縄跳びにも意外な効果が…(写真:Milatas/iStock)

2020年から小学校3年生時より「外国語活動」という科目が導入され、英語が小学校5年生から正式科目化するなど、政府はさまざまな教育改革を推し進めています。
しかし、「机に座って問題を解かせるだけでは、子どもの学力は決して上がらない」と唱えるのは、世界の脳科学知見を著書『一流の頭脳』にまとめたアンダース・ハンセン氏。ハンセン氏がリサーチを重ねたスウェーデンのカロリンスカ研究所は、ノーベル医学賞を決定する機関であることから、教育や学力に関するエビデンスも集積されています。
子どもの一生を左右するといっても過言ではない「学力向上」について、世界最新の知見をお届けします。

2013年12月に発表された「PISA」(国際学習到達度調査)の結果は、スウェーデン国民にとって非常にショッキングなものでした。

上位を占めた韓国や香港に大きく差をあけられただけでなく、OECD(経済協力開発機構)加盟国の平均点を下回り、北欧諸国の中で最下位という凄惨たる結果だったからです。

現状を打破すべく、教育関係者の間では活発な議論がなされましたが、そこで出された提案のほとんどは、「指導法」や「クラスの人数」といったもの。

しかし科学はこの種の議論が誤りであることを立証しています。子どもたちの学力に影響を与えるのは、教室で座って学ぶ内容だけでなく、むしろ身体活動こそが、学力を驚異的に伸ばす要因であることがわかってきたのです。

「体育の時間」と「国数英」の意外な関係

スウェーデンのブンケフロという町に、研究のため時間割に毎日体育の時間が組み込まれたある小学校のクラスがあります。

このクラスと、通常どおり体育を週2回こなすクラスを比較した結果、体育の授業回数以外の条件(居住区や授業内容など)はまったく同じだったにもかかわらず、毎日体育をしたクラスのほうが算数・国語・英語において成績が明らかに優秀だったことがわかりました。

さらにこの効果はその後何年も続くことが確認され、男女ともに3教科の成績が飛躍的に上がることが確認されたのです。

さらにアメリカの研究チームも、小学校3年生と5年生、合わせて250人規模の調査を行って同様の結果を得ています。

科学者たちが生徒の体力を正確に把握するため、心肺機能・筋力・敏捷性を計測したところ、体力のある生徒たちは算数と読解のテストにおいて高得点でした。しかも、体力的に優れていればいるほど、得点も高いという結果を得ることができました。

驚いたことに、肥満ぎみの生徒たちは別の兆候を示しました。体重が重ければ重いほど、試験の得点も低い傾向があったのです。

アメリカ・ネブラスカ州でも1万人を対象にして同様の調査が行われ、体力的に優れた子どもは、そうでない子どもより算数や英語の試験で得点が高いことが判明しました。

試験内容が難しくなるにつれ、体力的に優れた子どもとそうでない子どもの点数の差は開き、体力のある子どもが大差で上回ったとのことです。

「最少4分で学習効率が上がる」という前代未聞の報告

なぜ「体育の時間」が子どもの学力向上を強力に後押ししたのか――その理由は「海馬の成長」にあると考えられています。

記憶中枢として脳に鎮座する海馬は運動によって刺激を受けると成長することが確認されていて、10歳児の脳をMRIでスキャンした結果、体力のある子どもは実際に海馬が大きいことが判明しました。

さらに、身体を動かした直後、物事に集中できる時間が長くなることも立証されており、記憶力と集中力の向上、この2つの効果によってより多くの学習内容を脳に定着させられたのだと考えられています。

では、集中力と記憶力が高い状態を維持するには、最低どれくらい運動をすればいいのでしょうか?

それを探る調査が数々行われていて、9歳児が20分運動すると、1回の活動で読解力が格段に上がる、というデータがあります。

また別の実験では、10代の子どもたちが12分ジョギングしただけで、集中力が高い状態が1時間近く続き、読解力が向上しました。

それだけではありません。たった4分の運動を一度するだけでも集中力が改善され、10歳の子どもが気を散らすことなく物事に取り組めることも立証されたのです。

PISA上位の常連として名をはせるフィンランドでは、「歩数」に関する調査が行われています。

調査では、小学2年生258人を対象に、歩数計をつけて活動量を計測します。

その後、擬似的にストレスを与えて――時間制限を設けて計算させたり、ほかの子どもたちの前でプレゼンテーションさせたり――ストレスに対する抵抗力と活動量の関係性を調べました。

すると、「毎日たくさん歩いた子ども」は、時間制限つきの計算をさせても、ストレスホルモンの濃度が「歩数が少ない子ども」に比べてずっと低かったことがわかりました。

つまり、よく歩く子ほど勉強を苦にしない傾向にあり、親にとってうれしいことに宿題をきちんと最後までやり通せる確率は高くなるのです。

「縄跳び」をすると「算数が得意な子」に育つ

学力向上のカギは「心拍数を増やすこと」にあると科学ではされています。どんな競技をするかは問いませんが、心拍数が増える有酸素運動であることが望ましく、小学校に通う学童期が最も運動の恩恵を得られるとも考えられています。

アメリカの研究チームによる、肥満ぎみの小学生を集めて、放課後に縄跳びなどの運動をさせた実験があります。

すると、特別な勉強はいっさいしていないにもかかわらず、みな一様に算数の試験の得点が上がったのです。

たった20分でこのような結果があったわけですが、活動量が増えれば増えるほど、試験の得点も高くなっていました。

ランニングやボール遊びでも同様の結果が得られており、とりわけ試験の得点が大幅に上がった子どもたちは40分以上、心拍数が1分間で最大150回まで上がる「息が切れる運動」をしていたことがわかっています。

ではなぜ、縄跳びやボール遊びをした子どもたちの「算数の能力」が飛躍的に向上したのでしょう?

じつは運動をすると海馬だけでなく、脳の「白質」と呼ばれる部位の機能も強化されることがわかっています。白質はおもに情報伝達を担うケーブルの集合体で、脳の左側の白質が「数学的な能力」にかかわっていることが最近の研究で判明しました。

白質の機能を高めるために、とりたてて激しい運動をする必要はありません。

座ってばかりいないで、毎日をできるだけ活動的に過ごせば白質は強化されることがわかっており、子どもを外で遊ばせることがめぐりめぐって机の上で行う勉強にも良い影響をもたらしてくれるということです。

ただし、「筋トレ」で学力は上がらない

2010年までスウェーデンでは18歳の男子全員に軍の入隊検査を受けることが義務づけられていて、1日をかけてさまざまな体力テストと知力検査が行われました。


26年以上にわたって120万人以上の18歳の男子がこのテストを受け、最近になって結果が公表されたのですが、その資料は非常にはっきりとした相関関係を示していました。体力テストで結果がよかった新兵は、そうでない新兵よりも知能指数が高くなっていました。

ただし、データが示すところによると、知能指数の高さと関連性があったのは持久力のみで、筋力とは無関係。筋力テストの結果だけがよかった新兵は、知能検査ではよい結果が出ませんでした。

先のスウェーデンの調査によると、18歳のときに体力に恵まれていた若者は、その後何十年にもわたってその恩恵にあずかれることが判明しています。
高い学歴を経て、40歳前後の時点で報酬に恵まれたよい仕事についている確率が明らかに高かったのです。

子どもが毎日15分遊べば、大量の読書や勉強をしなくても読解力や計算力が上がります。わが子の頭が良くなることと将来の安泰を願うのなら、タブレットやスマートフォンを置かせて、子どもたちの目を外の世界に向けさせるほうがいいのです。