金正恩夫妻とモランボン楽団

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朝日新聞は10日、北朝鮮の金正恩党委員長の異母兄・金正男氏がマレーシアで殺害された際、正男氏が12万ドル(約1300万円)の現金を持っていたことが、マレーシアの捜査幹部への取材でわかったと報じた。

これは、正男氏が殺害事件の5日前、現地で米情報機関とつながりがあると見られる韓国系米国人男性と接触していたとする同紙報道の続報とも言える記事であり、たいへん興味深いものだ。

「長身で中佐の軍服」

デイリーNKジャパン編集部もまた、正男氏が生前、第三者を介し、米国政府から毎月一定額の資金援助を受けていたとの情報との情報を得ている。しかし、その額はさほど大きなものではなく、1年分を合計しても朝日が報じた金額を大きく下回る。その数字だけなら、「ほんのお付き合い」とも取れる程度のものだ。

しかし本当に、正男氏と米国機関との間で1度に12万ドルもの授受があったのなら、それは何らかの具体的な働きに対する報酬ではなかったかとの思いを抱かざるを得ない。

だとすれば、それは何なのだろうか。

これが、たとえば正恩氏と正男氏の叔父である張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長の存命時であれば、何となく想像をめぐらすことはできた。正恩氏が独裁権力を掌握する以前、経験値では北朝鮮の「実力ナンバー1」とも言うことのできた張氏は、正男氏と親密だったとされていたからだ。

しかし、張氏が正恩氏によって処刑されてからは、正男氏は権力から完全に遠ざけられていたとされる。むしろ、弟に殺されないため慎重な振る舞いが求められていたわけで、政治的な「利用価値」は限定的だったと思われる。

もちろん、北朝鮮の権力中枢には、まだまだ外部からはうかがい知れない部分がある。故金正日総書記がけっこうな数の子どもをもうけていたため、ファミリーの相関図の決定版を作ることすら難しい。

たとえば、金正日総書記が最も重用したともいわれる正恩氏の腹違いの姉・金雪松(キム・ソルソン)氏は、「実務能力が高い」「朝鮮人民軍中佐の軍服を着ていた」「長身の美人である」との証言は聞かれるものの、これまで一度も公式の場に出てきていない。

(参考記事:金正男氏殺害で気になる正恩氏「美貌の姉」の身の上

一方、韓国のシンクタンク、世宗研究所から今年3月に出されたレポートでは、朝鮮人民軍の最高司令部には「先軍革命小組」と呼ばれる意思決定機関があり、その実務責任者が雪松氏であるとの指摘がなされている。それによると、同小組は故金正日総書記の時代に設置されたもので、正恩氏を補佐する役割を担っているという。

今のところ、この見方を裏付ける確かな情報は見当たらず、事実であるかどうかは微妙なところだ。しかし仮に事実なら、雪松氏は北朝鮮中枢の「黒幕」的なポジションにあるということになる。

そして、正男氏が生前、雪松氏と接点を持っていたのなら、米国はじめ諸外国にとって、政治的な価値が高いと見なされ得たのではないか。

重ねて言うが、正男氏についても雪松氏についても謎ばかりで、分からないことが多い。北朝鮮問題を見る際にはむしろ、「分からない」という厳然たる事実と向き合うことから始めるのが重要でもあるのだ。