初めてふたりが会ったのは雪振る京都の寒い日だったと、10年以上経った今も互いの記憶にはっきり残っている。

「未唯ちゃんは毛のモコモコしたコートを羽織っていて……ちょーセレブな小学生がいるなって」

 二宮真琴が笑顔で「すごいインパクトに残っています」とつい最近のことのように振り返れば、加藤未唯は「真琴とは京都や関西の試合で昔からよく会ってたからね」と八重歯をこぼした。


カタールでも息の合ったプレーを見せた二宮真琴(左)と加藤未唯(右)

 テニス選手は各々の地域で突出した存在になれば、大会会場や合宿などで頻繁に顔を合わせるようになる。広島出身の二宮と京都で生まれ育った加藤も、同じ西日本ということもあり、その機会は子どものころから必然的に増えていった。

 もっとも普通は、幼少期に数多くいた「同じ年のテニスのうまい子」たちも、時が経つにつれ、ひとりまたひとりと競技から距離を置き、いずれ別々の道を歩むようになる。ところがそのような摂理のなかで、彼女ら1994年生まれの「テニスの上手な子」の多くは、ラケットを手にコートに立ち続け、テニスを職業に選び、やがて活躍の舞台は世界へ至る。

 加藤は一昨年、ジュニア時代からダブルスを組む穂積絵莉とともにツアー優勝し、昨年は全豪オープンベスト4へと躍進。二宮も同期の澤柳璃子や先輩格の青山修子らと組むなかで結果を出し、昨年はウインブルドンでベスト4へと躍り出た。

 ただ、互いに同期でダブルスの名手ながら、加藤と二宮がペアを組む機会は比較的少なく、2014年の夏を最後に公式戦には出ていない。そのふたりが約3年半ぶりにコートの同じサイドに立ったのが、2月上旬に行なわれた国別対抗戦「フェドカップ」のアジア/オセアニア地域大会だった。

「勝負がダブルスにかかったら、私たちに任せてください」

 チーム最初の全体ミーティングで、そう言い放つ加藤の”挨拶”に、パートナーの二宮は「えっ!?」と慌てふためいたという。

 ふたりが日本代表に選出されたのは、今回が初めて。フェドカップのアジア/オセアニア地区大会は、8ヵ国が4チームのグループに分かれて総当たり戦を行ない、最終的には各グループの1位が決勝戦を戦う。ここで勝てば「ワールドグループ昇格」をかけた入れ替え戦へ出場する権利を手にできるが、負ければ何も残らない。

 また、国ごとの対戦では、シングルス2試合の後にダブルスが行なわれ、2勝を手にしたほうが勝利国となる。つまりはシングルスで星を分け合った場合、チームの命運はダブルスに委ねられるのが常。初めて日の丸を背負う彼女たちが身を置いたのは、そのような立場だった。

「いつか代表に呼ばれたいけど、まだ遠い先のこと」と思っていた二宮は、昨年末に監督から招集の意思を告げられたときから、緊張でどこか落ち着かない日々を過ごしていた。

 フェドカップ前に練習したとはいえ、加藤との実戦は久しぶり。また、穂積と組んでいたときの加藤は、ひとつのポイントを決めるのにじっくり時間をかける印象もあった。「私は絵莉ちゃんみたいに後衛で長く打ち合えないし、大丈夫かな?」。そんな不安も、二宮にはあったという。

 だが、いざ試合が始まると、ダブルスの戦術理解と前衛での動きに長ける、ふたりの意思と動きが噛み合った。二宮にはフォアのリターンという磨き上げた武器があり、加藤にはコートを縱横に駆ける機動力がある。

 状況に応じてポジションをスイッチし、早く仕掛ける速攻型の展開に、加藤も「日本が世界で勝つにはこういう速い展開が必要なのかも」と、新鮮な喜びと発見を見出していた。予選リーグの3試合では、いずれもチームの勝利が決まった後だったこともあり、ふたりは伸び伸びとプレーし、次々に勝利を掴んでいった。

 その加藤・二宮組に、ついにチームの命運をかけた試合を戦うときが訪れる。それが、決勝のカザフスタン戦。シングルスで先鋒役を務める奈良くるみが相手エースのザリナ・ディアスを破るも、続くシングルス2試合目では日比野菜緒がユリア・プチンツェワに敗れる。

 そして、カザフスタンがダブルスに送り込んだのは、チーム2枚看板のディアスとプチンツェワ。このペアは今大会、これまでひとつのセットも落とさぬ盤石の強さを示していた。

 最終決戦に挑む直前、日本チームのベンチでは、監督の土橋登志久がダブルスのふたりに檄(げき)を飛ばした。

「このときのために、ふたりを選んだ。過去2年連続で、決勝のダブルスで負けている。だから今回は、積極的に取りにいける選手を選んだ。君たちが最後の砦(とりで)なんだ」

 その言葉を聞いた二宮は、「皆の想いに応えなきゃ」と意気に感じながらも、ますます緊張を深めてしまう。そんなパートナーの心の揺らぎを、加藤は感じ取ったのだろう。

「未唯ちゃん、緊張してる?」

 そう問う二宮に、加藤は「ぜんぜん」とさらりと応じる。

 決戦のコートに向かう直前、「がんばって」と声をかけてくる日比野に、加藤は言った。

「大丈夫、うちら”ラスボス”やから」

 果たして”ラスボス”は、試合立ち上がりから得意とする速い展開でリードを広げ、主導権を掴み取る。第1セットを奪い、第2セットは競りながらも「いつでもブレークできる」という手応えはあった。その思いどおりゲームカウント5-5からブレークすると、最後は二宮が得意のフォアを叩き込み終止符を打つ。代表デビュー戦となる「新生ペア」が最初の全体ミーティング時の宣言どおり、チームに優勝をもたらした。

 そのフェドカップの翌週にも、加藤・二宮ペアはWTAツアーの上位グレード「プレミア5」のカタール・オープンで第2シードを破るなど、高い潜在能力を示している。

 とはいえ、今後もこのふたりがペアを組んでいくかはわからない。出場大会をどう選び、ツアーをどの旅程で周るかは個々の判断に委ねられ、ふたりが出る大会も各々のランキングや単複の優先順位によって変わってくるからだ。しかも現在の日本女子は、ダブルスランキング60位以内に5名が名を連ね、そのうち加藤と二宮を含む4名が同期。「ペアリング」のオプションは多岐にわたる。

 日本人ペア結成の話題になると、周囲はどうしても2年半後の東京オリンピックに思いを馳せるが、1年間で獲得するランキングポイントを強さの指標とするテニス選手にとって、2020年はまだ遠い未来。それでも当の選手たちは、雑談半分ながらも「このペア、強いんじゃない?」「こう組めば、より多くのダブルスチームがオリンピックに出られるかも」と話し合うことがあるという。

 今回の加藤・二宮ペアの活躍で、当事者たちはまたひとつ、頭を悩ませることになるかもしれない。そしてそれは間違いなく、贅沢でうれしい悩みの種だ。

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