一新しての力作。

高橋惠子が出てくると、正常と異常の判断ができなくなってしまう緊張感あり。なんだろうね。これは。最近人気上昇中のバイプレイヤー・渋川清彦が、ここでもいい仕事をしている。人生のリセットは、そんなに一瞬ではできないのかも。

いかがでしたか?

三木聡は自作の脚本も手がけるだけに、その作品には監督のカラーが強く出てしまうもの。そのため、三木聡の映画は脱力系コメディだと称されてきたが、こうしてまとめてみると、ここ最近でちょっと作風が変化してきているのがわかるだろう。

“あるある”小ネタでクスリと笑わせてばかりではなく、くっきりとしたストーリー性の中で笑いや哀しみも表現する。そんな新しい三木聡を、これからどんどん観てみたい。

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