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米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は、9月19-20日に開催されたFOMC(連邦公開市場委員会)において、10月からバランスシート縮小を開始することを決定した。

これまでにも、タイミングこそ明示しなかったものの、FRBは近々バランスシート縮小を開始するとのシグナルを送ってきたからサプライズはなかった。

では、FRBのバランスシート縮小によって何が起こるか、以下に考察してみたい。

FRBのバランスシートは、2008年9月のリーマンショック前は1兆ドルに満たなかったが、2014年末には4.5兆ドルに膨れ上がった。リーマンショックという「100年に一度の経済危機」に対して、FRBがこの期間中に断続的に3度のQE(量的緩和)を実施して、国債やMBS(住宅ローン担保証券)を購入したからだ。3度目のQEは2014年10月で終了したが、バランスシートの規模を維持することが金融緩和効果を持つとの観点から、FRBは満期を迎える保有債券分を再投資してきた。

QEの目的は、FRBが債券購入資金を市中に放出することで金融を緩和することだ。そして、より直接的には、債券の需給に働きかけることで、債券価格の上昇=市場金利の低下が期待される。

FRBだけでなく、日銀(日本銀行)やECB(欧州中央銀行)などの主要中央銀行がQEを実施するなかで、世界の市場金利は低下傾向を辿ってきた。それらの中央銀行がQEを終了し、さらに保有債券を縮小していくことは、債券需給の悪化要因であり、市場金利の上昇につながりかねない。

FRBによるバランスシートの縮小は、状況が大きく変化しない限り、ゆっくりと、そしてオートパイロットで行われる。とりわけ、最初の3か月は毎月100億ドルの縮小にとどまるので、債券市場の需給に与える影響は小さいだろう。

ただし、縮小幅は3か月ごとに100億ドル増額され、1年後には毎月500億ドルになる(その後は一定)。これは債券の供給量が年間6,000億ドル増えるということであり、米国の2016年度の財政赤字(=ネット国債発行額)5,850億ドルに匹敵する規模だ。市場は次第に債券需給の面を無視できなくなるのではないか。

市場金利が上昇すれば、不動産や株式といった資産価格に下方向の圧力が加わるだろう。とりわけ、史上最高値を更新し続けるNYダウやそれに引っ張られた世界の株価が、いずれ市場金利の上昇に頭を抑えられることになりかねない。

一方、為替相場について、QEによる金融緩和や市場金利の低下は自国通貨の下落要因だと考えられる。ただし、「事実」よりも「期待」の効果の方が大きいように思われる。

たとえば、日銀がQEを開始したのは、2013年4月4日だ。これに先駆けて2012年11月中ごろから米ドル高円安が進んだ。これは民主党(当時)の野田首相が衆院を解散したタイミングでもある。勝利が予想されていた自民党の安倍総裁が選挙公約のひとつに、QEを含む積極的な金融緩和(を日銀に求めること)を掲げていたことと無関係ではないだろう。QEは市場参加者の期待に働きかけることで、米ドル高円安を演出したと言えるかもしれない。

2014年10月の日銀のQE第2弾はサプライズだったこともあり、発表後に米ドル高円安が進んだ。しかし、FRBは今回すでに入念な地ならしを行なっており、このケースには該当しないだろう。

また、ECBがQE開始を発表したのは2015年1月(実施は3月から)だった。前年の夏以降に対米ドルで軟調傾向だったユーロは12月中旬ころから下げ足を速めていた。やはり、QE開始の「期待」が通貨安につながったとみることができそうだ。

そして、もう一つ否定できない為替相場の現実がある。FRBがバランスシートの縮小に踏み切ろうとしている現在でも、日銀とECBは量的緩和を続けている。今年8月末時点で、バランスシートの規模は、日銀が約510兆円、FRBが円換算で約490兆円、ECBが同じく約560兆円と、比較的近い。ただし、各国・地域の経済規模(GDP)比でみれば、日銀が94%、FRBが23%、ECBが39%と、日銀のバランスシートが突出している。しかし、今年に入っての3通貨の序列は、ユーロが一番強く、次いで日本円、最後が米ドルである。

QEを続けていても自国通貨安にはなっていない。そうであるならば、FRBがバランスシートの縮小を続けても、それだけで一段の米ドル高になるとは限らないのではないか。もっとも、当初の計画の変更が発表されるなどして市場の「期待」が変化する場合には、それなりの影響が出るのかもしれない。

○執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部エクスプレス」、「