「牛や豚にもウェアラブル端末──畜産に革新をもたらす「動物のインターネット」が動き始めた」の写真・リンク付きの記事はこちら

「Internet of Animals」(IoA)という世界が生まれつつある。といっても、猫を嫌がらせるズッキーニのGIF画像や、スケートボードをするブルドッグの画像のようなものではない(これらは、2015年にインターネットを賑わせた動物たちだった)。米国では、農家が牛や豚、鶏などの家畜がネットワーク化されている。音声や加速度、位置情報、温度、グルコース、皮膚電気活動に至るまで──。センサーが取得したあらゆるデータを使って農家は、いまやワンクリックで羊や牛の群れを追跡・監視できるようになっている。

数十年にわたる農業の産業化を経て、テクノロジーによって農家は数千匹の動物を一緒に飼育できるようになり、その規模と収益性は高まった。動物性食品の需要が(今後15年で40%も)高まろうとしている現代においてさえ、家畜を育てる農家の数は減り続けている。2050年には世界で90億人を養わなければならないだけに、農業の産業化は農家の目や耳となるカメラやマイク、センサーとともに急速に進んでいる。

家畜用のウェアラブルデバイスとしては、足首のブレスレットから腹のベルト、耳のタグまで、さまざまな形とサイズのものが出回っている。これらはすべて同じ課題を解決するものだ。その課題とは、大規模な飼育作業のなかで家畜を健全に保つことである。

超過密で不衛生な飼育状況は、家畜が病気になったり怪我をしたりする可能性を高める。そこで現代のテクノロジーは、農家を助けてくれる。より的を絞って家畜をケアし、さらに健康的な行動を促すことさえできるのだ。

テクノロジーを活用することは、家畜福祉という視点からも経済的な視点からもいいことばかりだ。家畜がより健康になれば、卵もミルクもポークカツレツでも何でも、その分たくさん生み出される。一方、健康な個体が少なくなれば、人間もより健康でなくなるし、ひいては地球も健康ではなくなる。

しかし、ウェアラブル機器は農業の最大の問題を解決するわけではない。最大の課題とは、世界を破壊せずに人々を養っていけるものをつくることだ。ただし、それは機器の使い方次第である。この点で、ウェアラブルは機器いいスタートを切ったといえるかもしれない。

鶏のケガと病気をウェアラブル端末が防ぐ

消費者全員が完全な菜食主義者になることはありえないが、概して食品の透明性や家畜に対して、より適切な取り扱いを求めている。たとえば、タマゴを例にとってみよう。2025年までに、アメリカで食べられているタマゴ10個のうち7個は放し飼いの鶏が生んだものになると専門家は予想している。しかし、鶏舎飼育が非常に長い間続いたので、ほとんどのベテラン養鶏業者は、鶏の行動を把握しなければと考えたことがなかった。

トラッキング技術がなければ、鶏たちの居場所を確認するのは気が遠くなる作業となるだろう。放し飼い式養鶏場の鶏舎は羽毛が飛び散って混乱し、うるさく、汚い施設だ。鶏たちは思い通りに動き回るが、すべてが新鮮な空気を吸えるわけではない。2万羽が鳴いたり首を振ったりしている異常事態の原因を農家が究明するのには、ウェアラブルが役立った。つまり、ナガヒメダニがどうやって鶏に寄生したのかを解明し、いつ鶏たちが病気になったり怪我をしたりしたのかを突き止めたのだ。

鶏たちの最もよくある怪我のひとつは「竜骨突起」の損傷だ。この症状を発見するためにウェアラブルが役立つか検証すべく、動物福祉学者のマイケル・トスカーノは最近、群れの中の雌鶏たちに無線式のIDタグを取り付けた。鶏たちがアンテナの前を通ると、雌鶏たちの足首周辺に装着されたチップが認識される。

これによって、鶏たちには独自のルーティンが複数存在することをトスカーノは発見した。「鶏たちの日常活動のグラフを並べて見比べて、非常に驚きました」とトスカーノは語っている。「一日も欠かさずに、各鶏は小さな目覚まし時計のように必ず同じことを繰返していたんです」。これは継続中の研究であり、同氏のチームは怪我が各鶏の活動レベルにどのような影響を与えるか知るために、今後1年間X線写真を撮ることになっている。

現実の農家がこの種のデータからどのような知見が得られるか調べるために、トスカーノはアメリカ最大の“放し飼い卵”の生産業者、ジョン・ブルンケルと協力している。ブルンケルの鶏たちは100万個以上の卵を産む。ここでは3通りの実験を始めることになっている。空を飛ぶ捕食動物や直射日光から鶏たちを守るために覆いを付けた場合、農場の3カ所にいるそれぞれの鶏たちがより餌を食べるようになるのか試してみるのだという。

ブルンケルは自分の飼育場の写真を1時間おきに撮影するために、敷地内を移動するシェードワゴンの周囲にカメラを備え付ける。それから鶏を数え、鶏たちの日陰を求める行動パターンを期待することになっている。「いますぐにでも、シェードの骨組みを立てたら鶏たちがそこへ行くのはわかります」とブルンケルは語っている。「しかし鶏たちがどれ程多く、どのくらい長い間そこにいるのか、鶏たちがどのような行動をとるのかは、わかりません」

この実験の次の段階では、鶏舎を出入りする鶏たちの動きを追跡するためにつけられたトスカーノのIDタグに、鶏たちの正確な動きを追跡するためのGPS装置を付け足すことになる。ブルンケルのような農家が、鶏の行動パターンや体温に基づいて病気や怪我に自動的に警告を与えるシステムを構築することは困難だとトスカーノは考えている。

ただし、農家はもっと早くから家畜をケアし、より的を絞った世話をすることができる。たとえば、危険を冒して外に出ていく鶏たちへの寄生虫感染治療などがそうだ。もし弱い鶏がそれだけより地面に近い餌箱を選ぶなら、農家はそうした位置にある餌箱にだけ、カルシウムレベルを上げた餌を与えられるだろう。

肉牛から子豚まで完璧な管理が可能に

肉牛は1年のうち長い月日の間、巨大な牧草地を放浪する。だから、農場主は牛たちを見つけるために、手間暇をかけクルマやバイクに乗って走り回らねばならない。

メリッサ・ブランドンは、この問題に取り組み続けている。最初のうち彼女の企業HerdDogg は、遠くの群れについて調査し報告できる自立探査車をつくろうとしていた。しかし、アップルのOGだった(インターネットの創世記に、パソコン通信「eWorld」のようなオンラインサーヴィスの構築を専門にしていた)彼女はすぐに、農家が単純なソリューションを必要としていることを悟った。そこで彼女は農業が慣れ親しんでいるウェアラブル、つまり耳のタグに着目した。

彼女がつくったシステムは、去勢雄牛のいる位置や体温、気候のデータを、農家自身のコンピューターに送信できる。規模は大きくないがサステナビリティに優れる農家とともに、これまで主にカリフォルニア州とコロラド州でテストを行ってきた。それぞれの動物が食べ、飲み、歩き回る量を、生産量と価格に関連付けることで、小規模な農家ほど自らの放牧の手法に対してより正確にアプローチできるようになる。小規模農家にとって、スマートフォンはパワーシャベルやトラクターと同じくらい不可欠な農業用の器具となった。

さらに進んだ農家は、家畜が自らを危険にさらそうとすると自動的に介入するテクノロジーを採用している。商業ベースで飼育された子豚の約10パーセントは、たびたび乳離れする前に死亡する。なぜなら子豚は暖をとるために、母豚に擦り寄って誤って圧死してしまうからだ。

マシュー・ルーダはアイオワ州の大規模な養豚場の管理者として働いていたとき初めて、この圧死の損失規模を知った。「わたしたちの農場だけでも、数千頭が死に瀕していました」と同氏は述べる。この農家は四半期ごとに数十万ドル失っていることになる。「豚は賢いので、あらゆる状況に適応させることができるはずです。『なぜ、豚に自分の赤ちゃんを押しつぶさないように教えることができないのか?』と思ったんです」

ルーダはこの問題を解決するために雌豚用ウェアラブルを発明した。腹の周囲に装着されたこのウェアラブルは、電気ショックの首輪とフィットネストラッカーを融合したものだ。豚が食べたり飲んだりするときにトラッカーはデータを集める。一方、気温センサーは、子豚が母豚に近付きすぎることなく心地よく過ごせる程度に飼育小屋を暖かく保つ。このシステムは近くのモニターの中に収納された音声聴取装置も組み込まれている。つまり子豚が苦しんでいる音が聞こえれば、子豚から離れさせるために、母豚に振動を送る。もし動かなければ、数秒後に穏やかな電気ショックを送る。

このデヴァイスは、押し潰されそうな子豚を特定するためにオーディオプロセシングアルゴリズムを採用している。機械学習を利用し、ルーダのチームは数百種類の豚が死ぬときの鳴き声のサンプルを解析した。ルーダのテストによると、電気ショックを使うと約75%の確率で雌豚が立ち上がった。そしてその豚たちは学習しているようであり、動かすために電気ショックを与える必要がなくなっていく。これは一例にすぎないが、ルーダの会社SwineTechは今秋実験を行うために、アイオワ大学と提携することになっている。

SwineTechは、デモインで行われる世界豚肉博覧会で正式に発表される予定だが、同社はすでにアメリカの中規模の豚肉生産者と数件の取引関係を構築している。「自分がアイオワの農家で生まれたことが役に立っている」と、ルーダは語る。しかし、彼は自分の成功を、精密農業へ大きく時代が移行したことの表れにすぎないと考えている。

農業は利益率が低く、事業計画は長期に及ぶので、上手くいったとしても農家にはチャレンジする余裕がない。それでも、家畜用ウェアラブルに農家が投資し始めているという事実は、「家畜用のFitbit」が単なる一時的な流行ではないということを示している。そこには、未来があるのだ。