顔から転ぶ、靴ひもが結べない…子どもが“運動オンチ”に育つ家庭にありがちなNG習慣とは?
文部科学省が昭和39年から毎年行っている「体力・運動能力調査」によると、昭和60年ごろから現在まで15年以上にわたり、子どもの運動能力の低下傾向が続いています。同調査によると、靴のひもを結べない、スキップができないなど、自分の体を上手にコントロールできず、体力もない子どもが増えていることが明らかになっています。
子どもの運動能力を育むために、家庭ではどのようなことに気をつけるべきなのでしょうか。オトナンサー編集部では、著書に「12歳までの最強トレーニング」(実業之日本社)がある、スポーツトレーナーの谷けいじさんに聞きました。
12歳までの時期がカギを握る
Q.そもそも、運動能力とは何でしょうか。身体能力との違いは何ですか。
谷さん「身体能力とは骨格や筋肉など、その人自身がそもそも持っている強さのことです。一方、運動能力とは、簡単に言うと『スキル』のこと。運動能力の高い/低いは、スキルのある/なしと言い換えてもいいでしょう。
サッカーや野球も、やり方を習って、何度も練習をしてやっと上手にプレイできるようになりますよね。それと同じで、運動能力とは『反復練習して得られる技術』のことをいいます。身体能力を大きく変えることは難しいですが、運動能力は日ごろのトレーニング次第で、伸ばすことも、衰えさせることもできるものなのです」
Q.トレーナーとして子どもと接する中で、運動能力の低下を実感されることはありますか。
谷さん「スポーツのうまい/下手以前に、日常生活に必要な基本的な運動能力が育っていないお子さんが増えていると感じます。何でもないところで転んでしまったり、転んだ際にとっさに手が出なくて顔をけがをしてしまったり……そんな子どもが一人や二人ではありません。子どもの運動能力低下は、安全な日常生活とすこやかな未来を脅かしうる問題です」
Q.運動能力を育むために、大切なことは何ですか。
谷さん「1928年に米医学者スキャモンが発表した『スキャモンの発達曲線』によると、人間の運動能力に大きく関わる神経系の成長は、生まれてから5歳ごろまでで80%に達します。そして、12歳でほぼ完成に至ります。『ゴールデンエイジ』と呼ばれる9〜12歳の年代は、運動能力が飛躍的に向上する時期。5〜8歳は『プレゴールデンエイジ』と呼ばれ、基本的な運動動作が身につく時期です。プレを含めたゴールデンエイジ期間は、一生に一度しかありません。つまり、12歳までに、脳でイメージした動きを体で表現できるようにしておくことがとても重要なのです」
Q.そのために、家庭でできることは何でしょうか。
谷さん「子どもの頃はいろいろな動きを体験することが大切です。安全に配慮することはもちろん大切ですが、少し高いところから飛び降りてみたり、横にゴロゴロ転がってみたり、でんぐり返しをしてみたり……非日常の動きをできるだけたくさん体験することで、運動能力のベースとなる身体機能が育ちます。
特に重要なのが、物の位置や形などを把握する『定位能力』(空間認識能力)です。子どものうちにこの力がきちんと養われないと、将来スポーツ全般の能力が伸びにくくなります。それだけでなく、たとえば道路を走っている車や自転車と自分の距離がつかめずに事故に遭いやすくなるなど、危険回避能力が育まれにくいという恐れがあります。定位能力を育む代表的な遊びが鬼ごっこです。鬼につかまらないように逃げたり、障害物を避けながら走ったりすることで、必要な能力が自然と身につきます。
子どもの『遊び』には、こうした重要な役割があることを理解して、親子で一緒に遊んだり、楽しみながら体を動かす時間を意識的作ったりすることが大切です」
子どもの運動能力の成長を阻む、親のNG行為とは?
【「ちゃんとやりなさい」「なんでできないの」としかる】
親が威圧的な態度を取ると、子どもはビクッと緊張し、心身ともに萎縮してしまいます。プロのスポーツ選手ですら、緊張すると身体に力が入り、筋肉が縮んで本来のパフォーマンスができないものです。親は叱咤激励(しったげきれい)のつもりでも、熱が入ると、子どもにはプレッシャーとしか感じられないような言動を取りがちです。「親の役割は、子どもが楽しいと感じるようなエスコートをすること」と心がけましょう。
【過保護で冒険をさせない】
子どもがチャレンジしようとすることをあれもこれも先走って止めてしまうと、子どもは「体で学ぶ機会」を失ってしまいます。「転んで痛かった」という経験も大切な学びです。この経験がないと、「どうしたらけがをしてしまうのか」という危機対策能力が育ちません。明らかに大きなけがをするのがわかっているシチュエーションであれば守るべきですが、基本的には「擦りむくくらいはOK」「なるべく冒険させて、ちょっとくらいは無茶もさせる」という姿勢の方が、子どもが伸び伸び育ち、運動能力も育まれます。
【スマホばかりやらせる】
スマホばかりやっている子どもは周辺視野が非常に狭くなります。周辺視野とは、移動または静止するものを見ると同時に周りの状況も目で捉える能力のことです。周囲と自分の位置関係を把握するのに役立ち、いわゆる「スポーツが得意な人」というのは、この周辺視野が発達しています。また、視神経は脳神経に直結していますから、視野が成長しないと、学習面でも遅れを取る可能性があります。幼い頃から、「スマホがないとグズるから」などの理由で安易に“スマホ漬け”にさせてしまうのは、絶対にやめましょう。
【姿勢が悪い】
姿勢が悪いと「抗重力筋」が育ちません。抗重力筋とは、文字通り「重力」に「抗う」筋肉のことです。この筋力が弱いと、重力に対するバランスを欠き、姿勢が安定しません。胸が丸まって、ろっ骨が内側に閉じ、呼吸が浅くなるためです。そうすると、脳にも酸素が行き渡らなくなり、集中力を欠いた状態になります。スポーツだけでなく、当然勉強にも影響します。最近は、スマホの普及やライフスタイルの変化で、親世代でも姿勢の悪い人が増えています。子どもを頭ごなしに注意するだけでなく、親が率先して改善に取り組むことが大切です。
【早くから特定のスポーツばかりやらせる】
最近は、小さな頃から特定のスポーツの教室に通い、プロ顔負けのトレーニングを積む子が増えています。習い事として、同世代の仲間たちと体を動かす機会を作るのはいいことですが、幼い頃から特定の運動トレーニングばかり取り組み続けると、運動能力のバランスが悪くなる恐れがあります。例えば、小さな頃から体操の練習ばかりやらせると、球技が著しく苦手な人になってしまう……そんな可能性があるわけです。「運動能力を育てる」という観点から考えると、特定の競技に絞るのは中学生になってから十分。12歳までは、体の土台を作る時期です。さまざまな動きを体験(まさに、体を使って経験すること)して、俊敏性、柔軟性、平衡性など、あらゆる機能を伸ばす方が重要だと言えます。