"わきが"を本人に伝えるにはどうすべきか

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「部長、ちょっといいですか?」。思いつめた顔で女性の部下が訴えてきたらどうするか。5つのテーマにあわせて、落ち着いて対処するためのマニュアルを紹介しよう。第1回のテーマは「耐えられない同僚の『臭い』」――。(全5回)

※本稿は、「プレジデント」(2017年10月30日号)の特集記事「女子社員からの怒りのクレーム 緊急フォロー術5」を再編集したものです。

■苦情のすべては女性から

職場での「臭い」被害が多発しています。きっかけは2011年、東日本大震災後の電力不足の夏に、エアコンの設定温度が上がったことで体臭への苦情が急増したのです。「スメルハラスメント(スメハラ)」という言葉が新聞紙上に現れたのは翌12年のことです。

以来、当社にも企業から多くのスメハラ相談が寄せられています。そのすべてが、男性社員が発する臭いへの女性社員からの訴えです。うち9割が体臭に関するもの。残りは香水、タバコ、柔軟剤、整髪料、食べ物の臭いへの苦情です。

「○○さんの体臭がきつくて仕事に集中できない」と、女性社員はまず上司に相談しますが、上司は「たいした問題ではない」、または「体質だから注意したところで解消はムリ」と判断して問題を放置してしまいがち。量の調整が利く香水や食事臭なら対策は比較的容易ですが、体臭では言われた相手が気を悪くするだろうと思って本人には言いにくい。そのためしびれを切らした女性社員が人事部に駆け込んで、初めて問題が表面化します。

スメハラを過小評価してはいけません。社員の集中力ややる気を低下させるだけでなく、体調や精神状態まで悪化させることもあるからです。業務に支障を来す深刻な問題だと理解し、苦情を黙殺せず解決に努めるべきです。以下、実践的な対処法をお伝えします。

まず見分けなければいけないのは、「本当に不快な臭気があるのか」ということです。それを判断するには、訴え出た社員のほかに「くさい」と感じている人が周囲にいるかどうかを確定します。同じ職場の一人ひとりに、それとなく臭いのことを尋ねます。

もし複数の社員が「実はくさいと思っている」と証言するようなら、職場の迷惑になるような体臭を放つ人がいるということです。そうなって初めて会社は対策に動き出せます。

■「臭うのは君だけじゃない。ぼくも一緒だ」

まず当人に直接指摘するのではなく、職場全体の問題として注意を喚起します。具体的には職場のマナーを徹底するための貼り紙をつくり、その中に、「あなたの臭いが周りの人に迷惑をかけていませんか?」といった内容を加えてみるのです。

さらに朝礼や社内報で「臭いは自分では気づきにくいもの。家族や親しい友人に、あなたが臭っていないか聞いてみましょう」と全社員に周知する。それによって当人が自分で臭いに気づき、毎日風呂に入ったり、消臭機能を持つ衣料品やデオドラント製品を使用したりすることで臭いが消えれば、無事解決となります。

これで解決に至らない場合は、当人に告知します。たとえば誰もがわかるような強烈な腋臭の持ち主のケースがありました。この人は社歴数十年のベテランで押しの強い男性なので、なかなか本人に直言できませんでしたが、社員からの訴えを受けて人事部長が腹をくくりました。こう伝えたそうです。

「君の腋臭が気になると社員から相談を受けてね、ぼくも自分の臭いが気になって家内に聞いたら、案の定、『最近とくに臭いがきつくなった』と言われたよ。一緒に改善していかないか」

プライドを傷つけられた当人は「そんなこと、家族にも言われたことがない!」と激怒したそうですが、家族に確かめるとやはり家族も我慢していたことがわかりました。そこでその方も、自分の臭いが周囲に迷惑をかけているという事実に気づきました。人事部長と相談し、すぐに腋臭除去の治療を受けたと言います。これで解決です。

人事部長の腋臭はそれほど強いものではなかったのですが、「臭うのは君だけじゃない。ぼくも一緒だ」と相手に伝えるデリケートな思いやりが、早期解決を助けたのだと思います。

■ひとりの意見だけで動いてはいけない

一方、訴え出た社員以外に「臭う」と証言する人がいないときは、より慎重に事を運ばなければなりません。訴え出た人の嗅覚が特別に敏感なのかもしれず、その場合は「臭う」とされた人から席を離すとか、異動するといったかたちで解決することになります。

厄介なのは、特定の相手の臭いだけに極端に敏感になっている場合です。「課長の整髪料の臭いがつらい」という相談を受け、その職場の部長が臭いを確認すると、整髪料は微香性であり、臭いは感じられなかったそうです。ところが被害を訴える女性社員は、真冬なのに窓を開け放って換気するほど拒絶反応が強い。このときは2人の人間関係に問題がありました。

そこで部長は、課長のほうから女性社員に歩み寄るようアドバイスしました。課長は妻にも相談して無香性の整髪料に変え、また仕事の丸投げをやめて、相手の話をよく聞き、丁寧にアドバイスやフォローをするスタイルに変えました。すると女性社員の態度が軟化し、臭いの問題は解消され、2人の人間関係も良好になったのです。

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樋口ユミ●ヒューマン・クオリティー代表取締役
1993年、立命館大学産業社会学部卒業。立命館大学キャリアセンター職員などを経て、2008年から現職。最近の著書に『ハラスメント時代の管理職におくる職場の新常識』(朝日新聞出版)がある。
 

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(ヒューマン・クオリティー代表取締役 樋口 ユミ 構成=野崎稚恵 撮影=大杉和広)